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神も知らないミライの行方   作者: 雨偽ゆら
1章 出会い
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『予期せぬ戦い』

 未来に来てから約四時間が経過していた。あと何時間で日が暮れてしまうのだろうと、心に焦りが生じていた。

 食事を終えると、咲良はリュックからナイフを二本取り出した。一本を足にベルトで巻き付け、もう一本を俺に手渡す。

 さらに咲良は、裏側に筒状の何かが吊り下がった白衣を羽織った。

「ここから先は危ないから貸してあげるわ」

「危ない?」

 周囲は一面砂しかない。危険があるとは思えなかった。

 ……蟻地獄とか?

「環境の変化に応じて、突然変異した虫が出るのよ」

 なんともファンタジーっぽい状況に心が踊る。

 とはいえ基本はヤノとユノで走り抜けられるらしい。小型のが周囲を飛び回った時に使えと言われた。

「もう少しで町に着くわ。そしたら今日は町の宿屋に泊まるわよ」

「そういや、この砂漠は神に自然を奪われたからか?」

「いいえ」

 咲良の顔が陰る。

「全ては環境を壊した人間が悪いわ」

「環境を……地球温暖化とか、か……?」

「その影響も大きかったわね」

 人間の目線にしては達観した発言だと思った。

「まさか、神は人間が地球をこんなことにしてしまったから見捨てた?」

「そんなところよ」

 突然吹いた風が、咲良のポニーテールをふわりとなびかせた。

 相変わらず神殿は米粒くらいの大きさだが、手前には確かにいくつかの建物が見えた。

 湖と同じ盆地というよりは、小さすぎて見えていなかったというのが正しそうだ。

 ――そうすると、あの神殿はどれくらい大きいんだ?

「安心してちょうだい」

「一体何に安心しろと?」

「虫は人が群れている場所には、めったに近寄らないわ」

 群れているという表現に悪意を感じる。

 この数時間で咲良の性格も分かってきた。素直で優しく、好奇心が旺盛で料理が好き。

 そんな咲良が選んだ表現は彼女の言葉では無い、借り物の匂いがする。

「咲良は何者なんだ……?」

 俺のことを一瞥すると、咲良は黙ってヤノを走らせた。その背中は何処か寂しそうに見える。

 例えるなら迷子になった子供が、親を捜してさ迷っているような感覚。

「ユノ、俺らも行こうか」

 ユノは心配そうにつぶらな瞳で俺の顔を覗くと、胸に頭をこすりつけてきた。

「大丈夫、ありがとうな」

 頭を撫でてやるとユノは嬉しそうに鳴いた。満足げにヤノと咲良を追いかけて走り出す。

 沈黙の中、どれだけ進めたかもわからないまま、時間だけが過ぎていく。

「みんなどうしてるかな……」

 元の時代を思いながら、空を仰ぐ。

 一度は晴れたはずの空には暗雲が立ち込めていた。



 夕暮れ時、町の目前にてヤノとユノは足を止めた。

 背中を悪寒が走り、全身から汗が出てくる。

 ――自分の命に関わる、何かが来る……!

 突如として地面が波打つように大きく揺れだした。ユノがバランスを崩すまいと足をバタつかせる。

「わあっ?!」

 俺らの背後から聞こえた声へと顔を向けると、真っ黒で光沢のある身体に、幾つもの足を持つ、自動車ほどの大きなアリが居た。口からは酸を吐いている。

 触角を動かし、何かを探すようにキョロキョロと見回す。

「ウェイクアントね」

 冷静に咲良が名前を告げる。

 ウェイクアントは鋭い牙をガチンと打ち鳴らし、小学生ほどの水着の少年を向いていた。

 少年は恐怖のあまり腰を抜かしたらしく、一歩も動けずにへたり込んでいる。

 じわりじわりと近寄るウェイクアントに対し、少年は声も出なかった。

「放っておきましょう」

「は……?」

 思わず耳を疑った。

 目の前で人が死ぬかもしれないってのに、放っておく……?

