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【1-2】新町 桜

「桜、おはよう。今日で試験も終わるし、あとは待ちに待った夏休みだよ!」

「そうだねー! すっごい楽しみなんだけど」


 S321教室で楽しそうに話をしているのは、桜とその友人の宮前 タイラだ。

 伊豆の予定を話し合う彼女たちの心は既に伊豆に飛んでいる。

 桜の隣には彼氏の高津用賀が座っていて、楽しそうに話に加わっていた。


「なんかさ、残念だよね、だってほら、一緒に行くはずだったでしょう? でも......ねぇ?」

「……あぁ、えっと、そうだね...残念だったよね……でもさ、あれだし、ほら、楽しまなきゃ!」


 ね! っと桜は暗くなった彼氏の腕に絡みつき、肩に頭を乗せた。タイラにも話を変えさせようと目で合図をし、まずいことを言ったとばかりに舌をぺろっと出した。


「そうだよね。桜が言う通りいつまでも考えてちゃダメなんだよね。よーし! テストがんばる!」


 教授が入って来たのを合図に3人は席に戻り、バッグの中から必要なものだけを取りだした。


 桜は7月いっぱいはバイトを入れている。


 8月の最初に伊豆へ行く予定になっているため、もちろん今日もバイトに向かう。店長がまた気の利く人で、旅行に行く一週間前のお給料の半分を、最終バイト日に現金で払ってくれるということだ。


 それでも3万円ちょっとのお金になる。大学生にしてみたらいいお小遣いだ。

 大学生がしたいことを応援してくれる店長なので、従業員からの評価も高く、また信頼度も高い。




 22時の電車ともなると、仕事帰りに一杯やってきたサラリーマンで朝と同じくらい混み合っている。


 朝と違うところは、一日働いて体中に汗をかき、それが臭いにおいとして充満しているところか。


 桜は今までの疲れも伴ってか気分が悪くなり口元をタオルで覆う。下を向いて目を閉じ、次の駅まで気持ちの悪さをこらえた。


 幸いにして各駅停車なので一駅の間隔は短い。電車を降りると近くのベンチに座り、乱れている呼吸を整えた。


 外の空気を吸ったからか、気分はいくぶんよくなった。というより、むしろ何事もなかったようにけろりとしている。


 膝の上に置いたバッグの中からペットボトルの水を取りだして飲んで、汗を拭いて呼吸を深く取って気持ちを落ち着かせた。


「大丈夫?」


 不意に話しかけられて横を向くと、藤が丘あざみの姿が目に入った。

 彼女はS女子大学に通う桜と同じ高校だった時の友人で、中学生の頃から仲が良かった。


 しかし、あざみを見た桜は絶句し、顔に浮かぶ驚きを隠そうともしなかった。


 今飲んだ水が胃袋で温められ逆流してきそうになり、タオルで口元をおさえた。


「やだ、ちょっとそんなにびっくりしないでよ! 久しぶりすぎて友人の顔を忘れたなんて言うんじゃないでしょうね」


 くすりと笑いながら冗談を言い、かわいらしい笑顔で桜の顔を覗き込んだ。



「あざみ……どうしてここに? だってあんた、」

「ちょっと用事があったからここに座ってたんだけど、そしたら桜ちゃんが降りるのが見えたから来てみたの。具合悪いの? 顔色悪いよ。大丈夫?」

「用事って?」

「うーん、なんだったかなぁ。とても大事なことなんだけど、それが不思議なことにね、あまり思い出せないの」

「大事な……こと?」

「そう。たぶんきっとそのうち分かると思うけんだけど、今は分からなくてもいいんじゃないかなあ。って、そんなかんじ。ねえ、どう思う?」

「……何それ」

「具合は? どう? あれ、脂汗?」


 あざみの手を軽くふりほどき、「ありがとう、もう大丈夫だから」と言う桜の手元は震え、持っているペットボトルの水が揺れている。


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