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神も知らないミライの行方   作者: 雨偽ゆら
1章 出会い
6/28

『旅立つ準備』

 明かりの点いていない真っ暗な部屋の隅で、俺は体育座りで座っていた。

 穴だらけで薄汚れたみすぼらしいジャージ姿で、手の中のお守りを懸命に握る。

 部屋は新聞がビリビリに撒かれ、そこら中に酒瓶の破片が飛び散り、荒れ放題となっている。

 誰もいない。

 俺だけの空間。

 たった数時間しかない、安寧の時。

 ここが何処か、何故ここにいるのかはわかっている。

 そして――目の前に佇む、幼き少年の正体も。

「なんの用だよ……」

 顔を足に埋め、ぶっきらぼうに呟く。

「俺はもう、関係ないだろ」

 少年は困ったように唸っていた。

『そうは言っても、未だに忘れられない。だろ?』

「それは……」

 図星だった。

 確かに俺は何も忘れられない。

 過去から目を背けるだけで、記憶の片隅には居座り続けている。

 ぎゅっと、唯一の希望であるお守りを強く握りしめる。

『俺を見ないのが証拠だ』

 少年は無駄な抵抗だと嘲笑った。

『まだ鏡も見られないよな、怖くて』

 そう。鏡には全てが映る。


 心と身体に付けられた××も

 ずっと送られ続けた××も

 奪い取られてしまった××も

 分かれてしまった××も


『俺はお前だ』

「知ってる」

 顔を上げたくないのは、鏡を見たくないからだ。

 鏡のような、傷だらけの自分を見たくない。

 それは少年も知ってるはずだ。

『……だからこそ、似た者同士で交際をすることには驚いた』

「似た者同士?」

『なんとなく、わかってるんだろ?』

 咲良と俺の共通点……?

