最期1
ホーム上には何百何千という真っ黒い腕や手がびっしりと敷き詰められている。
黄色い線のところぎりぎりまで。
敷き詰められたというよりは、誰かを掴もうとして、大きく手を開き、指を曲げ、ホーム上にいる人たちを探しているようにも見える。
爪の無い指、あるべきはずの本数が無い指、焼けたように黒い手、その腕や手は、線路上に立ってホームに上がろうとしている無数の人のような黒い影から伸ばされていた。その中には綺麗な白い手も、ある。
「なにこれ」
体は抵抗空しく前へ進む。
「みいーんなここで死んだ人たちだよお」
「……うそだ。これ、夢だ」
「本当。みいーんな、いろいろなしがらみを背負って、こっちに来たの」
「やめて」
「私のように、誰かに殺された人もいる。ねぇ、桜ちゃん。そうでしょう?」
「私は、私は何もしていない!」
「線路に降りた私を遠くの方で見てた。見捨てたでしょう?」
「違う」
「私はあなたに殺された。あなたたちに、殺されたあ」
「違う! それは違う! 助けようとしたもん! ほんとに!」
「もういい。もう何を言っても遅いんだから。もう少しこっちに来て。よおーくお顔が見えるから」
意地悪に笑いながら桜の背中を押した。
「やめて! 押さないで!」
線路上にいたり、自分の後ろにいたり、もう何がなんだか分からなくなっていた。
既に体はそこまで、黄色い線とホームの境界線まで来ている。
「でもね、私たちはこの線からそっちには行けないの」
「あんた、だって、来てるし! ねえ、ほんとお願いだからやめて! こんなこと間違ってる! 人を殺すなんてありえないよ!」
あざみはいつの間にか線路の真ん中に立っていて、一心不乱に手を伸ばす無数の黒い人の影の後ろでまっすぐに、ただ、まっすぐに立って、感情の無い目で桜を見ていた。
うなり声が聞こえる。
目の前に広がる光景に気持ちが悪くなる。
今まで誰もいなかったホーム上には、サラリーマンやOL、学生や主婦などが忙しなく無表情で行き来をし、自分が見えていないかのように、暗黙の流れができていた。
そのホーム上を歩く人の足を掴んで引きずり込もうとする真っ黒いモノが、音を立ててホームのぎりぎり端のところを叩いている。
こっちに気付け。こっちに落ちて来いとでも言うように。
時間通りに電車が入ってくるというアナウンスが響く。




