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たぐいまれなるあるじ  作者: 九重 木春
たぐいまれなる弟様
4/7

後編

 主の部屋の扉を開けると、主は部屋の中だというのに釣り竿を握っていました。ベットに腰を掛けて、ひょいひょいっと持ち上げては練習しているようです。


「お嬢様こんなところで練習ですか」

 少年は呆れた声で扉を閉めました。


「ほしいものが釣れないのでは意味がないわ」

「部屋の中で振り回したら危ないですよ」

 少年が注意すると主は立ち上がって窓を開けました。


「こうすれば、危険じゃないでしょう」

 主はあいた窓から外に向かって釣り糸を垂らしました。

 その時、少年は先程の弟様の話を思い出さずにはいられませんでした。


 『無意識な姉上の周りでは、人智を超えた力が働く』


「かかったわ!」

 主は少年の期待を裏切りませんでした。主が糸をたぐり寄せるとその針の先には杖が引っかかっていました。主は大物だと思ったのに、とがっかりしています。その杖は木で出来ていて、上の方はくるんと蝸牛の殻のように丸くなっています。


「まるで魔女の杖みたいですね」

「ほんとうにそうだったら魔女さんもお困りでしょうね。試しにお願いしてみましょうか」


 主は杖をもって明るい声で歌いはじめました。


 杖さん、杖さん、迷子の杖さん

 あなたのおうちはちずのうえ?

 おかしのいえに、もりのおく

 たかいおしろに、そらのうえ

 わたしのしらないみちのくに


 杖さん、杖さん、どこかしら

 あなたのおうちをしらないの

 どうかおしえてくださいな

 いきたいとこまでひとっとび


 主が歌い終わると杖は意志を持ったように宙に浮き、部屋を出ていきました。飛び出した杖を二人は追いかけていきます。廊下を走り、階段を下り、広間を抜けた先で杖はふよふよと浮いていました。


 そこには背の低いおばあさんと当主様が立っていました。


「やっぱりこの家にあったじゃないか、うそつきめ。あたしの杖を盗んだのはそっちのむすめっこかい」

「盗んだんじゃないわ。釣ったのよ」


「へぇ、あたしのたいせつな杖を勝手に釣りあげといて謝罪のひとつもないのかい」

「ごめんなさい。わざとじゃなかったの」


「ごめんもへちまもないわ。お詫びに何か貰わないと気が済まないね!」


 少年は老婆の理不尽な要求に眉をしかめました。

 老婆は主が謝っても謝らなくても主の家から何か貰っていく予定だったのでしょう。


「金なんかいらないよ。この魔女であるあたしが満足出来るものじゃぁないと帰らないからね」


 どうしましょう、と主は悩んでいましたが少年にはすぐ思いつきました。


「お嬢様、あの釣り竿はどうでしょう」

「えぇ、魔女様があんなもの欲しがる筈ないでしょう」

「でも王冠や魔女様の杖を釣り上げた釣り竿ですよ。不思議な力が宿っているに違いありません」

 少年の言葉を聞いたとたん、魔女は眼を猫目石のように輝かせて釣り竿を持ってこさせるように言いました。そして持ってきたメイドから釣り竿を奪い取って頬ずりしました。


「そうだよ、あたしはこういう摩訶不思議なものが欲しいんだ。執事の坊ちゃんは、魔女というものが少しは解っているようだね。早速、池まで行ってみようじゃないか」

 魔女は気分るんるん、老婆とは思えないような軽い足取りでお屋敷から出ていきました。


「一時はどういうことになるかと思いましたよ」

 少年は魔女の後ろ姿を見送りながらほっと胸をなでおろしました。


「わたし魔女なんてはじめてみたわ。ほんとうにいるのね」

「……私が言うのもなんですが、あの釣り竿は差し上げてしまってよろしかったんですか」


「いいのよ、わたしがほんとうに欲しかったものは何一つ釣れなかったんだから」










 さてはて、弟様が調べたものはどうなったかと申しますとそれはとんでもないものでした。湖から釣り上げた王冠は王様が若い頃に紛失してしまったものだったのです。王宮まで王冠を届けに行った当主様は謝礼金を貰い、懐をほくほくさせて帰って来ました。