 さっぱり思い浮かばない。

『神と会えば現実や過去……いや、俺と向き合えるだろうさ……』

「今さら神様に会っても、遅いけどな……」

 過去の俺はクスクス笑うと、徐々に透明になり、背景が身体越しに透けて見えた。

『もうそろそろ、目覚める時間か』

「ああ」

『神なんて居ても無駄だと知らされながら、それでも神に会おうとするお前の信念は――』

 完全に姿は消えてしまったが、声だけが響いた。

『滑稽としか、言い表せない』

 やけに木霊して聞こえたことから、心の奥を叩くように、言葉は全身に響いた。

「葵衣には悪いけど、俺が本当に神に助けてもらいたかった時は、もうすでに終わってる」

 ようやく俺は顔を上げた。

 足音が近付いてくる。

「俺は、いつまでこの過去に囚われ続けていればいいんだ……」

 ギィッと音を立て、重々しい扉が開き、光が差す。

「どうせ夢だって、わかってるのにさ」

 パシンッと何か叩くような音と共に、光は人影により唐突に遮られた。

 逃げ出すための、唯一の希望の光が――



 翌朝、俺はぐるぐるとす巻きの状態で床に転がっていた。

 二つのベッドにはそれぞれ葵衣と咲良がぐっすりと眠りについている。

 腹が立つほど気持ち良さそうな姿に殺意を覚えた。

 我関せずを貫く背中へと声をかける。

「おい、葵衣!」

 無反応。こいつならもう起きてるもんだと思ったんだが……

「ばーか……」

「葵衣、お前やっぱ起きてるだろっ!」

 ちなみに咲良の方は本当にぐっすり眠っている。

 気持ち良さそうに寝息を立て、寝返りを打つ度にその豊満な胸が揺れて……

「葵衣様お願いです!少しでいいから添い寝を許して下さいぃっ!」

「必死すぎじゃねっ!?」

 もはや号泣。涙だけではなく鼻水まで……

 流石の葵衣もガチ引きしていた。

「……つーかお前、なんか髪色が変わってないか?」

「はぁ?」

「元は黒だったってのに、色が抜けて灰色ぽいってか」

「お前だって青髪だろ!」

「んなわけ……」

 毛先を摘まみ、静かに見つめる。

「ありえねぇだろ、どうなってんだ」

「そんなことは知らない!それより添い寝がしたい!」

「お前ほんと、ブレねぇなっ!!」

 すがり付くように、芋虫歩きで葵衣との距離を詰める。葵衣は俯いていた。

「く、くくく」

 てっきり笑っているんだと思った。だが――

「来るんじゃねぇー!」

 枕が見事に俺の顔面へと直撃する。

「何するんだよ!」

「うるせー!俺は、芋虫とか毛虫とか、なんかうにょうにょした虫が大嫌いなんだーっ!!」

「それ、まずいかもしれないわよ」

 葵衣の心の叫びで起こされたのか、咲良が静かに呟いた。

「まずい?」

 はてと首を傾げる俺。葵衣はその先が分かっているのか、ブンブンと頭を振っている。

「この町から神殿までの道は、スナップイーターって名前のワームが出没するような場所だから」

「スナップイーター?」

「要するに岩でも人でも何でも食べて、大きくなると千切れて分裂するワームのことよ」

「ちぎ、ぶ……え、あ、あれが……?」

 葵衣は今にも泡を吹いて倒れそうだ。

 様子を見つつ咲良は何やら考えていた。

「……とりあえず、葵衣と氷雨の武器を買いに行きましょうか」

 咲良の言葉に葵衣は涙目で抗議を訴えたが、決して慈悲を貰えることはなかった。

「手に馴染む物があれば買ってあげるわ」

 そう言って咲良は片目をパチンと閉じた。このウインクは葵衣がしていたのを真似たようだ。

 上手く出来ずに「目が、目がぁ!」なんて本人は言ってるが、咲良は問題なくやってのける。

「あのさ、拳銃とかあったり……」

「この時代にはそんな野蛮な武器無いわ」

 キッパリ、ハッキリ断られ、葵衣は号泣寸前だった。遠距離から狙えればまだなんとかなると思っていたらしい。

 咲良は着替えるために一度脱衣所へ向かった。

 葵衣は再び布団へ潜り込み、亀のように守りを固めていた。

 戻って来た咲良は、大きめなリボンがついた白いホルダーネックのビキニと、水色のショートパンツを着ていた。

 ちなみにホルダーネックとは、首の後ろで結ぶタイプのことで、胸が強調されやすい。

 つまり、意外とエロい!!

「氷雨は何を言ってるのかしら?」

 どうやら心の声が漏れていたようだ。

「ほら、出かける準備しなさいよ」

 葵衣はベッドにがっしりとしがみついてしまった。

 咲良は思いきり葵衣の足を引っ張る。

「い、く、わ、よ!!」

「い、や、だ~っ!!!」

 俺は諦めの悪い葵衣のことを、べしっと叩いた。

 不満そうに見つめてくるが、往生際の悪いお前がいけない。

「神様のとこに行けば、沙羅さんと結城さんを見つける手がかりがあるかもしれないだろ」

「確かにそうかもしんねーけどっ!!」

 ガタガタと身体を震わせていた。もはや葵衣だけ地震に遭っているかのようだ。

「そそそ、れでも嫌いなもんは嫌いなんだよちくしょー!」

「よいしょっ」

 一瞬の隙を突き、ようやく咲良は葵衣をベッドから引き離すことに成功した。

 首根っこを掴み、引きずっていく。

 ――あ、デジャヴ

「さあ!今度こそ出かけるわよ!」

 咲良有無を言わさぬ勢いにより、俺らは宿を後にした。



 武器屋は他と比べ、やけに立派な造りをしていた。

 太い柱はガッチリと建物全体を支え、扉には装飾が施されている。窓も多く、スタイリッシュな作りだ。

 ガチャッとドアを開き、中に入ると、店内には種類も値段も様々な武器が並んでいた。

 斧や鎌、弓、ナイフ、大剣、長剣、日本刀、槍、棍棒、手裏剣、苦無、鞭、手甲、鉄扇、円月輪、盾、火薬、毒薬……どれもゲームやマンガの世界でしか見たことがない。本当に豊富な取り揃えで、感嘆の声をあげる。

