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神も知らないミライの行方   作者: 雨偽ゆら
1章 出会い
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『出会いは始まり』

 生まれた時から良いことがなかった。

 理不尽に怒鳴られ、蔑まれ、暴力を振るわれるような日常。

 長い間外の世界に出られず、家の中に閉じ籠っていた。

 もはや運が悪いなんてレベルではなく、俺の人生という『物語』は書くことを放棄された気分だ。


「なんで土曜まで学校に来なきゃいけないんだろーな?」

「俺としては普通に授業を受けていたのに説教されたことの方が気になるんだが」

「居眠りしてるように見えたんじゃねーの?」

「おかげで叔母さんの弁当食い損ねるし……」

 退屈そうに、二人して空を仰ぐ。

「なんでこうなったんだろーな?」

「そんなの、人を幸福へと導く神様ってやつが、俺の存在を認めていないんだろ……いや――」

 学校の屋上で愚痴を溢す中、俺は夕焼けの空へと、今の気持ちを思いきり叫んだ。

「神様なんて、やっぱりこの世にいないんだあーっ!!」

 急に立ち上がったため、暑さで流れた汗が飛沫のように周囲に飛び散った。

 半袖とはいえ、強い陽射しに対抗するにはかなり厳しい。

 ハンカチで汗を拭きながら、親友はポツリと洩らした。

「いないなら造ってやろーか?」

「……造るって?」

 悪戯っぽく微笑まれた。

「神様ってやつをさ」

「えっ!?」

 耳を疑いながら驚愕する俺に反し、何事も無かったかのように親友は紙パックのジュースをすすった。ズーッと耳障りな音が響く。

「人工知能なんてのがある世の中だぞ?人工的に神様くらい作れるんじゃねーの?」

 そのあとに「何年かかるかはわかんないけどなー」と付け足した。

 親友の夕狩(ゆうかり)葵衣(あおい)は神童と呼ばれるほどに頭が良く、特に化学や物理の成績がずば抜けていた。

 ――確かにこいつならいつか作れるかもしれない。

 というのも、教師が生徒の個性を見るため、未だに長期休みには自由研究を出す。葵は宿題としてタイムマシンを作ってしまったのだ。

 期待の眼差しを送ると、少し照れ臭そうに笑った。

「まぁ、今はまだタイムマシンくらいしか作れねーからさ、ちょっと未来行って見てみろよ」

 くらいってのもおかしな話だけどな……

「神様が居る世界、か……」

 雲ひとつ無い真っ青な空を仰ぐ。

「未来ならお前も幸せになれるかもしれねーぞ」

 握り拳を差し出され、俺も拳を握る。そして、コツンと拳同士をぶつけた。

「サンキューな、葵衣」

「おう」

 そして早速俺たちはタイムマシンを使うため、宿題が保管される資料室へと忍び込むことに決めた。

 葵衣は学校の案内図を広げ、ルートにマーカーで線を引く。

「いいか?資料室はこの下だが、厄介なのは職員室と隣接しているということだ」

「忍び込むとしても鍵はどうするんだ?」

 葵衣はニヤリと俺を見て笑う。

 ――あぁ、そうだ。秀才なこいつがこんな底辺高校にいる理由。それは親が理事長をしているからだった。

 当然のように特別教室の合鍵の束を見せてくる。

「頭脳明晰で顔もルックスも良い。家は金持ち。こんだけの優良物件だってのに女子に好かれない理由は――」

 俺の前で跪き、胸に手を当てながら、声高らかに胸の内を曝け出す。

「お前を愛してるからな!お前さえいればどうでもいい!!」

 理解しているのならば、俺からはあえて何も言うまい……

 倒錯していなければ完璧だったろうに。少しくらい分けてほしいものだ。

 行き違いの誤解から葵衣は俺と付き合っていると認識しているようだが、俺としては親友止まりだ。

 いやぁ、残念な天才って実在するんだな……

「……くふふっ」

 どこかから笑い声のようなものが聞こえた気がしたが、周囲には誰もいない。

 気のせいだった、のか?