「装飾には紋章や国花が描かれていて宝石も本物だったからね。試しに父上に持って行ってもらったのさ」

「……盗んだと疑われなくて良かったですね」

「僕もその可能性は考えた。だから父上に頼んだんだよ」

 弟様は笑っていますが確実に怒っていました。当主様は未成年の弟様に仕事を丸投げして女性を口説いてばかりいるのですから弟様の怒りはごもっともでした。少年は個人的にも主に罵詈雑言を投げつける当主様を嫌っていましたので、弟様の意見にうんうんと頷いて同意しました。

「じゃあ陛下が今までかぶってたのは……」

「限りなく本物に酷似したレプリカ。他の物は全部、偶然(・・)必要としていた者が屋敷にいたから配っておいたよ」

「偶然、ですか」


 それ以上、弟様はにっこり笑ってなにも言いませんでした。


 もしかしたらあの釣り上げた物達は全て、主の感謝の心のあらわれなのかもしれません。でなければ都合よくそのような偶然の一致が起きる筈ないのです。少年は弟様の解釈にひとり納得するのでした。






 翌日、主はこりずに湖に釣りに来ていました。

 主の隣に座っている少年は、釣り針に餌を付けて釣り竿を主に手渡しました。


「今日こそ釣るわよ」と主は意気込んでいます。


 ――果たして何が釣れることやら。

 バケツに入るものだといいけれど、と少年はあさっての方向の心配をしました。


「そういえば」

「おなかがすきましたか?」

 鞄から少年お手製のクッキーを取り出して渡すと、主はパクリとかじりつきます。

 

「ん、もぐもぐ。ちがうわ。最近、メリーを見ないのだけれどお休みでもしているのかしら」

 ぎくり、と少年は肩を震わしました。それは先日、自分が弟様に告げ口して辞めさせたメイドの名前でした。この事実を主に言うべきか、少年はしばし迷いましたが話すことにしました。主にはときに、わるい人間がいることも知っておいてほしかったのです。


「あら、盗まなくてもわたしに言ってくれればあげたのにね」


 事実を知った主の反応は少年の予想を裏切ってあっけらかんとしたものでした。けれど少年は主のように簡単には許せません。


「いいえ、いいえ、それはなりません。あの紅榴石の首飾りはとてもお嬢様にお似合いでした。私は太陽の下でターコイズグリーンのドレスを着たお嬢様の胸元で揺れる首飾りを今も鮮明に覚えているのです」


「いつそんなドレスを着たかしら」

「二年前の夏至の日です。私は一度お嬢様が身につけたものは忘れません」


「あなた、仕立て屋さん(テーラー)になれるわよ」


 きゃらきゃらと笑うに主に少年は肩を落としました。ことの大きさをお嬢様はわかっていないのです。首飾りも髪留めもお嬢様が身につけてこその逸品だというのに、気軽にあげてしまおうとするなんて!!少年は装飾品は鍵の掛かる場所にしまって管理は自分がした方がいいかもしれないと考える始末でした。


 すると突然、「これを待ってたのよ!!」と隣に座る主が立ち上がりました。

 主はピンと糸をはった釣り竿をいきおいよくひきあげます。


 「え?」


 釣りあげたものを見て、少年は首を傾げました。

 お嬢様が興奮しながら湖から釣り上げたもの、それは――普通の魚だったのです。

 しかし、主は獲物を見てにんまりと笑顔を浮かべて喜んでいます。


「あの、お嬢様は魚が釣りたかったんですか」

「釣りに来たんだから当然でしょう!あなたはマリネとムニエルどちらが好き?コックに頼んで夕飯にしてもらいましょうね」


「しかも私にですか!?」

「そうよ、だってあなた元気なかったじゃない」


「もしかして……お嬢様は私に魚をごちそうする為に釣りをはじめたんでしょうか」

「わたしは料理は苦手だけど、魚を釣ることくらい、ちょちょいのちょいよ」


 主はえっへんと胸をはります。少年は顔を真っ赤にして自らの口を手でふさぎました。

 まさか主の釣りの目的が自分を元気付ける為だったとは思いもしなかったのです。


 主はにこにこ笑いながら少年の右手をとって歩き始めます。


「おいしいものを食べれば嫌なことなんか忘れてしまうわよ」


 正直言えば色々なことがありましたから、主がメイドの名前を口にするまでは何について悩んでいたのかさえ少年自身忘れていました。けれど少年は忘れていたことをおくびにも出さず、主の手を握り返しました。


 少年は左手に持ったバケツの中には一匹の魚。

 銀白色の魚はポチャンと元気に跳ね上がります。


 そこに入っているのは高価なものではありません。

 けれど決して手離せないもの。


 ひとつの、あたたかい思いやりでした。




















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