「この辺だと武器が無いと生きられない人も多いのよ」

 前に咲良は、めったに虫が来ることは無いと言っていた。裏を返してしまえば、時折人間を襲いにやって来るということ。

 過剰防衛とは言えないほどに町は危険なのかもしれない。

「そういや、咲良の武器はナイフと弓矢か?」

「私が基本的に使うのは、ナイフと爆弾よ。弓矢は鳥を撃ち落とすのに持ってるだけ」

 確かに爆弾を使えば食材を爆破することになるな。

 ふと葵衣に目をやると、葵衣は日本刀をじっと見つめていた。しかもただの日本刀ではなく、二刀流が出来るように相性の良い小太刀と太刀のセットである。

 子供のように目をキラキラと輝かせ、ごくりと唾を飲み込んだ。

「兄ちゃんら、随分とけったいな格好してるな」

 店の奥から出てきた大柄の男性へと顔を向ける。

 店主らしき男性は筋肉質で目付きが悪いため、とてつもなく迫力があった。

 葵衣は見事に店主の言葉をスルーする。

「おっちゃん!ちょっと持ってみてもいいかっ!?」

 店主は無言で頷く。

 きちんと許可を得た葵衣は、そっとその手で二つの日本刀を持つ。

「そいつは暁月と夕陽という名で、鎖姫という無名の刀鍛冶が鍛えたものだ」

「無名っつーことは、あんま知られてねぇ刀鍛冶なのか」

 肩を落としたのは一瞬で、葵衣は高々と鞘ごと刀を掲げる。黒塗りの鞘には確かに『鎖姫』と彫られていた。

 流石に店内なので鞘からは抜かないが、どうやら気に入ったようだ。

「咲良!俺はこれで確定だかんな!」

「はいはい、店の迷惑だから騒がないの」

 対して俺も、いくつか見当をつけていた。

「葵衣が近距離、咲良が近遠距離なら、俺はやっぱり」

 そう言って手にしたのは、中距離で戦うことのできる槍だった。

 実際に持ってみて、感触や重さを確認する。ほんの少し触っただけでもしっくりときた。

 恐らくこれ以上に俺に合う得物は無いような気がする。

 けれど、視界の端に写った、店の奥にひっそりと置かれたあるモノに目を引かれた。

「じゃあ、二人とも決まりね?」

「おうっ!」

「あ、うん」

「それじゃあお願い」

 咲良がお会計をしようとした時、店の奥から子供が走ってきた。

「父ちゃん、母ちゃんがメシできたって!」

「すぐに行く」

 子供は俺の姿を見た途端に驚いていた。

「昨日のへんな服の兄ちゃんっ!」

 そう言われて記憶を辿ると、ウェイクアントに追いかけ回されていた少年だとうことが分かる。

「無事だった?」

 少し心配そうに首を傾げる少年。もしかしたら逃げ出したことに関して罪悪感を抱いてるのかもしれない。

「大丈夫だ」

 ケガはまだ残っているが、痛みは引いている。

 それもこれも、咲良が腕の良い薬師だったからに違いない。

「父ちゃん、昨日オレ、この兄ちゃんに助けてもらったんだ!」

「なんだと!?息子の命を救ってくれたのはあなた方でしたか!なんとお礼を言ったらいいものか……」

 昨日の少年が現れたかと思えば、寡黙だと思っていた店主の口数が急に多くなり、完全に予想外の展開だった。

「本当にありがとうございます!」

「いえいえ」

「お代は結構です!息子の命の恩人からお金なんて頂けませんから」

「じゃあ、お言葉に甘えましょう」

 咲良は断ろうか悩むことなく、即決していた。

 一応、命の恩人は俺なんだけどね。

「お兄ちゃん、ちょっと待ってて!」

 少年は一旦店の奥に消えたが、何かを手にすぐ戻ってきた。

「しゃがんで!」

「え?」

「いいから!」

 訳がわからないまま、言われた通りにしゃがむ。

 俺の目線が少年と同じになった。

「目、つぶって」

 瞼を閉じ、視界が真っ暗になる。

 ガサゴソと物音が聞こえた。

「あげる」

 目を開けると、首には白い石のネックレスが下がっていた。

「白い石は幸運を招き、災厄を退く力があるとされているのよ」

 咲良がうんちくを披露し、何故かしゅんと大人しくなってしまった。

「ありがとう」

 お礼の気持ちを込めて頭を撫でてやった。

「兄ちゃん、また来てね!」

「わかった。また来るよ」

 また来て欲しいというのは嬉しい言葉だが、どうしても気持ちが嘘らしいと感じてしまった。

 きっと少年も咲良と同じように、笑顔を奪われたままなのだろう。

「ありがとうございました!」

「ありがとござました!」

 背中にかかる声と同時に、派手な模様のドアから外へ出た。

 感情と表情が一致しないということは……

 笑いたくとも笑えない、か……

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