【1-3】新町 桜
「外ももうだいぶ暑いからね、体にはまだまだ気を付けていてよ。じゃ、あたし、人を待たせてるから先に行くね」
桜の背中をぽんと叩いて立ち上がり、桜の目の前を横切った。
人を待たせている? 言葉がでてこない。
ペットボトルは地面落ちて急いで拾い上げて立ち上がりあざみの通った方に目をやったが、そこには酔っ払ってふらついているサラリーマンの姿があるだけだった。
既に階段を駆け下りて行ってしまったのか。あざみの姿はどこにも見当たらなかった。
桜は身震いをしてバッグを胸の前でぎゅっと抱き締めた。
震える体を落ち着かせるためにもう一度ベンチに座り直した。
『墓地のご相談は遊楽霊園へ』という看板には見覚えがある。
ここにはあいつが眠っている。
思い出したくもないあいつの骨が、動くことなく静かに冷たくて暗い石の壁に囲まれて置いてあるはずだ。
その先には優雅に流れる川が、あのときと変わりなくそこに流れている。
生臭い川の臭いを運んできた冷たい風に、全身に鳥肌が立つ。
体中の毛という毛が逆立った。
心臓は早鐘を打ち、無意識に左手首にしている数珠に手を伸ばすと、触れた瞬間に数珠はばらばらになり、辺り一面に飛び散った。
数珠を拾おうと、転がり続ける数珠の後を追うが、いくつかは線路に落ちてしまった。
快速列車が通過します。
機械的なアナウンスが耳に届き、遠くの方から電車が近づいてくる音が聞こえる。
線路が脈打ち振動し、そこにこぼれた数珠が落ちてはねた。思い出したように一歩、二歩、後ずさって距離を保つ。
警笛が鳴らされる音がうっとうしく耳にこびりつき、直視する看板に浮かぶ墓の絵を確認したすぐ後に、快速列車が豪快に通過して行った。
___________あの時と同じように。