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_記憶の泥沼_2

「桜ちゃん」

 

 何も言わずにあざみの腕を掴んで笑う桜の顔は意地悪に歪んでいて、人の不幸を心から楽しんでいるようにも見える。


「嘘でしょ」

「本気だったら?」

「ありえないってこれは。分かってよ。用賀と私はちゃんと付き合ってるし、本気なんだよ。それにだって桜ちゃん一回用賀に……ふ、ふられてるよね」

 

 最後の方は語気を弱めた。


「うるさい!」

 

 肩を押した。

 

「うっそ、桜ふられてたの? まじで。それ聞いてないんだけど。それじゃ無理なんじゃねこの場合」

 

 くすりと笑うタイラをあえて無視してあざみと向き合った。


「さ、早く決断しないとそろそろ電車来るけど?」

「ほんとにやめて。これ冗談になってないよ」


 いい加減にしてと、体を階段の方に向け勢いよく……」


「ダーメ」

 

 それを制したのはタイラだ。髪を綺麗になびかせながらあざみの腕を取る。


「やめて!」

「あんたが早く決めればそれで話は済むの! 簡単でしょ? 別れるってそう決めれば終わることなんだから」

 

 桜が携帯電話をあざみに渡し、電話をかけるように強く出る。


「ほら」

「こんなこと間違ってるって。こんなことしたって気持ちは変わらないよ!」

「大丈夫。そのあとは私がうまくやるから。そんなことあんたが気にしないでいい」

 

 意地悪に笑う二人には何を言っても無駄なように思われた。


 なんでこんなことをするのか理解に苦しむが、深く考えている時間は無い。


 あざみは無意識に電車が入ってくる方に顔を向ける。

 

 まだ来ていない。


「もうやだ、帰る!」

 

 どいて! と目の前にいるタイラの間をすり抜けようとするが、タイラがそれを許さない。


「タイラちゃんお願いやめて! それにタイラちゃんは関係ないじゃん! なんでこんなことするの!」

 

 ふりほどこうと腕に力を込めた。

 

 その反動で持っていたバッグが線路の方に放り投げられた。



「「あ」」

 


 同時に声が出て、3人の動きがぴたりと止まった。弧を描くようにバッグは綺麗に宙を泳ぎ、線路の真ん中に落ちた。


「うそ。どうしよう」

 

 バッグは用賀と初めてデートした時にプレゼントしてくれた大切なものだ。

 

 壊したくない。失いたくなかった。取りに降りたいけど、降りられない。怖い。


 駅員さんを探したが、どこにも見当たらない。

 

 電車はまだ入ってこない。降りて取りに行くか? 行けるのか? できるのか?

 

 あざみ、桜、タイラが線路に落ちたバッグを無言で見つめ続け、誰一人ことばを発するものはいなかった。

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