『大切なモノ』
いつの間にやら日が高く登り、眩しく町を照らしていた。
咲良がぐ~っと大きく背伸びをする。
……胸が強調されるから、そのポーズはダメだと思います。
個人的には喜ばしいシチュエーションなので口には出さないけど。
俺の心がある程度読める葵衣には睨まれるかもしれないと様子を窺うと、何やら考え込んでいるようだった。
咲良はくるっと俺らの方を向くと、人が込み入っている屋台の通りを指差した。
「さっ!お昼ごはんでも食べましょう」
新たに一つ分かったこと。咲良はどうやら腹ペコキャラというやつらしい。
ということで、腹ペコ娘という称号を付けることに決めた。
「それにしても人が多いな」
「そりゃあそうよ!なんたって夜はほとんど屋台が開いてないんですもの」
「え?なんで?」
昼夜両方開いたほうが稼げるだろうに、とても不思議だった。
「早朝とか夜明けから働かないと、昼に間に合わないとかじゃねーのか……?」
咲良のピンク色の尻尾を見つめながら、ポツリと葵衣が呟いた。
ちなみに咲良に尻尾が生えてるわけじゃなく、ポニーテールのことだ。
「よく分かったわね」
「仕込みに時間がかかるってことか?」
「仕込みというか、仕入れに時間がかかるのよ。この町からだと森は遠いもの」
確かに廃墟からこの町に向かう途中、食材を手に入れられるような場所はほぼ見なかった。
唯一果実が実っていた湖のほとりも、売るほどの量は存在しなかった。
「何食べるか迷っちゃうわね!」
屋台には果物や野菜だけではなく、きちんと調理されたものがあった。
咲良の話によると、未来は砂漠だらけだからといって自然が無いわけではなく、この辺りの地域が偶然砂漠化が進行しているだけだという。
そんなわけで俺らの時代ほどではないものの、食べることには苦労していないんだとか。
「おお!おにぎりに焼き鳥、ラーメンもある!!」
「甘いわね、この町に来たらポテトパイは外せないわよ!」
「つーか、俺らの分まで払って、咲良の金は大丈夫なのかよ」
「問題ないわ!後で商店に薬を売りに行くつもりだもの」
「じゃあとりあえず、咲良オススメのポテトパイを食べてみよう!」
意気がっていたものの……
「ごめんなあ、ついさっき売り切れてしまっただよ」
「え……?」
「代わりにミートパイ持ってぐか?オマケしだるぞ?」
この世の終わりと言いたげに絶望する咲良。けれど、ミートパイを購入する元気はあったようだ。
ふと振り返ると、葵衣の姿が見えなくなっていた。
「あれ?葵衣?」
「どうしたのよ……」
咲良のテンションは下がったまま。励ますことも出来ずに困っていると、一口パイを食べただけで復活していた。
「はぐれたのかもしれないわ!探しましょう!」
……ようするに、美味しいものならなんでも好きってことだな、多分。
咲良は葵衣を捜索しながら、葵衣の分までパイを平らげてしまっていた。
まぁ、確かにめちゃくちゃ美味しいんだよなこれが。
サクッとした生地は細かく層が分かれていて、ほどよく口の中でほどける。
そしてふんわりと香るバターが食欲を促進させる。
食べ進めていくとじゅわぁっと肉汁が広がり、ホロホロとした挽き肉が姿を現す。
胡椒の効いた肉とあっさりしたパイ生地が絶妙にマッチし、本当に絶品なのだ。
「美味い……」
「でしょう?」
その後も食べ歩きながらも、一応葵衣を探してはいた。
屋台通りを何度か往復しても姿が見えず、裏道や宿にも寄ってみたが、葵衣の姿はなかったのだ。
本来ならば食レポをしている暇などないのだが、はぐれたのが葵衣ということでそこまで真剣に探さずとも良いと感じていた。
「誘拐なんてことはあるはずないけれど……」
「町の外に出て武器を試すような性格のヤツでもないし」
うーんと二人して悩んでいると、突然女の子の黄色い声が聞こえた。
『きゃー!かっこいい!』
『ねぇねぇ、今度はこれ奢ってあ・げ・る』
『いつまでこの町にいるのー?』
――実に羨ま、けしからん声!
