【玉川富多子 】5
富多子と大梯は先頭車両に乗っていた。
二人はこれから向かうサークルの話に夢中になっていて、あの駅に入ってきたことにさえ気づかなかった。
「すごい人数が来るんでしょう? お互い懐かしい友達に会えるかもしれないね」
偶然にもそのイベントには富多子の昔の友達も来るという。
「そうだね。富多子ちゃんの昔の友達にも会えるし、僕の友達にも会えるよ。きっと楽しいから紹介する」
「うん。私も大梯君のこと紹介したいなっ」
「なんか、いきなり言うのもあれなんだけどさ、これからもさ、一緒にいようね」
「うんっ」
電車の中でも手を取り合って見つめ合う二人には回りを気にする余裕はない。
二人の世界に浸っていて、甘い時間を過ごしていた。
電車の中はもちろん公共の場でいちゃついているのは見ている方としてはあまりよいものではない。
しかし、本人同士にはそんなことも気分を盛り上げるための要素でしかない。
富多子はそんな世界にとっぷりと浸っていて、駅に着いたことになどまったく、微塵も気づかないでいた。
それが彼女のミスだった。
先頭車両がホームに入ったところをしっかりと見て、手を振っていたあざみのことを見逃した。
あざみは富多子を見つけ、笑顔で手を振っていたが、自分に気付かなかったと分かるとその表情を一変させ、通りすぎる富多子を見続けていた。
サークルの集まりは想像以上に楽しいもので、お互いの古い友人、知人に紹介することはもちろん、新しく知り合った人たちとの縁もできた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、忘れたい事実はほんの一時頭から離れていた。
「すごい楽しかったね! また行こうね。てか、行きたい!」
「そうだね。来月もやるって言ってたからまた行ってみよう」
「嬉しいっ! 約束ね。それにしてもさ、けっこうな時間になっちゃったね。早く帰って録画したテレビ番組見よっ。お腹もすいたし、途中でなんか買って帰ろ」
「それはいいけど富多子ちゃん明日1限から講義入ってるよね? 夜遅くなると起きれないよ。大丈夫なの?」
「大丈夫、だって起こしてくれるでしょ?」
「それはもちろんだけど」
自分のことを何かと気にかけてくれる彼氏をいとおしいと思うようになったのは最近のことだった。
決して裏切ることをしない、いつでも側にいてくれる、わがままも受け入れてくれるし、そして愛してくれている。
手放したくないと思うようになっていた。
手放してはいけないと思うようになっていた。
こんなにも自分に気を使ってくれて、最優先に考えてくれる優しい人を失ってはならない。
どんなことがあってもきっと彼は側にいてくれると富多子は確信し、繋いだ手をぎゅっと握りしめ、微笑んだ。
もちろん同じように手を握り返して微笑み返してくれる。
今が一番幸せだ。
そう思っていた。