「見捨てられるわけないだろ!」

「あの子が犠牲になってくれれば逃げられるわ」

 冷淡な言葉を残し、咲良はヤノを走らせようとしていた。

「……って、何やってるのよ!」

 俺は咲良の制止を聞かず、既にユノの背中から降りていた。

 咲良から預かったナイフを抜き、逆手で構える。そして、思いきり走り出すと少年とウェイクアントの間に割って入った。

 遠くからと間近ではやはり迫力が違った。ガタガタと震える足は明らかに武者震いではない。

 自分より強大な化け物に怖じ気づいているというのが正しいだろう。

 それでも背中越しに話しかけるくらいには強がれる。

「逃げろ」

「え?」

「今すぐ逃げろっ!!」

 大声で急かすと、少年は地べたを這いつくばるようにして数歩、すぐに起き上がると脱兎のごとく逃げ出した。

 標的はすぐに俺へと移る。

「来いよ」

 苦し紛れの挑発は臆病な自分を隠すためのもの。少年がこの場を離れるまでは一歩も譲れない。

 ウェイクアントが尖った足を俺の頭上へと運ぶ。

 足が下ろされた途端、俺は横に跳んでそれを避けた。回転するように足を切りつける。

「よし」

 ウェイクアントは痛みを感じないらしく、すぐに足を地から離し、俺を突き刺すようにする。

 今度は素早かったため、慌てて地面を転がった。

 ウェイクアントの足踏みの振動で砂が舞った。

 視界が妨げられる中、背中に衝撃が走った。どうやら思いきり蹴られたらしい。

 サッカーボールのように軽々と数十メートル先まで吹き飛ばされる。

「くっ……!」

 咄嗟に受け身をとったものの、着地の衝撃が微かに骨に響く。

 勢いのまま地面をスライドし、その度に砂が肌を削っていく。

「ぅぐっ……」

 痛みに堪えるものの、擦れた肌は微かに熱を帯びており、さらに痛みを倍増させた。

 ウェイクアントが空を斜めに切るように頭を振り、拡散しながら酸が飛んでくる。

「がっぁあ!」

 服で隠れていなかった腕や頬が真っ赤に焼け、腫れ上がっていた。少し風が吹くだけでも激痛が走る。

 ボロボロに溶かされたワイシャツの下でさえ、計り知れないほどの痛みを感じる。

 狭まる視界では、ウェイクアントが牙を開閉しながらゆっくりと歩いてきていた。

 結局、咲良に貰ったナイフは役に立たなかった。使いこなすことができなかった。

「…………だ」

 一筋の涙が、頬を伝う。

「いや、だ……死にたくない……」

 命乞いのような気持ちを吐き出す自分に驚く。

 ――俺は、そんなに弱い心だったか?

 周りに助けてもらえず、一人で生きてきたはずなのに

 何度も死にそうな目に合っていたのに……こんな化け物に命乞い?

「ははっ……」

 俺は鋭い眼光でウェイクアントを睨み付けた。

「お前なんかに……俺の大切な命をくれてたまるかよ……」

 そうだ。この命は今まで俺自身の力だけで守っていたもの。

 他人を守るためにあっさり死ぬなんて、俺自身のプライドが許さない。

「死んでたまるかぁぁぁぁっ!」

 悲鳴をあげる身体を必死に叩き、無理矢理立ち上がる。

 手足の震えを根性で抑え、ナイフをウェイクアントの顎に叩きつける。

「俺は命を奪ってでも生きてやる!」

「それでこそ、俺の愛する氷雨だぜ!」

 覚えのある声とほぼ同時に、轟音と共に煙が爆裂し、ウェイクアントが激しく燃え上がった。

 きちんと見えたわけではないが、燃える直前に筒状の何かと火矢がぶつかっていたようだった。

 ウェイクアントは大きく仰け反ったり、足を懸命に動かしたりしながら悶え苦しんでいた。

「氷雨、行くわよ」

 咲良に手を引かれ、ヤノの後ろに乗る。当然前方では咲良がヤノの手綱を握っていた。

 次の瞬間、物凄いスピードで砂漠を駆け抜けていくヤノ。振り返るとユノが誰かを乗せて追いかけていた。

「もう着くわよ!」

 町に飛び込むと、ヤノもユノもスピードを落とした。しばらくして足を止める。

 咲良も俺も、ユノに乗っていた人物も地に足をつける。

「元気してたみてーだな」

 荒い言葉使いに校則の範囲内で崩した制服。女子が惚れ惚れするほどのルックスの良さ。そして――ん?

「六時間ぶりくらいじゃねーか?」

 確かに俺の知ってる葵衣本人だ。間違いない。間違いないはずなのに……

 髪色が黒から青に変色していた。ファンタジー世界の住人のような色に。

 けれど、それ以上に不思議なことと言えばやはり――

「どうして葵衣がここに?」

 真の問題はあの棺に入ったのは俺だけだったという事実だ。

 葵衣は自慢げに胸を張り、腰に手を当てた。

「氷雨が心配だったに決まってるだろ?」

 あまりにも疑わしかった。ジト目で見つめると、葵衣は苦笑する。

「冗談。どうやら棺に触れてると、一緒に飛ばされるらしーぜ」

「へー、そうなのか」

 未知な現象が起こったってことは、自分で実験してたわけじゃないってことか?