いや、本当に羨ましいなんてこれっぽっちも……ごめんなさい、思ってました……
どこにいるか場所ははっきり掴めないが、歓声の発信源は間違いなく葵衣だ。
もはやハーレムというけしからん状況を血眼で探す。
「あら?あれってもしかして……」
「え?」
咲良が指差していたのはオシャレなカフェだった。
『ねぇ、その服どこで買ったのぉ?そ・れ・と・も、手作りなのかしらぁ?』
「あ」
窓越しに覗いた店内には、水着の女の子に囲まれながらお茶を飲む葵衣がいた。
その光景を見た瞬間に、俺と場所を替われ!と叫びたかったが……
刀を手に入れた葵衣を前に、自分の胸へと言葉を仕舞った。
咲良と二人でデートしていることが知られれば、今度こそ殺されるかもしれない。
それにしても、恋愛という概念がなくとも異性を惹き付ける魅力を持っているとは末恐ろしい。俺への執着が女性に向いた瞬間、相手に恋心を芽生えさせることが可能に思えてくる。
「どうしたのよ氷雨、すごい顔してるわよ」
苦虫を噛み潰したような顔。恐らくそれが今の俺にぴったりの言葉だろう。
「俺、先に帰ろうかな……」
「なんでよ、まだごはん食べてないでしょ?」
「いや何と言うか、食欲が無くなったんだよね」
心配そうに見つめられ、断ることが難しくなった。
葵衣に罪悪感を与えることと咲良を安心させること。
天秤に乗せられた二つを考えた結果――
「……咲良、次は何が食べたい?」
俺は何も見なかったことにした。
「放っておいて大丈夫なの?」
「勝手に帰るだろうから放っておこう」
人に散々浮気者と言っておきながら、自分はハーレムルート開通か……
やっぱりずるいな。
中身が残念でも見た目が良ければいいとか。
女子の考えも理解できないが、それ以上に自分だけ女の子と楽しんでいる葵衣に怒りを覚えた。
「憤怒っていうのはこんな顔だからな、咲良」
「興味ないわ」
あっさり裏切られた気分の俺と違い、咲良は退屈そうにあくびした。
「だいたい氷雨には、私という彼女がいるじゃないの」
個人的にはそれはそれ、これはこれなんだが、説明しても分かってもらえるか怪しいから止めておこう。
「ほら氷雨!私とデートしましょう!」
慰めや励ましとして提案された内容に異存は無かった。
「やっぱり一途な一人の女の子に愛されるのが一番だな、うんうん」
「愛してはないわよ?」
「え?」
「だって愛するって、自分が命を懸けられるほどに好きってことでしょう?」
「そこまでじゃな――」
「人に愛された記憶が無い私にはわからないわ……」
悲哀の言葉は俺の心を抉った。
思い出したくない記憶の蓋を、こじ開けられそうになる。
怪我だらけの自分と、酒瓶を蹴り倒して近づいてくる男。その手には――
ぐぅ~と、咲良の腹の虫が鳴いた。
「早くご飯食べましょう、お腹が空いたわ」
やはり咲良は恥の要素は皆無だった。ただ現状を伝えてくるだけ。
けれど、俺の緊張の糸は切れていた。
「ミートパイだけじゃ足りなかったのかよ」
思わず笑顔が浮かぶ。
笑顔の存在と意味を知った咲良は、どこか嬉しそうだった。
「あれはいわゆる主菜よ?主食もちゃんと食べないとでしょ?」
「じゃあ俺、ラーメンが食べたいな」
「わかったわ!」
迷わず目当ての店へと歩く咲良。いつの間にか俺は手を握られていた。
先導された先では、もくもくと上がる湯気の中、懸命にスープをかき混ぜる真っ白い少女がいた。
白髪をバンダナで覆い、ワンピース形の水着の上に、白いエプロンを着けている。
