黒き双子の片割れは、攻略対象です
男性視点で、乙女ゲームを書いてみようという無謀な試み。
最早、どういう人に読んでもらいたいのかすら不明です。
僕がこの世界に転生して、もう随分と経つ。
ここは乙女ゲームの世界だ。
前世で、その手のゲームをプレイしたことはない。乙女ではなくて、ノーマルな性癖の男だったからね。
ただ、何度も何度も、この世界のはじまりに引き戻されて、毎回別の名前を持つ一人の少女が僕のまわりの人間関係を掻き回す様を眺めるうちに、この世界がどうやら乙女ゲームの世界であることを僕は理解した。
乙女ゲームのタイトルは分からない。
ゲームの中にいる住民には、ゲームタイトルなんて知る機会がないものなんだ。
僕の、この世界での名は、カインベルク。
ゲームにおけるメイン攻略対象である、アベルランスの双子の兄だ。
攻略対象はアベルランスの他に12人いる。
みんなイケメンだけど、ゲームのプレイヤーの多彩な趣味に添えるためにか、年齢層も性格も多様で、色んな奴がいる。
ゲームは有りがちな剣と魔法のファンタジー物。
異世界に呼び出された女子高生が、世界を救うために、その世界のイケメンとパーティを組んで冒険する。
世界には8つに分かたれた封魔石と言われる宝石があって、それを集めて魔界の封印が解かれることを防ぐのが、ゲームの主軸となる目的だ。
その過程で、仲間になるキャラクターとラブラブになるのが、むしろ主な目的だけどね。
僕は、それを邪魔する敵役だ。
過去にアベルランスを守るために犠牲になったりとかして、魔族に呪いを掛けられて洗脳されているので、ゲーム開始時点では人類の敵をやっている。
全身黒に身を包んだ魔剣士。それが、僕の姿だ。
本当は隠し要素で、13人目の攻略対象なんだけど、中々そこまでプレイしてくれる乙女は少ない。
ほとんどのバッドエンドルートで仲間をことごとく殺害するのが僕の役目だから、攻略できると解るまでには嫌われていることが多いんだよね。
さて、もう通算で何千週目になるだろうか。
ニューゲームが始まったみたいだ。
異世界に飛ばされた主人公を、僕が襲って、アベルランスが助けるのがオープニングだ。
さて、出番かな─────。
☆ ☆ ☆
「ここはどこなの?」
制服姿の主人公が見知らぬ森を歩く。
まだ転生して間もないところだ。
ここで僕の登場。
「変わった格好の娘がいるかと思えば、貴様、勇者だな」
「誰、あなた? 私は勇者じゃないわ。ただのJKよ」
「ジェイ? 可笑しなことを言う娘だ」
本当は、分かってるんだけと。役柄だからね。
「貴様は紛れもなく勇者だ。これがその証拠!」
僕は掌から、暗黒魔法の中でも威力が軽めの衝撃波を放つ。
それは主人公の手前で不思議な光に阻まれて消滅する。
「何っ? 今のは!」
「聖なる護りの障壁だ。だが、まだ力が弱い。貴様、名はなんという?」
「私? 私の名は…」
ここで名前の入力だ。
たまにすごい時間が掛かるパターンがあるが、例え僕が悪者だとしても、ここは待たないといけない。
ゲームキャラの辛いところだね。
今回も、わりと待たされた。
「私の名は、『ああああ』よ」
うわぁ、やる気ねえ!
待たしてそれですか。なかった? 他になかった?
