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【玉川富多子 】3

 頃はすでに初夏になり、辺りはじとりと汗ばむ季節に入った。


 富多子と大梯は寝苦しい夜を過ごす毎日を送っていた。


 大学も休みに入り、お互いにバイト三昧の日々を過ごしながらもお互いの時間を大切にしてきていた。


 休みを合わせて海へ行ったり映画に行ったり、買い物に行ったりと、普通の大学生が送る毎日のように二人もまた同じ時間を色濃く育んできた。


 そんなある日、電車で行かなければならないくらい遠くのイタリアンレストランで音楽サークルのイベントが行われているということで、二人で足を伸ばそうという話になった。


 富多子はこれといって好きな音楽もないが、女房面をして彼氏の趣味に付き合うのもまた楽しいものだと感じ始めている頃だった。


イベントが始まる時間は午後18時。


 そこに行くためにはあの駅を通過しなければならなかった。


 しかし、途中で降りることはないし、この前行ったときもなにも起こらなかったんだから今回だって何もないだろうと考えていた。


 その時は淡い期待など持っていなかった。


 薄い紫色に染まった空に白く輝く星が出始めた頃、ホーム上の空気の流れが変わり始めた。


 昼間いたはずの鳩は忽然と姿を消し、かわりに黒いカラスが羽を大きく広げながら飛び降りてきた。


 魚の腐ったような臭いが鼻につく。その臭いの正体は、ベンチに座って体を左右に揺らしながらうつろな目を宙に漂わせているあざみからだ。


 ホームの下からは顔面がドロドロに溶けた桜があざみを呼ぶように骨の見えた手でホームを叩いている。


 桜はホームには上がってこれない。


 ベンチに座っているあざみを恨めしそうな目で睨むたびに、その眼孔から目玉が落ちそうになる。そのたびに手で押し戻していた。


 そんな桜を感情の無い目で見ているあざみは小さく鼻で笑って視線をまた宙に戻した。


「すぐに来るから、待ちなさい」


 電車の入ってくる方に顔を向けた。


 富多子が乗った電車が来るということを桜に向けて言うと、桜はかっ裂かれた喉から黒く腐った臭い血液を吐き出しながら何かを叫んでいた。


「そんな喉じゃ何言ってるか分からないわよ。喚くのは私じゃなくて、あいつにしなさい」


 憎しみを表情に現し、鼻の上や額に皺を寄せて睨み付けると、眼球が眼孔からこぼれ落ち、肉が削げて頬骨が剥き出しになった。


 折れ曲がった右足と上半身をホーム上に乗り上げ、黄色い線に手をついた瞬間、バチンという不愉快な音と火花を立て、桜は線路上に弾き飛ばされおもいきり叩きつけられた。



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