「ほ、ほら!話を戻すぞ!」

 赤面しながら脱線する前の話に戻される。実になんとも言えない気分だ。

「まず階段を下り、廊下を歩くまでは普通でいい。問題は職員室の奥に行く時だ」

 職員室の奥はほぼ行き止まり。あるのは資料室と校長室くらいで生徒は立ち入り禁止だからだ。

「そこで、演劇部の衣装を拝借し、教師のフリをして侵入する!」

 紙袋から取り出されたのはスカートやタイツなど明らかに女性物の服だった。

 しかも準備時間無くして出されたということは、俺に着せるつもりで持ち歩いていたことになる。

「決して俺の趣味じゃねーからなっ!!」

 どんだけ強気で言い張っても、鼻血垂れ流してりゃ説得力皆無に決まってんだろ。

「てか葵衣が理事長に頼まれたって言えばいいんじゃないか?」

 しばし考え込み硬直する葵衣。

「…………あ」

 どうやら全く考えていなかったらしい。

「お前、頭いいのにバカだよな」

 自分の学力を棚に上げながら呆れていると、がっしりと縋るように足を掴まれた。

「見捨てないでくれよぉっ!」

 泣き付かれるのは想定外。ここまで面倒なやつだとは思っていなかった。

「はいはい、そんじゃ行くぞ」

 適当にあしらいながら屋上を出た。葵衣は不満げだが放っておく。

 廊下を歩み、職員室の前まで辿り着く。

 周りに人気が無いことを確認すると、二人でそそくさと資料室に侵入すると、もはや気にすることなどない。

 中にはガラクタのようなオモチャや手の込んだ絵画など様々なものが散らかっていた。

 部屋の最奥にて布がかけられた大きな箱のような物を発見した。

「あったあった!」

 布を剥ぐと、それは真っ黒い棺だった。原理はわからないが、この棺こそがタイムマシンなのだ。

 重い蓋を退けると、下半身からゆっくりと棺に身を委ねる。

 少々足元が狭いが、2、3人ならば密着すれば入れそうだ。普通に寝っ転がることができた。

 何やら外でピコピコとボタンを操作する音が聞こえた。葵衣が時間をセットしてくれている。

「さぁ、準備出来だぜ!」

 葵衣が棺の中を覗き込んできた。

「そんじゃ、後で感想とかよろしくな」

「ああ」

 俺の腕時計を十二時にセットする。これで何時間経っているかわかるってことだな、抜かりないところは流石だ。

「それと、今日は試運転だから1日くらいで戻れよな」

「了解」

 ガタンと蓋が閉じられ、視界が真っ暗になった。

 ガラガラと資料室のドアが開かれる音がした。

『氷雨、動くんじゃねーぞ……』

 葵衣に従い、息を潜める。

 足音は近づいてきていた。一歩一歩が静かでゆったりした足取り。

『葵衣、何やってるの……?』

 氷のように透明な、鈴の音のように澄んだ声。

 口数が少なく、感情もあまり出さず、けれども真っ直ぐな心を持つ強い人。

 俺はこの声の主を知っていた。

『沙羅こそなんでここにいんだ?』

 学校一のお嬢様。葵衣と同じく成績優秀で学年首席の少女。小学校高学年からの幼馴染みでもある。

 さらには風雅な雰囲気が漂う美人な人なのだ。

 ただしけしからんことに胸だけは慎ましくない。いや、そこがまた魅力的ではあるが……

 柊木(ひいらぎ)沙羅(さら)さんは俺に気づくこともなく、ポツリと此処に居る理由を述べた。

『葵衣と、氷雨。追いかけただけ』

 ……思いきり見られていたらしい。

 さらにはバタバタと騒がしい足音が響いた。

『くふふっ……匂う、匂うよ!男子同士でイチャイチャしてる匂いが……っ!』

『結城さんまで、なんなんだー!』

 男子同士が仲良くする姿が大好きな結城(ゆうき)夜宵(やよい)さん。同人誌というものを部活として、趣味として描いている。

 しかも毎回午前中に完売してしまうほどの人気っぷりとか……

 知り合ったのは中学三年の時。葵衣と二人でケーキを食べに行った先が偶然結城さんのバイト先で、質問攻めをされた記憶がある。

 結城さんはガツガツくるタイプだからか、葵衣は少し苦手そうだ。

『大丈夫。先生は会議』

 つまりしばらくは職員室ではなく会議室に居るらしい。

 これだけ騒いで飛んでこないから、本当に職員室には誰もいないのだろう。

『これ、宿題の……?』

『あっ!もしかして氷雨君を監禁してるのかなっ!?』

『……出来たら苦労しないけど?』

 妙に食い付きの良かった結城さんが、急に大人しくなった。

 小さくて聞こえなかったけど、一体葵衣は何を言ったんだ??

『きゃっ……』

『ちょ』

 転けた沙羅さんを受け止めたのかわからないが、誰かの体が棺に思いきりぶつかる。

 ――ポチッ

 スタートボタンが押され、視界が爆ぜる。

 内臓がぐるぐるとかき混ぜられるような妙な感覚がしたと思えば、上下左右がわからなくなり、宙に浮いているような気がする。

 身体が沸騰したように熱くなったところで、俺は電池が切れたかのように唐突に意識を失った。



 ……暗い、何も見えない。

 そういえば棺の中にいるんだっけ?それにしてはやけに地面が柔らかいような……

 周りを探るように、手をあちこちに伸ばす。壁らしき場所は見つからない。

 代わりに熟れた果実のような物に当たった。

 水分が多いのかとても肌触りが良く、なめらかで柔らかい。

 うーん、これなら果実よりもマシュマロの方が例えとしては……

「何すんのよ」

 ……ん?女の子の声?

 不思議な声に目を開くと、そこにはピンク髪のポニーテールに碧眼、さらには巨乳という、いかにも二次元から飛び出してきたような美少女が居た。

 驚くべきはその服装。なんと水着なのだ。胸の辺りを弄っていることから、さっき俺が触っていたのは――

 顔が一気に熱くなり、鏡を見なくとも火照ったことがわかる。

「いや、そもそもここは……!?」

 状況が全くわからずに体を起こし、周囲を見回した。

 灰色の瓦礫があちこちに落ち、積み重なっている。建物もボロボロで穴だらけ。穴の向こうでは倒壊したビルや屋根や柱が崩れた家も見える。

 目の前を砂ぼこりが渦を巻いて飛んでいった。

 ポツリポツリと雨の降る音が聴こえてくる。天井の穴からは陽射しと共に雨粒が入ってきていて、雫の落ちた場所はジュワッと音を立てて溶けた。

「ねぇ、なんであんなとこで倒れていたわけ?あたしが見つけなかったら干からびるか、肌が焼け爛れてたわよ」

 確かに外に出ていれば命に関わっていたことだろう。そう思うとゾッとする。

 命の恩人である少女は本をペラペラとめくっていた。その隙にもう一度周囲を見渡す。

 どうやらこの廃墟に美少女と二人きりらしい。

 いや、本当に俺的にドストライクな女の子なんだが。

 魅力的な美少女、二人きりの空間、音を消してくれる雨…………

「ということは、俺がするべきことは一つ」

 振り返り、少女と向かい合う形になると、俺はその肩を掴んだ。

「えっ?」

 驚く少女のことなど気にも留めず、思いきって大声で叫んだ。


「俺と、付き合ってください!!」

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