「とりあえず宿屋に行きましょう!話ならその後でもいいでしょ!」

「俺ら金持ってないけど」

「それくらい私が出すわよ!」

 ムスッとした様子の咲良に対して、俺はやれやれと肩をすくめた。

「それにしても急に賑やかになったな」

 町は小さいながらも活気で溢れていた。屋台のような店や木造の家々が建ち並び、人々は夕食の買い出しや飲み会など、伸び伸びとした時間を過ごしていた。

 更に、人々は皆が水着姿で町を闊歩していた。

 咲良がついた嘘……ってわけじゃなかったのか……

 スク水にビキニに競泳用。様々な種類の水着を着こなす美女達に、思わず目を奪われる。

 それでもニヤケないよう体裁を保つ。

 途端に顔面へ衝撃が走った。

「氷雨、何女の子ばっか見てんだよ」

 葵衣の虫けらを見るような目付きに思わずひぃっと声が洩れた。

 助け船を咲良に出すが、咲良は首を傾げて俺を見つめるだけ……

 ――あ、慈悲とか嫉妬とかないんですね。

 悲しくなると同時に、俺は葵衣の怒りのビンタをもう一発食らった。



 いかにも道を見失いそうな、深い深い森の中。生い茂った木々が影を作り、その隙間から煌めく光があった。

 蜂蜜のようにキラキラとした金髪が、数本だけ宙を舞う。

 その光景を写すのは、ほんの少し濁った瞳だった。

「くふふっ……なーんて、笑っている場合じゃないか」

 少女――結城夜宵は姿勢を低くしながら、鉄製の定規を握っていた。

 紺色のセーラー服は所々が裂けていて、肌が出ている箇所には切り傷や擦り傷などが見える。

「まさか、突然こんなバトる展開になるなんて思ってなかったよっ!」

 白いマフラーを翻し、定規を剣のように振るう。けれど敵は空を高く飛んで避けてしまった。

 遊んでいるかのように、周囲を飛び回る。

「これはさすがにまずいんじゃない?」

 自分に言い聞かせるように呟き、相手を見据えた。たらりと汗が額を落ちた。

 相手は黄色と黒の禍々しい体に、数枚の羽根、尻には鋭く尖った針が生えており、大きく黒い瞳を光らせていた。

 ――蜂だった。しかも今までに見たことがないほどの大きさの生物。

「かといって武器になりそうな物は定規だけ……乗り越えられるかどうか……」

 部活に勤しんでいた夜宵のカバンには、漫画を書くための道具しか入っていなかった。

 唯一武器となり得るのは定規のみ。夜宵は明らかに頼りない装備で一人、暗い森を乗り越えなければいけないのだ。

 そんなことを考えているうちにも、蜂の猛攻は続く。

 それもこれも他の生物を捕食し、自分が生き残るため。普段の生活では巻き込まれることのない生存競争を、夜宵は身を持って知らされているのだ。

 蜂が低空飛行しながら針を飛ばし、思わず夜宵は地面を転がった。

 針はカバンの紐をかすめて切ってしまった。中身がひっくり返り、バラバラに散らばる。

「ちっ……」

 夜宵は落ちたペンを拾い上げ、蜂の羽根目掛けて投げる。だが、羽ばたいた風圧で簡単に叩き落とされてしまった。

「これならっ!!」

 インク瓶の蓋を開け、視界を奪うために中身をぶち撒こうとするも――

「あっ!?」

 木の根に足を取られ、手元から瓶がこぼれ落ちる。

 ――刹那、夜宵の腕に針がかすった。

「え……?」

 次の瞬間、夜宵の視界には背の低い草花と、湿っぽい臭いの土が写る。頭が重たく、霧が立ち込めたようにボヤけている。思考も働かない。

 夜宵は何も考えられず、地に伏した自分の姿にすら気づくことが出来ない。

 そんな夜宵の頭上を蜂が旋回し、今にも襲い掛かりそうになっている。

 夜宵の瞳は迫りくる闇を捉えていた。

 蜂が、夜宵の頭目掛けて針を発射する。

 迫り来る針に危機を感ずる暇もなく、夜宵は毒に侵されている。

 動かない体を必死に起こそうと足掻く。けれど毒は夜宵から精神力すら奪っていた。

 まさに絶体絶命の状態だ。

 だが夜宵の命が奪われる瞬間――カキン!と、針が弾かれた。

「こんな所で死にたいのか?」

 やる気無さげにそう呟いたのは、中学生ほどの幼い赤髪の少年だった。服はやはり水着で、上には水色のパーカーを羽織っていた。

 どこかで似たような姿を見たと夜宵は思っていたが、誰だかはわからないようだ。

 少年は鞘から抜いた太刀を構えていた。

 一メートルほどの長い大太刀を振るい、蜂を叩き斬る。

「大丈夫かー?」

 心配してくれる存在が現れ、なおかつ自分が衰弱していることを理解していた夜宵は、そのまま眠りについた。

 深く深く、海に沈んでいくかのように、意識が遠退いていく。

「まったく、どうなっても知んないからな?」

 安易に人を信じてはいけないと、少年が忠告してくれる言葉が、夜宵の耳に届いた最後の声だった。

「……オレを信用すると、痛い目に遭うけど」

 ため息を吐き、少年は続けた。


「でも、騙される方が悪い」

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