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神も知らないミライの行方   作者: 雨偽ゆら
1章 出会い
3/28

『神に奪われたもの』

 一世一代の大告白。少女は困惑した様子でこくりと頷いた。

「おっしゃああああ!」

 廃墟の中でガッツポーズで絶叫する俺。端から見れば不審者極まりないが気にしない。

 元の時代では学校や家族でさえ公認していた男同士のお付き合い。特に姉さんが腐女子として覚醒した日には……ねぇ?

 別に同性の恋が悪いわけじゃなく、いつの間にか親友が恋人に変化してたことが問題なわけで……

 それはそれとして少女はといえば、状況が飲み込めずに疑問符を頭に浮かべていた。

 ――うん、見れば見るほど可愛らしい。

 パッチリした瞳はどこか見覚えがある気がした。ピンク色の髪の毛は絡みが一切無く、陽射しをキラキラと反射し煌めいている。

 瞳と同じ色をした柊の髪留めもよく似合っている。黄色い花柄のビキニにはふんわりとパレオが巻かれていた。

 ……でも、何故水着?

 いや、かわいいけど。

「そういえば、あんた誰よ?」

 すっかり調子を戻した少女は、腕を組ながらつっけんどんな態度で訊ねてきた。

「俺は氷雨。今日から君の彼氏さ。君は俺の彼女だろ?」

 調子に乗って少しカッコつけ過ぎたか?なんて心配は一瞬にして崩れ去った。

「つきあう……とか、かのじょって何よ?」

「ん?いわゆる交際のことだけど」

 ミライでは違う言葉で呼ぶのかな?

「そうじゃなくて……」

「?」

「まぁいいわ」

 少女は大きくため息を吐くと、脇に置いていたリュックからさっきまで読んでいたのとは別の分厚い本を取り出した。

「あのねぇ……」

 呆れた様子で少女は本をめくると、俺に見せつけてきた。

「『交際』とか『彼女』っていうのは昔の概念なのよ?ほら」

 いや、そんなことあるわけが……

 目を疑うような出来事に全身から汗が吹き出した。

「ちょっと!昔の資料は貴重なんだから汚さないでっ!」

 少女は慌てて本を取り上げたが、確かに指定したページには過去の記録として書き記されていた。

 つまりこのミライでは男女が互いに好意を持っていようと、付き合うことは出来ない、と?

「…………はあっ!?」



 腕時計を見ると、まだここに来て二時間しか経っていなかった。逆に言うと俺の事情を話すのにそれほど時間がかかってしまったことになる。

「へぇ、あんた過去から来たのね」

 驚くというより関心に近い反応だった。しかもすんなりと受け入れられるのは予想外だ。

「いい加減そのあんたって呼び方やめてくれ」

「じゃあ氷雨」

 いきなり呼び捨て……まぁ、嫌な気はしないけどな……

「氷雨は私に彼女っていうのになってほしいのよね?」

「ああ」

「どうしてそんなに交際したいの?」

 純粋な質問だとわかりながら、俺は答えることを躊躇していた。

 いや、正しくは自分の行動原理を理解しきれていなかったのかもしれない。

 それでも俺は今まででの人生から仮説を立てた。

「人との強い繋がりを、固い絆を感じていたいだけなのかもしれない……」

 ――俺は心から愛されたことなんてないから。

「人を信じず、世界に出られず、ずっと檻の中に閉じ込められていたからさ」

 長い間、家族と暮らす暖かな家に憧れて育っていたから、人との確かな関係が欲しいのかもしれない。

 少女は俺の言葉を静かに思考していた。

「このあとはどうすればいいの?」

「え?」

「彼女と彼氏になったら、何をすればいいの?」

 不安そうに見上げてくるだけで胸を締め付けるような破壊力。美少女万歳!

