『プロローグ』
「君はまだ自分がニセモノだと気付かないのかなぁ~?」
楽しそうに、紫の少女は問い掛ける。
俺が何者か
ホンモノとは何か
ニセモノなのか
……そんなことは既にわかりきっている。
俺はもう、心も身体も砕け散っていた。
むしろ意識が残っているのが不思議なくらいだ。
暑くも寒くも無い。
光は何処にも無い。
何も、感じない。
「ここ、は」
周囲は霧が霞んでいて、少女の姿しか見ることが出来ない。
クスクスと、少女はまた笑う。
「さぁ?どこでしょ~かぁ?」
俺が知る人物と瓜二つな顔立ちだが、それ以上に気になったのは、少女から漏れ出す異質な臭いだ。
鼻が曲がってしまいそうなほどのソレは、例えるならば『死の香り』だ。
腐敗し、脆く、崩れ、散り、漂う……主に機能しているのは嗅覚だというのに、何故か様々な現象を感じる……
気力も体力も、何かに吸いとられるように消えていく。
少女が再び口を開く。
「君は――」
雰囲気が、変わっていた。
「死んだ」
先程までの明るい子供らしさは消え去り、生気を失った姿は、明らかに人ではなく……
どす黒い邪気が少女の身体から溢れ出し、周囲を覆っていく。
「君は我が家臣により、呪い殺された」
視界が、ゆっくりと狭まりつつある。
「いや、君の呪縛はもっと前から続いていた?」
少女はまるで自身の寂しさを埋めていくかのように、世界を黒く塗り潰していく。
――ああ、俺はやっぱり生きてはいけなかったんだ
絶望のあまり、思考までもが闇に呑まれ始めていた。
『……………っ!』
声が、聴こえた。
何処からか、俺を呼ぶかのように。
「どうしてあたしの世界まで声が届くのかなぁ~?」
不機嫌気味な少女の声。
俺の、失われたはずの身体が熱を帯びる。
『…………が……んで……』
何も出来ない、無知で、無力で、無価値な俺に、何か伝えようとしている。
胸が熱く、激しく、鼓動を重ねていく。
血液が俺の身体を燃やし尽くすかのように巡回し、傷口から噴き出す。
「いた、い……?」
不思議と、消えかけていた俺の時が戻っていくような感覚。
『……んで、よっ!!』
血塗れの俺を救いだそうとする声が近付いてくる。
バラバラに壊れかけていた心が、元の形へと組合わさっていく。
すっかり俺は、自分自身を取り戻しかけていた。
――でも、1つだけ、俺の証は戻っていない。
コツコツと、乾いた足音が響いた。
紫の少女は音へと振り返る。
「お客様、なのかなぁ?」
……足音が、ピタリと止まった。
「それともぉ――」
やはり姿を見ることだけは叶わない。
でもそれでいい。誰が来たところで答えは変わらない。
「俺はここに居る。帰ってくれ……」
キラリと、一粒の白い光が煌めいた。
視界が鮮やかに色づき、紫の少女と眩しい光が目に写る。
少女は光を睨み付けていた。
「私のモノは渡さないよぉ?」
――たった一言の警告。
けれど光の持ち主が臆することはなかった。
「邪魔してええと思うとるん?」
冷徹な声に、少女は恐怖で身体を震わせた。
「うちに呪いは効かん。知っとるはずやで?」
「くぅっ……」
少女は悔しげに涙を浮かべながら、跡形もなく消えてしまった。
「ほな、行こか。みんな待っとる」
そして、光は瞬く間に霧を払い、ようやく俺へ向けられた声を届けてくれる。
『早く戻って来なさいよ!!』
涙声は、まるで反響していた。
俺は、俺が誰なのか思い出した。
ニセモノの存在でもいい。
俺が俺だと信じられらば、それはもうホンモノだ。
『××っ!!』
彼女が、俺の名前を呼んでくれるから――