【玉川富多子 】6
あざみの両目からは真っ黒い血がドロリと流れ、口の端からは唾液がつっと垂れ落ちた。
富多子は大梯と見つめあったまま腰に腕を回しながら歩いているので、車両の中から自分達をじーっと見ているあざみに気がつかない。
不自然な歩き方で富多子の方へ近づくあざみの姿は乗客には全く見えていない。
キャリーケースに入れられた犬が激しく吠えたてるが、あざみと目が合った途端にクーンクーンと鳴き、伏せて腹を見せた。
ずるずると足を引きずりながら進むあざみの背中はばっくりと開いていて、真っ赤な血肉と背骨が見えている。
帰ったら何から観る? と、テレビの話に夢中になっていて、それはダメ、あれから観ようなどと、電車の中、ドアにもたれながら甘い時間を消化している二人にとって、車両後方から自分たちの目の前に迫ってくるあざみは目に入らない。
あざみが富多子に手を伸ばして触れようとするその前に大梯が富多子の手をとり、電車は目的地、自宅のある駅に着いた。
間一髪免れた二人は、あざみの横をするりと抜けて電車を降りた。
電車に残されたあざみは手を伸ばしたまま無表情で首だけを動かして二人を目で追った。
くくく.........
耳元まで裂ける口の中からは黄色く変色した歯が垣間見える。
その間から虫が顔を出した。
目を細めて笑っているその目からは透明な液体が流れ落ちていた。




