最期5
四つん這いで止まっている桜の後ろには、あざみが突っ立っていて、無様な桜の姿を面白げに見下ろしている。
「これから桜ちゃんは体が真っ二つになるのよ」
その声に振り返ると顔が半分溶けているあざみの姿が目に入る。悲鳴を上げようにも、本当にびっくりすると人間は声なんか出ない。声が出てくることはない。
「顔から、そうだね、目から潰されるっていう計画だったのに残念。そうはなりそうにない」
ブレーキを踏み、耳障りな金属音を鳴らしている電車が目の前に迫っている。
「タイラ」
最後の頼みとばかりに宮前タイラにすがる。
宮前タイラは避難場所ぎりぎりの所で犬のように伏せた姿勢で桜をじっと見ている。
早くこっちに来いというように、桜の最期を心待ちにしているようだ。
ブレーキ音が耳につく。
紫陽花もあざみの姿も消えている。
避難場所には誰もいない。
入れば生き残れる空間だけがそこに存在していた。
現実に戻された桜には恐怖しか残らない。
意識を戻し、最後の力を振り絞り、避難場所に逃げようと這ったが遅かった。
熱くなる線路の熱が桜の体に伝わる。
腰に鈍い衝撃が走り、
砂利を掴んだまま体が電車の進行方向へと吹っ飛ばされた感覚に陥るが、それは上半身と下半身がまっぷたつに引き裂かれた時の衝撃だと気付くのに時間はかからなかった。
口、鼻、目、耳からはどくどくしく血が噴き出し、視界は一瞬で真っ赤になり、赤く霞む。
下半身は電車の下に入り込み、じゅるじゅるぶちぶちと音を立ててひきずられ、上半身はまだ新しく真っ赤な鮮血と肉を滴らせたまま、避難場所の中へと転がった。
避難場所で待ち構えていたタイラや用賀が、血の臭いをかぎつけて、うつろな目でこちらを振り向き、転がり込んできた腹に近づいてくる。
最期に見たものは、引き裂かれた自分の胴体。切り離された胴体に力が入ることはなく、
タイラと用賀の二人が裂かれた腹に噛みついたのを赤くぼやけた視界の片隅に見たのが、
新町桜の最期の記憶となった。