それでも、こっちはすました顔をして進行しないといけない。
「ああああよ、残念だが勇者に生きてもらっていては困るのだ。貴様には、今ここで死んでもらう!」
それなら何で名前を聞いたんだろうという疑問は、もう飽きているので抱かない。何事も段取りが肝心な世界だから。
僕は、腰に差した魔剣を抜き放つと、ああああに襲いかかる。
そこでヒーローのように、弟のアベルランスが邪魔するわけだ。
打ち合う、剣と剣。
僕の前に瓜二つの容貌をした剣士が立ち塞がる。
金髪に碧眼の精悍な顔つきをした若者。
まるで鏡に映った僕の姿だが、やや僕のほうが髪質が硬めで毛先が尖っているという違いがある。
「やめろ、カインベルク!」
「アベルランスか」
「目を覚ませ。優しかった頃の兄さんに戻るんだ!」
「愚かな! お前も悪の道を選べばいい。また仲良くやろうではないか」
そんなことを言い合いながらも、僕たちは激しく斬り合う。
でも何回もこのシーンやってるから緊張感ないな。
「ああああよ、どうだ。貴様も悪の道を選ぶというのであれば命は奪わずにおいてやる」
僕のこの台詞で、ああああのプレイヤーには選択肢が与えられているはずだ。
ここで、悪の誘いに乗ると、すぐさまバッドエンドに落ちてゲームオーバーになる。
このゲームは、こういう細かい罠が張り巡らしてあるので、小まめなセーブがお薦めだ。
『あなたの誘いになんか乗りません!』
ああああは、名前のわりには堅実な選択肢を選んだ。
となると、僕の出番は終わりだ。
「ならばせいぜい足掻いてみるといい。活躍を楽しみにしているぞ、勇者ああああよ!」
捨て台詞で半分、応援を贈ってしまっているところが、毎回よくわからない。これは僕のせいじゃなくて、脚本のせいだ。
ここで僕が消えたあとから、アベルランスとの出会いと冒険への導入部が続いていく。
この先、アベルランスの攻略ルートを進まない場合、僕の登場回数はかなり少なくなる。
隠し要素である僕の攻略ルートについては、アベルランスの真エンディングをクリアしないと開放されないので、今回のプレイでああああに攻略される可能性はない。
それはそれで気楽だ。
登場シーンまでは休暇みたいなものだから、ダンジョンの奥にある自宅でのんびり過ごすことにしよう。
☆ ☆ ☆
あの後、僕がああああに絡むことはなかった。
デュークスという人気キャラを一周目で攻略しただけで終わったらしいと、配下の魔物から教えてもらった。
あいつは中の人、つまり声優さんが人気なので、デュークス狙いのプレイヤーはすごく多い。
攻略もし易い設定だから、初めてのプレイにはうってつけだ。
ちなみに僕の中の人は結構ベテランさんが声を当ててくれている。90年代くらいのアニメでよく主役級のキャラを演じていた有名な人だ。
この声で話していると、すごい気持ちがいいんだよね。
でも悲しいかな、今の若い子にはあんまりウケがよくないのかもしれない。
アベルランスは双子だけど、別の若手の人が声をやってるんだよな。
しばらくして、またニューゲーム開始の連絡が入る。
出番だ。
☆ ☆ ☆
次の勇者は、『マリコ』と名乗った。
普通だ。
マリコは、どうやらショタ好きのプレイヤーらしく、二人ばかりいる該当するキャラを、全イベントコンプリートするまで周回した。
オープニング以外は、バッドエンドで攻略キャラを主人公の目の前で殺すところだけが出番だった。
悪役は辛いな。
悪趣味なことに、キャラごとに殺し方も色々バリエーションに富んでいる。
今回は、ホッとひと安心しているところを後ろから刺殺するという、なかなか悪者らしい殺害方法だった。
そりゃ、嫌われるわ。
最後に攻略してもらえた記憶が、だいぶ霞んできている。
人気ゲームらしいから、もう二度とないことはないと思うのだが────。
☆ ☆ ☆
それから、『マナミ』、『ジョアンナ』、『ルル』、『ぴーちゃん』、『(^-^)』、『エリカ』、『カンナ』、etc...