少女は大きな寸胴に次々と食材を放り込み、煮立たせる。
時折お玉で掬ったスープを小皿に入れ、口に含む。
少し口にするだけで、実に幸せそうに顔を綻ばせていた。
なんだろう。何か違和感があるような……
「あの~」
少女は熱心に研究しており、俺らに気づいていないようだ。
「すいません!!」
声を張り上げると、少女が驚いた様子でこちらを見た。
「ラーメン二つお願いします」
「あ、ちょい待っててな。ちょうど仕込み終わったとこやねん」
少女はどんぶりを持ってくると、スープを注いだ。
木の取っ手が付いたざる――テボに麺を入れ、釜で麺を湯がく。
テボの底に叩きつけるようにしっかり湯切りしたのを確認し、どんぶりへと移した。
上から野菜とチャーシューを乗せて完成のようだ。
シンプルでありながら、豚骨の独特の香りが特徴的だった。
「さっ、たんと食べてな」
久しぶりのラーメン。しかも未来で食べることになるとは思っていなかったからか、ポロリと涙が……
「いただきます」
口に入れると、ちぢれ麺に絡んだ野菜や肉の旨味がゆっくりと広がる。
チャーシューは焦げ目が香ばしいアクセントとなっていて、肉厚ジューシーで食べごたえ抜群だ。
濃厚でありながらさっぱりとした後味のため、するすると身体に収まっていき、一瞬にして完食していた。
「うれしいわぁ、うちのラーメンそない美味しかったか?」
「今までで一番かもしれない」
俺も咲良も思わずスープまで飲み干してしまっていた。
付け合わせの野菜まで美味しいと感じたのは人生で初だった。
「昔、一流シェフが作ってくれた料理とは違うけれど、でもそれ以上に美味しかったわ……」
ハンカチで口元を拭く咲良。艶のある唇に色っぽさを感じ、つい目を逸らした。
時々、咲良の振る舞う仕草には品があるように思う。もしかしたらどこかのお嬢様なんじゃないかと疑いたくなるほど。
それに――何処かで会ったことがあるような不思議な気分だ。
「なぁ、咲良」
「ご馳走さまでした」
咲良はあまりにも感動的だったのか、少女の手をがっしりと両手で掴んだ。そのままブンブンと上下に振る。
少女はあははとさして気にせずに笑っている。
というか、俺は無視と……まぁいいけどさ……
「お名前聞かせてもらってもいいかしらっ?!」
「ええよー」
軽いノリで返し、少女はどんぶりを片付ける。
「うちは雪梅いうねん」
「雪梅?」
「珍しい名前やろ~?」
珍しい?一体どこが……なんて疑問はすぐに解けた。
「天気を名前に組み込むことは禁忌とされているじゃない」
法に触れるわけではないものの、禁じられているとは……暗黙の了解ってやつだろうか……?
「うちはええんよ」
雪梅の言い分に対し、咲良は明らかに納得していない。
「神様作った人の恋人やった、穿月氷雨ゆー人知っとるか?」
「ええ知ってるわ」
チラッと俺のことを見るのはやめろ。
「実はうちな、あの人の子孫やねん。ほんで、これは遺品らしいで」
雪梅は白石のネックレスを見せる。それは俺が武器屋の子から貰ったものと同一だと認識した。
じーっと、雪梅の視線が俺に注がれている。
「なんだ?」
雪梅はへにゃっとした笑みを浮かべた。
「珍しい格好やなぁ思て」
正確には俺の服装を見ていたらしい。
「世界各地を何べんも回っとっても、知らんことはいっぱい。学ぶことは多いんよ」
パチッとウインクをする雪梅。……て、あれ?そういえばこいつはどうして笑ってるんだ?
