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【2-5】富多子

 富多子は下を向いたまま動かない。

 遠くから電車がホームにせまる音が耳に入ってくる。

 

 電車が目視で確認できるようになると、さらに恐怖に支配される。見える恐怖というのは見えない恐怖になんて比べようもないほどに恐ろしい。




 _危ないですから、黄色い線の内側までお下がり下さい_


 


 聞きなれている機械的なアナウンスが入るが、このホームには誰もいない。

足をするように、線路の方へと引き寄せられる。顔を左右に振る。涙が出る。手をばたつかせる。

 

 綺麗に化粧した顔は歪み、マスカラは涙に濡れて、黒い涙が頬を伝う。


「やめて……ややややややめて」

 

 足は一歩一歩線路の方へと近づいて行く。力が入らない。


「おねがい」

 

 震える声は誰の耳にも届かない。電車が入ってくる音がだんだん大きくなる。


「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」


 体中に力を入れ抵抗するが、足は無情にも進み続ける。

 

 ハイヒールが脱げて、地面に足がつく。しかし、足の裏に感覚は無い。足の指に力をこめるが地面に擦られ皮が剥けた。

 

 顔に生暖かい風が当たる。電車に押された空気が無表情に顔を通過していく。


「やだ! おねがい。ごめん! ごめん! ごめん!」


『あやまるくらいなら さいしょから やらなければいいのに』



 どこからかは分からない、声が聞こえる。

 黄色い線がすぐそこまで迫る。

 目の前には風になびかない真っ青な紫陽花。

 看板の霊園の絵の中にも、同じような紫陽花が写っていた。 




「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 声は自分自身にしか聞こえない。

 黒い涙は白いワンピースに落ちて黒い水玉になる。

 宮前タイラは後ろに倒れようとしたが、体はそれを阻止していた。

 彼女の思考とはうらはらに体は前に進むことを望む。

 


 黄色い線の真上に立った時、彼女の目が大きく見開かれた。息を飲み、顔面蒼白になる。

 


 涙は止まり、全身に鳥肌が走り、無意識に両手の10本の爪を自分の顔に食い込ませていた。

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