 なんて言っている余裕などなく、俺は人生で一番焦っていた。

 実は恋人として人と付き合ったことが無い。葵衣とは恋人らしいが、俺はあいつを親友だと考えているわけだし……

「えーと……デート、とか……?」

「でーと?」

 眉をひそめ、訝しむ少女。

「交際した男女が一緒に出かけて、ご飯を食べて、遊ぶみたいな……」

 経験が無い人間の曖昧な知識から、よくまとめられたと自分自身に拍手を贈る。

「面白そうじゃない!やってみましょう!」

 意外と乗り気な少女に対し、俺はずっと疑問に思っていたことを聞いた。

「ところで、君は交際が過去のものと言っていたけど……」

「君じゃなくて咲良(さくら)よ、さ・く・ら!」

 ようやくわかった名前へ改め、きちんと言い直す。

「咲良は交際が過去のものだって言っていたけどさ、どうして交際という概念が消えたんだ?」

 疑問への答えは簡単に返ってきた。咲良は廃墟の隙間から見える黒点を指差す。

「あそこに住んでる神様から奪われたのよ」

「神様から奪われた??」

 つまり神様はこのセカイに居た?

 ……いや、もしかしたら本当に葵衣が人工的に作った、とか?

 あまりにも情報が少ないため、もう1つだけ咲良に質問する。

「神様ってどんな人なんだ?」

「ただの変態なスケベジジイ?」

 表情は見えないが、嫌悪感剥き出しで言い放つのでこれ以上聞くのはやめておくことにする。

 それにしてもスケベって死語じゃなかったのか……

「ちなみに、面会時間は平日の九時から十七時までよ」

「公務員かよ!」

 地球は予想以上に面倒なセカイへと進化しているようだ。

「それなりに距離はありそうだし、デートがてら神様ってやつに会いに行ってみるか」

「そうね、もうそろそろ――」

「今なんて?」

 風に消されてしまった言葉を咲良が繰り返すことはなかった。空気を切り替え、自信満々に胸に手を当てる。

「道案内は任せなさい」

 そうして俺らは廃墟を出た。

 外は清々しいほどに晴れ晴れとした青空と、地平線まで続く砂漠。

 この辺りはまだ廃墟が散らばっているが、向かう先には陽射しを遮る建物や植物はこれっぽっちも存在しない。

 それこそ神様がいるという神殿がポツンとゴマ粒のように見える程度だった。

「さて、それじゃデート始めましょ」

 裸足で歩き出す咲良の後を追いかける。ところが砂がきめ細かく、柔らかすぎるのか、靴がずっぽりと沈み、不安定な足取りでなかなか進まない。

 諦めて靴を脱ごうとしゃがむが、手が地面に触れた瞬間、じゅわっと音を立てて焼けた。

「痛ってぇっ!!」

 咲良は急いで戻ってくると、手のひらサイズの小箱を取り出した。

「バカなの?」

 呆れながらも手早くクリーム状の薬を塗ってくれる咲良。

「よく火傷の薬なんて持ってたな」

「だって私、薬師だもの」

 薬師ということは、薬を売ったり薬を使って人を助けるってことか。

「ほら、終わったわよ」

「ありがとう」

 ふんとそっぽを向き、咲良はポツリと呟く。

「ドジ踏まないでよね」

 ずっと思っていたけど……やっぱりこいつツンデレか!!

 薬のおかげか咲良の優しさか、痛みはすぐに引いていた。

「それにしても氷雨、あんたそんな厚着してて暑くないの?」

 一応半袖の制服なんだが……まぁ、水着からすれば厚着か……

「咲良こそ水着姿で恥ずかしくないのかよ」

 下着ではないにしろ、年頃の女の子なんだから羞恥心を持つべきだろうに

 けれど咲良はキョトンとしていた。

「はずかしいって何?」

 どうも会話が噛み合わないのは、やはり神様とやらのせいだろうか?

 それとも咲良がバカなだけか……?

