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【玉川富多子 】2

あざみに会ってしまうんじゃないかという恐怖と、あざみに会えるんじゃないかという期待だ。


 無意識に隣で無垢に笑う彼氏の横顔を見てしまう。


 私は何を考えてる?


 自分の欲望の為に、今度はこの彼氏を手にかけようとしているのか?


 つばを飲み、恐ろしい考えを振り払う。


 富多子は高鳴り始めた胸の内を押し潰すように気持ちを自分の中に押し隠した。


朝早く起きてサンドイッチを作り、ピクニックの用意をして家を出たのは10時を少し回った頃。


 富多子は二つの意味で高鳴る鼓動を抑え、大梯とともに駅に向かう。


 しばらくするとアナウンスが入り、そのアナウンスが 富多子を一瞬にしてあの時へと引きずり戻す。



 桜が見えない力に引き寄せられるように黄色い線の外側へと歩くのがもどかしくて、背中をどんと押した、あの瞬間。


 その時の手の感覚、桜の背中の温かさ、震え、力んで固くなった体の感触は今でも自分の手のひらにしっかりと残っている。



 当たり前のように長い鉄の固まりがホームに入る。


 富多子は注意深くホームの下に目を止める。


 そこにいるべき何かを見つけるように目を凝らすが、なにもいない。なにも見つけられない。


 何も見えないことに少しショックで、半面少しほっとしている自分がいた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 行動がおかしかったのだろうか。大梯が心配そうに富多子の顔を覗きこんだ。


「あ、ごめん。ちょっと久しぶりに電車に乗るから、つい」


「そうだったよね、1年くらい乗ってないんだっけ?」


 曖昧な返事を打ち、開いたドアから車内に乗り込んだ。


 久しぶりに乗る電車にあの時のことがシンクロして、うずく。


 だんだんと近づくあの駅は今はどんな姿をしているんだろうか。


 変わらないんだろうか、それともすっかり様変わりしているんだろうか。


 隣で楽しそうに話している大梯の話は右から左だ。


 そんなことに集中してなんていられない。



 次の駅は、あの駅だ。


 繋いでいる手に力を込める。何も知らない大梯はそれが可愛らしく見えたのだろう、少しだけ強い力で握り返した。


 心臓はドキドキと音を立てて、呼吸は早くなる。


 桜が真っ二つになった、その上を踏みつけていくと思うとそれは快感になり、逆の意味で疼く。


 用賀という男の血肉がまだ残っていると思うと、なぜかいとおしく感じる自分がいた。


 ホームの端が見えてきて、そこにはまばらだけど人がいて、見覚えのあるベンチも確認できるようになった。


 変わっていない。


 先頭車両に乗っていた二人は前方が見えるため、見はらしはいい。


 どこかにあざみがいないか、ホーム下から這い上がろうとする亡霊はいないか、無数の手が延びていないかを目を皿のように丸くして探し回る。



 見せてもらいたくなる。見たくなる。


 あの臭い、肉の破片を思い浮かべると口の中が唾液が溢れてくる。


 電車が通りすぎた後にはしんと静まり返った静寂のみが辺りを流れ、支配していた。


 墓地の看板もまだそこにあって、川も見ることができる。


 からすのかわりに鳩が数羽ホームに餌が落ちていないかを探し回っていた。


 そこにあざみの姿はない。


 紫陽花もない。


 桜や用賀の姿も、なかった。


 不気味な静けさと生暖かさだけが渦巻いていた。


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