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神も知らないミライの行方   作者: 雨偽ゆら
1章 出会い
9/28

『過去の自分と』

『血が出ても、泣きも叫びもしない。気色悪いなお前……』

『……気色悪いだと?俺をこんな風にしたのはお前らだろ』

 俺の心を、黒い感情が汚していく。

『俺が生きていちゃいけないなら、お前らも生きていて良いはずがない』

 このままだと、世の中は敵だらけになってしまう。

 これ以上、歪んではいけない――

 けれど、理性はじわじわと蝕まれるように消えていく。

 まるで闇に呑まれていくかのような、ずっしりとした重みが身体を支配していく。

 そして俺は、心を剥がされたかのようにふわりと浮かび上がり、上から自分の身体を見つめるような状態になっていた。

 気づけば今まで言われ続けていた言葉を口にしていた。

『もう俺に暴力を振るえないくらい』

 いつも使われていたソレを向ける。


『調教してやるよ……』



 ――あの日を思い出し、俺は心が壊れていたのかもしれない。

「はっ…………」

 スナップイーターは千切れた部分から身体が裂けたものの、すぐに再生し、二体に分裂していた。

 俺らが逃げられないよう挟み、牙を光らせる。

 口からは唾液のようにドロドロとした体液が垂れる。

 今、俺が死線をさ迷ってという事実だけでニヤケてしまう。

 もう、あんな一方的な暴力は嫌だと思っていた。

 けれど緊迫した状況であるほど、俺の心の闇がざわめく。

「……あっはははは!」

 笑いが止まらない。

「ははっ、ふはははっ!」

 止められない。

「氷雨?どうしちゃったの?」

 心配そうに、恐れるように、咲良はそっと問いかけてくる。

 けれど俺には届かない。

 この俺ではなく、今俺の身体に居る俺には……

 笑うことに飽きたのか、俺はスナップイーターを睨み付けると、ポツリと呟いた。

「…………せ」

「ひさ、め……?」

 耳を疑ったかのように咲良が青ざめた顔を向ける。

 けれど、俺の中にいる、俺ではない誰かがもう一度告げる。

「殺したいなら殺せ」

「ちょっと氷雨っ!?あんたっ、何言ってるかわかってるの!?」

 咲良が尋常ではないほどに取り乱している。

 俺の両肩を掴みかかり、ガタガタと前後に揺さぶる。

「死んだら、殺されたらもう会えないのよっ!?葵衣やあんたの仲間、誰にも――」

 そして大きく息を吸い込み、より一層大きな声を張り上げて

「彼女の私にも!!」

 けれど俺は冷徹な視線を送るだけだった。

 咲良は唇を噛みながら目を伏せる。長い睫毛(まつげ)を震わせるが、涙は枯れたかのように流れる気配が無い。

 俺は興味が無さそうにスナップイーターと向き合う。

「ただの虫けらが、俺を殺せるわけないだろ?」

 そして俺は走りながら槍を地に刺した。

 槍がしなりながら弧を描いた瞬間、足を地から放す。

 身体がふわりと宙を飛び、スナップイーターの眼前まで迫っていた。

 口を大きく開け、飛び込むのを待ち構える姿が視界に入る。

 だが、俺は冷静に腰のベルトについた留め具を外し、ソレを手にした。

 それは硬鞭と呼ばれる鉄で出来た棒状の鞭だった。一定の間隔で節目が付いている。

 グシャという鈍い音と共に、スナップイーターが横転する。

 そして俺は宣告した。あの日と同じように

「俺が調教してやるよ」

 ――同じ言葉を

 手の平にポンポンと軽く硬鞭を当て、悪役のように不気味に、口元だけで笑う。

 咲良はすっかり青ざめ、俺とは一線引いた位置に居る。腰を抜かしてしまったのも、当然と言えば当然のことだろう。

 ちなみに一部始終を目撃し、俺の過去を知るはずの葵衣は――

 虫が分裂した衝撃で意識を失っていた……



 真っ暗な部屋の中、水が流れるような清々しい音が響いていた。

 ぱしゃぱしゃと水の床を幾度も踏む影が揺らめき、同時に飛沫が跳ねる。

 飛沫は僅かな光を反射して煌めいた。

 緋色の神――ナギは踊るようにくるりと回る。

 楽しげに軽やかなステップを踏み、黒いドレスの裾が舞う。

 近くにしゃがみ込んでいた緑髪の袴の少女、沙羅は不思議そうに首を傾げた。

「楽しそう、なんで?」

 待ってましたと言わんばかりにナギは振り返った。

「闘争本能が目覚めたみたいだからねぇ」

 ピンと来ない様子の沙羅。けれど、暫くしてハッと息を飲んだ。

「まさか……」

「そう、そのまさか……だよぉ?」

 沙羅は認めたくないと言うように首を嫌々と振る。

「残念ながら、現実は残酷なんだよぉ?」


 茶目っ気のある口調とは対照的に、沙羅は焦燥感を抱いていた。

 葵衣と同じく氷雨の幼馴染みだからこそ、『彼』が暴走していることをすぐに理解できていた。

 だからこそ今すぐに会いに行くことが出来ない、助けられない自分にもどかしさを感じていた。

「それにしても、君たちは全然似ていないんだねぇ……」

「何?」

 日に焼かれず染みの無い綺麗な白肌を、ナギは舐めるように見回す。

 沙羅はゾクリと肌が粟立っていた。

 自分の身体を隠すように抱き締め、軽蔑の目を向ける。

