【2-1】新町 桜
目覚めると玄関でうつぶせになっていた。
桜は飛び起きて足下にあるはずの新聞紙にくるまれた首を探した。何も無い。
玄関には自分の靴とサンダルが無造作に置いてあるだけだ。
ドアに手を当てて押してみると、昨夜は絶対に開かなかったドアはすんなりと開き、蒸し暑い空気がここぞとばかりに流れ込んできた。
玄関を全開にして、ストッパーで止める。
まだ日の昇りきらない夏の朝は、涼しくて綺麗な空気で辺り一帯は潤っていて、暑い空気で涼しすぎる部屋の温度が快適になる。
寝室の戸を開けてみるが、取り立てて変わった様子は無い。エアコンは付きっぱなしでひんやりとした風が吹き抜ける。
「夢? だったの?」
昨日のあれは夢なのか現実なのかの区別がつかなかった。
現実と夢との間で踊らされているような、そんな不思議な感覚。
宮前タイラに電話をしてみたが、そう、繋がることは永遠に無い。
「タイラ、なにやってんだろこんなときに」
飼っている猫の姿もどこにも見当たらない。
居ても立ってもいられなくなった桜は、デニムにタンクトップというラフな格好に着替え、財布と携帯だけ持って外へ飛び出した。
今日は家に帰りたくない気分だった。
猫が帰ってくるかもしれないのでエサと水、それからいつも通り台所を少しだけ開けておいた。
バイト先に行ってみたが相変わらず忙しそうに動き回っていた。
これでは話をする時間もないしタイラのことを聞く余裕もないなと諦め、邪魔にならないように店の端っこの席に腰をかけた。
何か食べたかったり飲みたかったら勝手にやれと店長に言われた通り、自分で淹れたコーヒーを飲む。
カウンターの上に乱雑に置いてあった新聞に何気なく手を伸ばし、そこに書かれていた記事に目が釘付けになった。
客が読みっぱなしにしたものだろうが、几帳面な店長が読みっぱなしにするはずが無い。それだけ店が忙しいということなんだが、桜はふと思い、もう一口コーヒーに口をつけ、半信半疑で新聞に目を落とした。
また、あの駅で事故があったと書いてある。




