【玉川富多子 】4
「バカな女」
こぼれ落ちて転がっている目玉をカラスがくわえて飛び去った。
もうひとつの目玉は黄色い線の上に残されている。その回りには無数の黒い塊、亡霊が集り、手を伸ばしたい衝動にかられていた。
しかし、そこに触れた瞬間には自分も桜のようになることを分かっているため、なかなか踏み出せない。
桜は線路上で不自然に曲がった腕と脚と顔を痙攣させていた。
「欲しいの?」
あざみは黄色い線の上を血だらけになっている自分の足で不自然に歩き、ホーム上から線路に押し寄せている亡霊たちを見下ろした。
やはりあざみは自分たちとは違うということが分かると、皆一様に憎しみの目を向けた。
「なにその目。あなたたちは私には逆らえないのよ」
半分黒く腐敗して変色している腕を糸を引きながらぬるりと伸ばし、目玉に手を伸ばす。
線路上からはこっちによこせと腕をあざみの方へ伸ばせるだけ伸ばし、乞う。
すくい上げられた目玉からは透明な糸が垂れていて、腐りかけている分柔らかく、豆腐のように崩れやすくなっていた。
目玉をゆっくりと口に入れ、舌と上顎で潰すようにして擦る。
ぷちんと何が潰れる音がして、じゅるっとしたモノが口の中に広がり、鼻に残る悪臭を放った。
「甘い」
腐りかけのものが一番甘味があるという。
肉にしても脂にしても、動物は腐る寸前が一番美味だ。
腐りかけの甘い目玉を味わうように舌で何回も転がし、蜜を吸う。
奥歯で噛み潰し咀嚼して、
にやりと笑ったあざみは眼下に群がる亡霊たちを一通り見回した。
「食べたい?」
亡霊たちは、うーぅぅぅぅ、あーぁぁぁぁ、などと、声にならない奇声を発し、よだれを垂らしながら黄色い線を踏んで歩いていくあざみの姿を追う。
ホームの一番端まで歩いく間、そのあとを亡霊たちもまた同じように着いてきた。
「ほら」
真っ黒い亡霊たちの頭上に先程まで咀嚼していた目玉を血の混じった唾液とともに吐き出した。
細かく噛み砕かれた目玉を我先に奪い合う黒い影の塊を満足気に見下すあざみは何かに気づき、顔を左に向けて、顔を緩ませた。
電車が入ってくるというアナウンスが流れた。
「来る」
べろりと真っ赤な舌で口の回りを舐め、腕をだらりと前に落とし、引きずるような足取りで更に前方へ、ホームの端へと歩を進めた。
亡霊たちはまだ桜の目の残骸を追っていた。
両眼を亡くした桜は両腕を前に伸ばし、だらしなく開いた口から舌を垂れ伸ばし、自分の目玉を食おうと亡霊の中に入っていくところだった。
もはや、自分の目玉を追っていることなど分かっていない。
血肉を欲するただの亡霊の一部と成り下がっていた。