「その髪飾り、家宝なんだよねぇ?」

 ナギが指差したのは、沙羅の編んだ横髪に付けられた、柊の髪飾りだった。

「そうだけど……」

「その髪飾りはずっと受け継がれるんだよぉ~」

「?」

 家宝が受け継がれることは当たり前だと思っていた沙羅は、言葉の裏に隠された意味に気付かない。

「よぉ~く知ってる子が、君と同じ髪飾りを付けてるんだなぁ」

 その笑顔はあまりにも不気味なもので、沙羅はようやく勘付いた。

「嘘……」

 想定外な出来事に声は掠れ気味。無理矢理絞り出したようだ。

「私の、子孫……葵衣や氷雨と……?」

 妖艶な笑みと、沈黙が答えだった。

 お金持ちな家系に生まれ、ずっと甘やかされて育ったお嬢様な沙羅。

 氷雨とは正反対だった。

 食べる物に困らず、衣服はいつも新品。家に帰ると両親が暖かく迎えてくれて、笑顔の絶えない本当に幸福な家庭。

 氷雨の過去がどれだけ過酷であったか想像がつくはずもない。

 それでも沙羅は氷雨を理解する努力をし、友人という関係を築いていた。

「それでぇ、君はどうするのかなぁ~?」

 ナギは楽しげに問いかけた。

「あたしのモノになる決心はついのぉ~?」

 すでに答えが決まっている質問をわざわざ再度声に出すことで、沙羅を煽っているのだ。

「…………っ!!」

 純真無垢な沙羅にとって、心身を捧げろというナギの命令は、屈辱的以外の何物でもなかった。

 それでも拒否権はすでに取り上げられており、氷雨を助けるためにはナギに抗うことなど出来るわけがなかった。

「わかっ、た……」

 顔を林檎のように真っ赤に染め上げ、沙羅は袴をはだけさせた。

 するりと、足下へと服が落ちる。

 下着姿で恥じらう沙羅を、ナギは満足げに見つめた。

「交渉成立だねぇ」

 パチンと鳴らすと、沙羅の首元に鈴が現れた。チリンと涼やかな音を響かせる。

「二人、助けてくれたの……?」

「敵さえいなくなれば、眠りにつくはずだからねぇ」

「あり、がと」

 沙羅の視界は歪んでいた。視界に写る物がゆらゆらと揺れ、光が反射する。

 瞳いっぱいに潤う雫が、ぽとりと落ちる。

「これで君はあたしのモノだよぉ?」

 沙羅は葵衣、氷雨、夜宵の三人には自分の穢れてしまった姿を見せたくない。

 もう合わせる顔が無いと涙を流した。

「ごめ、なさい……」

 静寂の世界で、その言葉だけが波紋のように広がった。



 硬鞭を振るう氷雨の力は圧倒的だった。

 スナップイーターは叩かれる度に肉塊が削れ、バラバラと散っていく。

 けれど肉塊は集まり、新たな一体として生まれ変わる。

 完璧に囲まれた三人。咲良は舌打ちすると白衣へと手を伸ばした。

「氷雨、避けなさいっ!」

 返事を聞く間もなく白衣の裏にぶら下がった爆弾を外し、頭上へ放り投げる。

 ピンは白衣に固定されているため、外した時点で爆発までのカウントダウンは始まっている。

 氷雨は瞬時にスナップイーターから飛び降りた。

 咲良は葵衣を庇うように伏せる。

 刹那、周囲に爆炎と爆風が広がった。

 弾けるような光の中、咲良は口を布で覆いながらもう一つ爆弾を投げた。

 上空で筒から紫の煙が迸る。

 背の高いスナップイーター達を包み込むと、爆炎の影響もあってか動きを鈍らせていた。

 氷雨は槍を引き抜き、円を描くように自分を中心として横一文字に振るう。

 ズバッと、真っ二つに裂けるが、再び肉塊同士で集まろうと蠢く。

「キリがない」

「そうね」

 しかし――再生には限度があったのか、スナップイーターの身体は石化し、粉々に砕けた。

「終わった、か……」

「ええ」

 二人は疲労が滲み出ていた。

 汗を袖口で拭い、氷雨は落胆する。

「ちっ……」

「氷雨?」

 破壊的な氷雨は普段の氷雨とは別の人格。咲良にも理解出来ている。

 リミットがあっても仕方がない。

「ありがとう、あの――」

 咲良は自分達を助けてくれたお礼を言いたかったが、どう呼ぶべきか悩んでいたようだ。

「俺のことは水雨(みふる)と呼べ」

「ありがとう、水雨」

 フッと笑うと、水雨は瞼を閉じた。

 ゆっくりと開かれた瞳には光が戻っている。

「おかえりなさい、氷雨」

 虚をつかれたような顔をする氷雨。

 どうやら暖かい言葉に胸を打たれていたようだった。

「ただいま」

 返事をすると、恥ずかしげに顔を伏せた。どうやら氷雨は水雨の記憶を持っているようだ。

 咲良は戻ってきた氷雨のことを強く抱き締めた。

 少し二人から離れた場所で目を覚ました葵衣は、起き上がると静かに二人を見つめた。

「ようやく水雨が出てきたみてぇだな」

 知らないようで、全てを知っていた。

「それでいい。お前は、俺らは水雨と向き合わないと、神と会う意味は無いんだ……」

 葵衣は既に虫嫌いを克服していた。気絶のフリは水雨を呼び起こすための芝居でしかない。

「ごめんな、氷雨……」

 本人以上に悲痛な想いを抱えながら、葵衣はただ謝ることしか出来ずにいた。


「ごめん、水雨…………」

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