「恥ずかしいっていうのは、見られたくないとか隠したいと思うようなこと、かな」

「そう。それなら私は当てはまらないわよ」

 言いながら自信満々に胸を張り、仁王立ちする。

「はずかしい?って感じはしないもの!」

 なかなかの眺め……じゃなくて、どうやらかなり素晴らしいルックスの持ち主のようだ。

「特に下からのアングルがたまらない!」

「何の話?」

 思わず心の声が外に出ていたらしい。危ない危ない。

「大体、このセカイの人は皆この服装だしね」

 ――なんっ、だとっ!?

 全員が水着とは、なんという楽園なんだ!まだ咲良しか見てはいないが素晴らしい!

「神様が余計な衣服は要らないからって、服の概念をこの水着っていうものだけにしたのよ」

 よし、とりあえず神様に敬礼!変態チックなところに好感が持てる。

「そういえばあの神殿までどれくらいなんだ?」

 咲良は腕を組ながら考え込む。

「だいたい一日くらいかしら」

「じゃあ時間的に面会は難しいのか」

 焦らすように指を振る咲良。どことなく腹が立つことは言うまい。

「明日の午後までには着くはずよ」

 わっか状にした指をくわえ、思いきり吹いた。すると、ピーッという音と共に、何処からか砂を踏みしめる激しい音が響いた。

 砂ぼこりが周囲を舞い、廃墟の一つから近づいてきたそれは姿を現した。

 それは鷹に似た巨大な鳥だった。

 双翼を大きく羽ばたかせながら、鋭い爪が付いた足で砂を踏む。二羽のそれは俺らの前でピタリと止まった。

 廃墟を連れ歩くには身体が大きく難しいが、この先は砂漠しか無いからということだろう。

「ヤノとユノよ」

 ヤノと呼ばれた黒い鳥は咲良のパレオをくちばしで啄み、ユノという白い鳥は甘えるように頭を咲良の身体にこすりつける。

「さあ、乗って」

「乗馬ならぬ乗鳥デート……この先は砂漠続きで景色が変わらなそうだからちょうどいいか……」

 欲を言えば男の俺がリードしてあげたいところだけどな。

 咲良はヤノにリュックをくくりつけるとすぐに背中に乗った。

 俺も身長に合わせてしゃがんでくれているユノのため、羽根を踏まぬよう、見よう見まねでゆっくり優しく跨がる。

 ユノは嬉しそうな声で鳴いた。

 最初は一歩一歩の歩幅が小さかったものの、段々と歩幅は広がり、向かい風を受けることで気持ちのよい開放感を得られた。揺れはほとんど無い。

 振り返ればさっきまでいた廃墟はみるみるうちに小さくなっていた。

 オープンカーに乗ったらこんな気分なんだろうかと少しずれたことを考えてしまうほどにはまだ余裕がある。

 ……ただ、一つだけ問題があった。

「おぉ~い、さくら~!」

 咲良は無言でヤノを走らせる。

 そう。これだと二羽の足音で声が掻き消され、咲良と会話が出来ないのだ。

 全くデートらしからぬシチュエーションに落胆していると、少し先に湖が見えた。盆地になっているために廃墟からは見えなかったようだ。

 湖の水は灰色に濁っていたものの、周りを囲むように植物が生えていた。

 咲良は湖の側まで来ると、ヤノとユノに足を止める合図を送った。

「ここで休憩しましょう」

 ユノから降りると、咲良は竹で造られた水筒を投げて寄越してくれる。中身は柑橘系の香りが漂うお茶だった。

 水筒を返すと、二人して鳥を連れて木々の影に入る。

「お腹すいたんじゃない?」

 咲良の言葉に答えるように、俺の腹の虫が鳴いた。自分でも赤面したのがわかる。

 聴かれていないか様子を窺うと、咲良は空を見上げていた。手には弓矢を携えている。ヤノにくくりつけていた別の荷物はこれだったらしい。

「いた」

 凛とした姿勢を崩さぬまま、空に浮かぶ黒い影目掛けて矢を射た。

 矢は真っ直ぐに飛び、見事鳥を射落とした。

 リュックからナイフを抜き、羽根を毟ると手早く捌き始める。

