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【玉川富多子 】9

夕暮れの空は綺麗なピンク色に染まっていた。夜になる前のほんのひとときに見られる夕焼けだ。


 オレンジ色の線がピンク色の雲に細かく描かれ、そこはまるで巨大なキャンバスのように見える。


 駅前のコンビニはホームから見下ろされるかたちとなっていて、圧迫感がある。


 大梯との待ち合わせは18時だ。おいしいもんじゃ焼きが近くにできたから行ってみようという話になったのは昨夜のこと。



 日が傾き、うっすらと夜の闇が天から降り始め、ピンク色だった空を地平線の下に押し隠そうとしていたころ、1本の電車がするりとホームに入ってきた。


 富多子はコンビニの前に立ったままじっとその光景を眺めていた。


 いつもと同じように電車が入り、いつもと同じように人をのせて次の駅へ向かう。


 電車が通りすぎ、目の前が開けると、そこにはやはりホームが見えていて、


 目を見開いてつばを飲んだ。


左胸を抑え1歩後ろに後ずさった。


 目の前のホームのベンチに女が一人座っている。


 拳をグーにして膝の上に置き、背筋をしゃんと伸ばし足を揃え、顔は下を向いているから表情は分からないけれど、長い髪は前に垂れ下がっている。


 風が抜けても髪の毛はなびかない。


 どういうわけか、そのベンチには誰も座ろうとしない。


 富多子は奥歯を噛みしめ口に溜まった唾液を更に飲み込んだ。


 ゴクリと喉が鳴る音が自分の耳に届いた後、鼻から抜ける空気音も耳に入る。


 ベンチに座っていた女がゆっくりと立ち上がるが、直立不動で動かない。


 顔は相変わらず下を向いているから表情は読み取れないが、体を左右に小刻みに揺らし始め、1歩、また1歩、前へとするような足取りで進んでくる。


顔は見えないけれど、あれはあざみだ。


 富多子はなんとかその顔を確かめ、確実にあざみだという確証を得たかった。


 よく見ようと目をほそめてみたりするけれど、誰なんだかはっきりとは分からない。


 あざみは顔を上げることなくのらりくらりと歩いてきて、時間をかけてこちらのほうへ寄ってくる。


 あざみが座っていたベンチの回りには黒いカラスが数羽空から降りてきて、せわしなく辺りの匂いを嗅いでいた。


 快速列車が通過しますというアナウンスがうっすらと富多子の耳に届いたとき、あざみは線路側ぎりぎりのところまで歩いてきていた。


 あと1、2歩で線路に落ちてしまう。


 どちらの方向から電車が来るのか分からないから、左右を何度も確認する。


 ゆらゆらと揺れていた体はぴたりと止まり、微動だにしない。


「あぶない」


 電車が近づいてくるカタンカタンという音が聞こえてきて、咄嗟に出た言葉は『あぶない』


 腹のあたりがくすぐったくなって、背筋に鳥肌が立った。 


 耳に届く音は大きいものになり、音の聞こえてきた方向に目を向けた。


 大丈夫、まだ来ない。


 もう一度ホームに視線を戻すと、そこにあざみの姿はなくて、辺りをざっと見回したけれど、忽然と消えていた。


 いや、消えていたんじゃない。


 いつの間にか線路の真ん中に降りていて、こちらを向いたまま下を向き、体を左右に大きく揺らして両腕を反動にまかせて振り子のように振っていた。


 先頭車両が見えるようになったとき、あざみに異変が起きた。


 揺れていた体をぴたりと止め、下を向いたまま動くことを放棄したロボットのように突っ立っている。




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