それにこいつ、もしかして俺のこと――
「すいませーん」
俺の考えは新たな客に遮られてしまった。
「あ、お客はん来てもぅたわ」
雪梅の手を握りしめ、目を輝かせる咲良。雪梅はするりとその手を解く。
「本っ当に!美味しかったです!」
「ほな、またなぁ~」
ヒラヒラと手を振り、お客の元へと走ってく雪梅。まさか俺の子孫が本当にいたとは……
個人的には方言っぽい話し方が印象的だけど。
「氷雨が過去の人間って嘘じゃなかったのね」
「今さらかよ」
「信じろという方が難しいわ」
そんなこんなで腹が膨れた俺らは宿屋への帰路を歩き出した。
今日買った武器を磨いていると、咲良は明日の服を選んでいた。
ただし当然ながら水着だ。他に服はないのかよと気になるところだが……
水着姿しかいないことは、今日一日でも嫌というほどわからされた。
「あっ!」
突然声を出す咲良は困惑し、取り乱していた。
バサバサと食料や水を仕舞ったカバンをひっくり返す。
「どうしたんだ?」
聞いたところで咲良は手を止めない。俺の分の荷物まで漁るが、やはり見つからないようだ。
「なんで……」
咲良はポニーテールの根本を何度も触っていた。いつも付けていた柊の髪飾りが無かったのだ。
「今日は町中歩き回ってたから、落としたとしたら探すのに骨が折れるな」
冷静に思考する俺とは反対に、咲良は焦りが見え始める。
「どうしよ、どうしよう……」
今にも泣き出しそうな咲良とどう接すればいいのか分からずにいた。ハンカチを渡すが突っ返されてしまう。
「あれは形見なの……」
形見……家族からの贈り物……
――大切なもの、か。
今の俺ならわかる。家族から最期に託された物がどれだけ大事なのか。
咲良の探し物が見つかることを心から願う。
――頼む。誰か咲良を助けてくれ!
応えるかのように、部屋のドアが開いた。
「そんなことだと思って、探しといたぜ?」
葵衣が咲良の背後に回り、柊の髪飾りを手早く付けた。
「まさか水着の女の子に囲まれたハーレムの理由は……」
「ああ、それな」
葵衣は髪を掻きながら苦笑した。
「武器屋から出た後にはもう髪飾り落としたみてーだから探し回ってたんだけどよぉ、制服のせいか色んな人に話しかけられちまって」
思い返してみれば、話しかけはしなくとも好奇の目を向けられてはいた。
同時に、やけに咲良も注目されていたような?
「んで、町中でその髪飾りと、神様と面識のある薬師のことを聞いたんだが……」
咲良は気分が沈み、下を向いたままだった。
「薬師『ヤクヒメ』ってのはお前のことなんだろ?」
無言で咲良は首肯した。
暫しの沈黙が訪れる。
「……ま、俺は別に聞いてみたかっただけで興味なんてねぇから安心しろ」
最初に口を開いたのは葵衣だった。
心の傷を抉ってしまった責任からか、葵衣はさらに言葉を続ける。
「過去は過去。今目の前にいるお前とは関係ないだろ」
背中を叩かれ、咲良はぐっと息を飲んだ。
「……ありがとう」
泣きたくとも泣けない。笑いたくとも笑えない。
表情に出せない不器用さならまだしも、表情に出すことを許されない人達。
あまりにも不条理だと俺は神に憤りを感じていた。
――それだけは、俺ですら許されていた事なのに。
「……咲良、もう一つだけ買いたいものがあるんだ」
「いいけど?」
この世界の神は理不尽だ。
葵衣の手により産み出されながら、人間を導かず、様々なものを奪っているのだから。
だったら俺がすべきことはただ神に会いに行くだけじゃダメだ。
人間をきちんと見つめるように――
俺が、調教してやる。