沢山のプレイヤーがこのゲームを訪ねて来たが、僕が攻略されることはなかった。
悪の道ルートをネタと知りながら選んでくれるプレイヤーはいたけどね。
そっちのルートは僕が、ダンジョンに主人公を連れ込んで魔物と力を合わせてひたすら凌辱するという、なかなかに壮絶なバッドエンドなんだ。
ゲームの表現上は色々とぼかしてあるはずなんだけど、僕は実行する立場なので、全てがモロです。いや、ほんと。
こんなことしてると、心の底まで悪に染まりそうで、たまに怖くなる。
本当は心の優しい人なんだけどなあ。
洗脳されてるだけで。
でも、そんな停滞した状況を変える者が現れたんだ。
『あやな』というプレイヤーだ。
最初は、ファンタジーの世界観なんだからせめて名前くらい片仮名にすればいいのに、と思っていた。
でもこれが、すごいベビーゲーマーだっだ。
彼女は、12人のキャラを全て完全攻略する勢いでプレイした。
音声をカット気味に進めても、一周するのに12時間は掛かるゲームだ。一つのセーブデータで同時攻略できるのは3人が限界。
グッドもバッドもトゥルーも全てのエンディングを、全員攻略となると、とてつもないプレイ時間になる。
4人のキャラを完全に攻略した後、狙われたのがアベルランスだった。
俄然、僕の出番は増えて忙しくなる。
やがて、『その事』について、条件が揃うことになる時が近付いていた────。
☆ ☆ ☆
『あやな』は、突然、見たことがない選択肢が出現したことに驚いたのだろうか。
それとも、攻略情報を持ってプレイしていて、御存知だったか。
とにかく、彼女はその新しい選択肢を迷わず選んだ。
このイベントは久しぶりだ。
戦いの最中、隙を見せたアベルランスに、僕は魔剣による、鋭い突き攻撃を放つ。
通常だと、ここでアベルランスが瀕死の重症を負うルートだ。
しかし、新しい選択肢では、主人公が身を呈してアベルランスを守る。
魔剣に身体を貫かれ、主人公は苦悶の叫びを上げる。
「あやな! そんな、何故君が!」
「に…逃げて、アベルランス!」
主人公の口から血が流れる。
僕は、その血を舐め拭うようにしながら、彼女の口唇を奪う。
「え?」
驚きで発せられたはずの彼女の声は、音にはならない。
僕は、ゆっくりとした動作で、魔剣を彼女の身体から抜いていく。口づけを交わしたままで。
やがて、僕は切っ先と口唇を同時に離す。
「あ、あれ?」
彼女はキョトンとした顔をしながら、魔剣に貫かれていた箇所を確かめる。
着衣に穴が空いているものの、下の肌には傷ひとつなく綺麗になっている。
暗黒回復魔法だ。
「な、何をしたの?」
「君は殺してしまうには惜しいと、そう思ったのさ」
ゲーム上、今後説明される機会は皆無なのだが、僕がしたのはキスしながらの、暗黒回復魔法だ。個人的には語呂が好きで気に入ってるんだ。暗黒回復魔法。
「カインベルク! あやなから離れろ!」
弟が、なんか怒っている。
乙女ゲームのヒロインは、お前だけのものじゃないぞ。
むしろ、僕は悪者なので、彼女に再びキスをする。
これは暗黒回復魔法ではない。
「?」
不思議と彼女は拒絶しない。
まあ、そういうつもりでやってるはずのゲームなんだけど。
甘く激しいキスをやめると、僕は彼女にダンジョンの奥にある自宅の場所を耳打ちした。
これで晴れて僕は彼女からの攻略を受けられる立場になった。
あまり、目の前でイチャつくと兄弟関係が更に悪化するので、ほどほどにしたほうがいい。
「さらばだ。また逢おう」
僕は、イベントを終えてその場を去る。
この後のことは、彼女次第だ。
☆ ☆ ☆
僕を攻略するためには、毎回ダンジョンを何層もクリアしながら逢瀬を重ねるという労力を必要としている。
しかも、全体のストーリーでは途中からの攻略開始なので、スケジュールもタイトになる。
他のキャラの同時攻略は不可能だ。
それでも、あやなは来てくれた。
順調に、パーティメンバーとして冒険に参加するところまで進んだ。
でも、ある日を境に、あやなは姿を見せなくなった。
ゲームではよくあることだ。
プレイヤーに何があったのかは知らない。
ゲームの中からは推し測ることですら不可能だ。
リアルの生活が忙しくなった。
他のゲームを買った。
ハードが壊れて遊べない。
身に、何か起きてしまった。
全て、想像の域を出ない。
仕方がない。
僕は、待つだけだ。
僕だけじゃなく、他のキャラだってそうだ。
乙女ゲームの攻略対象は、ただ攻略しに来る者を待ちわびるのみだ。
だから僕は待つ。
待っているよ。
いつまでも──────────。