【さがしもの5】新町 桜
「あんたそれ大事なものって言った、」
桜は途中で言うのをやめた。
線路に、枕木の間に、不思議なものをみつけたからだ。
真っ青な紫陽花がひとつ。
どうしてここに? そんな季節じゃない。
惹きつけられるほどに綺麗な紫陽花は、桜を魅了する。
あざみは真っ白い目で桜を見る。唇は無い。歯も無いし舌も無い。真っ赤な穴が顔の下半分に開いている。
腕は一本削げ落ち、右半分の顔の肉は地面に落ちた。
黄金色に輝くネックレスは血で錆び付き、鉛色に変色した。
「桜ちゃん」
桜は線路上に落ちた小物入れとその隣に咲く紫陽花から目が離せない。
「サクラチャン」
遠くから呼ばれる声が聞こえ、何? と振り返るとそこにはさきほどと変わらない、笑顔のあざみ。
「なに?」
「取ってきてよ」
「何を?」
「ほら、あのケース、落としちゃったから取ってきて」
「何言ってんの? 自分で投げたくせに。やだよ!」
「約束するから」
「何を?」
「あのケースを取ってきてくれたら、桜ちゃんの前から消える。二度と会わない」
「……」
「約束するよ」
「……ほんとに? 本気で言ってる? ゆ……許してくれるってこと?」
「うん」
「忘れてくれるの?」
「うん」
「……」
桜はもう一度線路を見た。引き寄せられるような紫陽花がそこにある。
「わかった」
桜が紫陽花を見ている間にあざみの姿はどんどん変わっていく。
髪の毛が抜け落ち、頭蓋骨が見え始めた。
首が後ろにかくんと折れ、首の骨が喉から突き出た。
まだ電車は来ない。
雨がだんだん激しく降り始め、線路にも水玉模様を作り始めた。
ホーム上から見える川は茶色く濁り、水かさを増す。
墓の絵の看板は依然としてそこにあって、紫陽花の絵もその看板の中に、変わらずそこにある。
枕木の間に咲く紫陽花。
呼ばれるようにホームのぎりぎりのところまで歩く。
「こっち」
紫陽花の横にあざみがいて、無表情で手招きをする。
「ここ」
あざみが紫陽花のところを指で示す。高さを確認して、足下を見た。
「やめたほうがいいです」
桜が線路に飛び降りる直前、富多子が唐突に声をかけた。
そうだ。この子、まだいたんだ。
そう気付いた桜は線路の下に下ろした足をホームに戻す。
「やばい」
「殺されますよ」
「あんた、何言ってんの?」
「ほら、もうあの人に憑かれてる」
「何言って……」
「線路に降りて何するんですか?」
「線路に降りてるって何の話?」
突如、桜の顔面から血の気が引いた。
何、やってんの? ほんと、何、やってんの? 私。
全身が震えた。
線路を見たが、まだそこに紫陽花はある。
でも、あざみはどこにもいない。