 あまりにも血生臭いグロテスクな光景に、俺にはサバイバルなんて出来ないと、思考が止まってしまった。

「お昼ご飯作ってあげるから、ちょっと待ってなさい」

「料理、好きなんだな……」

 楽しそうに調理する姿に違和感を覚え、その原因を探し始める。

 鼻歌混じりに、本当に楽そうな、幸せそうな雰囲気が醸し出されている。というのに、どうして素直な感情だと思えないのか……

 ふと、先ほどから真顔で調理していることに気づいた。それ以前に俺は咲良と会ってから、一度も彼女の笑顔を見ていなかった。

「笑ったら可愛いのに」

 幸か不幸か咲良の耳には届かず、黙々と焼き鳥を作っていたようだった。

 焚き火に近寄り、感謝の気持ちを込めて優しく笑いかける。

 ――目が、合った。

「ひっ!」

 咲良は悲鳴と共に後ずさった。それは得体の知れない化け物に遭遇したかのような、怯懦の眼差しだった。

 そして、この世界について悟る。

 このミライの世界は俺らの時代とは全く別物。

 過去と未来を繋ぐ道が、神様によって切断されてしまったのだと。

 神様は人間から様々な物を奪いすぎた。

「……できたわよ」

 人一人分では済まない距離から焼き鳥の串が差し出される。

「ごめん、急に」

 重たくなった空気は食欲を減らすのに充分だった。

 咲良は焼き鳥を持ちながらも、口はつけず、俯いたままだった。

「さっき……」

 勇気を出して咲良が口を開く。

「怖かったけど、同時に胸が痛くなるくらい嬉しくて、緊張してたの」

 笑顔が無いセカイでも、笑顔の裏側に隠された感情は伝わっていたようだった。

「あれは笑顔って言って、嬉しい時や楽しい時、幸せな時に浮かべる表情なんだ」

 そう言って俺は焼き鳥を口にした。新鮮な鳥肉は柔らかく、ほどよく乗った油が口の中で旨味に変わる。

 塩だけというシンプルな味付けながら、今まで食べたものの中で一番美味しく感じられた。

「うん、美味しい」

 再度浮かべた笑顔。咲良は笑顔の意味を知ったからか、少しぎこちない動きになるだけで済んだようだ。

「…………ねぇ」

「ん?」

「後でその笑顔っていうの教えてもらっていい?」

「もちろん!」

 約束を交わすと、二人して焼き鳥を食べ始めた。もちろんすぐに無くなってしまう。

「ほら、二人もごはんにしましょ」

 咲良はヤノとユノにも生の鳥肉を与えていたが、正直その光景は複雑な気分だった。



 とある木の匂いが溢れる町の中、少年は困惑していた。

「あれ?なんで俺までこんなとこに飛ばされてんだ?」

 ボサボサに乱れた青髪を掻きながら、少年は空を仰ぐ。

 ただし、この動作は現実逃避の意味合いが強かった。

「この町の風習が特殊なわけで、この世界全体の人が水着なんてことあるわけない。うん、あるわけがないっ!!」

 普段は女子から好かれないために乱暴な口調を用いていたものの、すっかりそれを忘れるほどに混乱――

「まさか氷雨も水着という神展開が待っていたりしないだろうかっ!」

 否、目を思いきり見開くほどに、葵衣は興奮していた。心なしか鼻息も荒い。

 それはもう、町の住人が子供を家に帰すほどに見苦しい姿だった。

 制服姿も相まって、完全にただの不審者である。

 当の本人は露知らず、自身の欲望をありのままにさらけ出していた。

 ところが、突然パチッと静電気のような音がした。

「……はっ!今、氷雨が浮気した気がする!」

 特殊なレーダーでも付いているのか、葵衣は氷雨と咲良の交際を見事察知した

「――いや、あの氷雨にそんな度胸ねーな!」

 ……ような気がした。

 残念な天才。氷雨の付けた称号は、あながち間違いでもなかったようだ。

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