_記憶の泥沼_3
「どうしよう、あのバッグ、用賀に貰った大事なものなのに」
ぼそりと言った言葉はしっかりと桜の耳に届いた。その言葉に苛立ちを感じた桜はあざみを睨み、落ちたバッグをも睨んだ。
「だったら取りに行けばいいじゃん」
「何言ってんの。できるわけないじゃん。電車来ちゃうもん」
「まだ電車来ないし、大丈夫じゃない?」
意地悪に言う桜の目は、本気だ。さすがにタイラは何も言うことができない。
「ほら」
背中を軽く押す桜は、「大事なものなら取りに行って来なよ。まだ電車だって来てないから」とわざと優しく言う。
「バッグを取ったら、私たちが引き上げてあげるから」
そんな言葉をかけられるとは思っていなかったあざみはびっくりして振り返る。
「ね」
笑っている桜はバッグを指さした。
「ほら。バッグ、ぼろぼろになっちゃってもいいの? 用賀に貰った大事なものなんじゃないの?」
「でも……怖いよ」
あざみはもう一度線路に落ちたバッグに目をやった。
「このままじゃあのバッグ、ダメになっちゃうね。半分に裂かれて使えなくなっちゃうね。もしかしたらぐちゃぐちゃになっちゃうかも」
桜が追い打ちをかけた。
線路に落ちているバッグを見て、電車がまだ来ないことを確認した。
「ほんとに? ほんとにバッグ取ったら上げてくれる?」
「こんな時に冗談が言える? てか置き去りにするとかそんなことできないでしょ、どう考えても」
あざみの背中を強めに押す。
「ほら」
黄色い線よりも足が1歩線路側に出た。
生暖かい風が頬を撫で、腕、腰、脚を舐めるように、あざみを見極めるように吹き抜ける。
浅い呼吸を一度すると、ホームに両手をつき、腰を下ろし、脚をホームの下に投げだした。
後ろにいる二人を振り返り、小さくジャンプして、線路に着地する。
じゃりっと砂を踏む音と感覚が足から伝わった。バッグの所まで急いで走り、しっかりとバッグを掴み、底についた土を払う。
「え? なにこれ」
バッグを持ち上げた時、バッグの下に何か青いものを見た。
紫陽花が咲いていた。




