【2-1】富多子
「ほらね。やっぱり来たでしょ。あなたは絶対ここに来ると思った」
「……はい」
あざみは優しく富多子の手を取り、顔を覗き込んだ。
富多子はこの前会った時よりも痩せこけ、目は落ちくぼみ、血色は悪く顔は土色とほぼ同じだった。テニス部ということが信じられない程の姿に変わっていた。
あれからさらにエスカレートしたいじめはとうとう富多子を追い詰めた。
「で、決めたの?」
「はい」
「分かった。それは……誰だったの?」
「宮前タイラさんです」
その名前を聞いてあざみの動きが止まる。
「ふーん。その名前には、聞き覚えがあるわ」
顔を上げた富多子はあざみの顔をじっと見て、次の言葉を待った。
あざみは首を左右に振り、不気味に瞬きを早めた。
「知ってるんですか?」
「ふふ。たぶん知ってる。その名前は忘れちゃいけない人のはずだから。私にとってもね」
「会ったこと、あるんですか?」
「ええ」
宮前タイラは大学生で、富多子のバイト先の先輩だ。
タイラを迎えにバイト先に来ていた彼氏と富多子が店先で楽しそうに話しているところをたまたま見てしまったタイラがやきもちをやき、嫌がらせをしてきたのがそもそもの始まりだという。
富多子の高校にまで嘘でかためた話を持って来て、いろいろな人を巻き込んでの手の込んだ嫌がらせにほとほと疲れ果てていた。
みんなが白い目で見てくるし、居場所が失われつつあった。
「でもぜんぜんそんなことないんです。宮前さんの帰りを待っている間に話していただけで、ようは時間つぶしに私と話していたんだと思います。宮前さんの勘違いなんです。何回もそう言ったし、彼氏さんにも話をしてもらったのに、信じてくれないんです」
「そうなんだ」
「彼氏さんはきっと宮前さんがそんなことするなんて思っていないと思うし、考えてもいないと思います。でも」
わっと泣き出してその後は話にならなかった。
「すぐに楽にしてあげるから。私に任せておきなさい」
「本当に楽になるんですね? この状況から抜け出せるんですね?」
「本当。私は嘘は言わない」




