_記憶の泥沼_5
あざみの目の前には見たことのないような人の顔。
その顔は焦げているようにも見えて、腐っているようにも見えた。ところどころ骨が見え、半開きに開いた口からは長い舌が顎のところまで伸びている。
あざみを呼ぶように手を差し出したその手は半分腐り、虫が這っていた。
『だいじょうぶ』
耳元で囁かれ、顔を向けるとそこには真っ青な顔をした男が一人、あざみと同じような格好で寄り添っている。
涙をこぼすあざみの体は言うことを聞かず、その場に横倒しになるように倒れこんだ。
目がこぼれ落ちるというところまで目を見開き、線路を枕にするように頭を乗せた。涙は止めどなく溢れる。
口元は力無く開かれて、よだれと泡がだらしなく流れる。
既に自分の意思とは真逆な行動を取る体を支配することはできなかった。その傍らには誰だかわからない真っ青な顔をした青い男がぴったりと寄り添っている。
バッグだけはしっかりと胸に抱き、体を小さく折り曲げた。
警笛を間近で聞いて、眉を寄せた。目の前には無表情の電車がせまる。
『だいじょうぶ。すぐにおわる』
べったりと寄り添う真っ青な男はあざみの体を後ろから覆う。
『僕が一緒だから怖くない。一緒にイコウ。さあ、目をミヒライテ。サイゴをよく目に焼き付けて』
電車の下の方には真っ赤な血のようなものがべっとりと張り付き、無数の手形がそこに見えた。
生臭い。
あざみが最後に嗅いだ臭いは、無数の人間の血の混じった臭い。
線路脇に、待避所の中には黒い人の影、亡霊がびっしりと詰まっていて、あざみの最期を見届けている。
電車が自分にぶつかる前に、いや、顔をひきつぶす前に、あざみは垂れ流す涙で視界をかすませながら、胸に抱えたバッグを力の限り更に強く抱きしめ、目をぎゅっと閉じた。
心の中で小さく用賀の名前を呼んだ。
口はまだ動くが、声は出なかった。
目を閉じた時に流れ出た一筋の涙が頬を伝いバッグに染み込むが、その時には既に恐怖心は失っていた。
脳みそが生きた体に最後に送り出す指令は、恐怖を緩和する薬だ。




