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たぐいまれなるあるじ  作者: 九重 木春
たぐいまれなる弟様
3/7

前編

 少年は庭の石の上に腰をかけて、重々しいため息をつきました。そう少年は執事ですから悩みと言えば(あるじ)の事と決まっておりました。


 事のはじまりは三日前。少年は主が花緑青のドレスを来て部屋から出てきたのを見て、「そのドレスには紅榴石の首飾りが似合いますよ」と言うと「それはなくしてしまったの」と主が答えたのです。


 実は主はその前にも髪留めを紛失していました。いくら主がおてんばでおっちょこちょいであったとしても装飾品の類は使用人がしっかり管理している筈です。不審に思った少年は主の許可をとってすぐに部屋の中の捜索をはじめました。しかし、いくら探しても見つかりません。


 少年は小一時間探した後、弟様に訴えました。


「お嬢様の三人のメイドのうちの誰かがお嬢様の首飾りを盗んだ可能性があるので取り調べてもよろしいでしょうか」と。


 結果的に証拠が見つかり、ふたりのメイドが辞めていきました。




 しかもこういったことははじめてではないのです。主は人の悪意といったものにとくべつ鈍感な方でしたので、少年は常に周囲の人間に目を光らせるようになりました。人の良い主につけ込む人間があらわれる度、少年は無性にやるせない気持ちになります。


 うなだれる少年を見て、主は少年を湖に誘いました。


「元気出しなさいな。気分転換に釣りにでも行きましょうよ」


 とても釣りに出掛けたいような気分ではありませんでしたが、主は釣り竿を持ってずんずんと先を行くので少年はついて行く他ありませんでした。


 少年がとぼとぼ歩いていくと青く光り輝く湖が見えてきました。主はさっそく、湖にひょいっと釣り糸を垂らします。少年が「えさ、付けてませんけど」と言う暇もありませんでした。


「かかったわ!」


(餌も何も付けていないのに!?)


 なんと、主が持ちあげた釣り竿の先には金ぴかの王冠が引っかかっていました。

 なんて綺麗な王冠なんだろう、と少年は思わず見とれてしまいます。


「わたしの欲しい物じゃないわ」

 と言って主が湖の中へ王冠を投げ入れようとするので少年はあわてて止めました。


「誰かの落とし物かもしれませんよ、預かっておきましょう」

「それもそうね」


 そう言って主はもう一度つり糸を湖に垂らしました。それからも主は常識では考えられないさまざまなものを釣り上げました。硝子のバイオリンに、開かない絵本、虹色のエプロン、銀のシャベル、釣れる度に主が湖の中に戻そうとするので少年は釣れたものはバケツに入れて下さい、とお願いするのでした。






 少年は屋敷に帰って賢い弟様に相談してみることにしました。弟様は屋敷の誰より博識で主の味方でした。数々の不思議な収獲を机に並べて弟様はうんうんと頷きました。


「うん、きっと我が家にはこれからもっと不思議なことが続くだろう。けれど決して姉上を止めてはいけないよ。僕は心から姉上を信じているんだ」


 なんと弟様はすでに何度も主の不思議な力を体験しているというのです。


「僕は昔、とても病弱でね。五つになるまで生きられないだろうと言われていた。姉上は毎日僕の部屋に来て沢山面白い話をしてくれたよ。ある時、姉上がとても見事なおならをしてね、僕は笑いでくるしくて死にそうになってしまった。その時、姉上が言ったんだ」


『わたしのおならであなたの病気が飛んでいってしまえばいいのに』


「僕はその斬新な発想にまた笑ってしまったよ」

「もしかしてほんとうに病気が治ったのですか」


「いいや、姉上の本領発揮はそのあとなんだ」


 弟様はにやりと笑って当時の話をしてくれました。






「ある日、一羽の鳥が僕の枕元にとまった。開いた窓から迷い込んで来たと思った僕が使用人を呼ぼうとした時、鳥がくちばしをあけた。


『あなたのお姉さんがした大きなおならが追い風になってようやく巣立つことが出来ました。だから特別に教えてあげましょう。明日はあらしが来るので船に乗るのはおやめなさい。溺れて死んでしまいますよ』


 ちょうど僕は翌日に隣国の有名なお医者様のところに船で行こうと計画としているところだった。半信半疑だったけど鳥の助言もあったから計画を中止すると、翌日に三十年に一度といわれる台風が突然発生した」


「予言、する鳥ですか」

 鳥が喋った上に、予言までするとは少年にはとても信じがたい話でした。


「……僕はその後、自分から医者の所には行けなくなってしまったから今度は医者に家まで来て貰うことにした。医者が来る前日、今度は黒猫が開いた扉の隙間からとことこ歩いて来た。僕はもしや、と思って聞いてみた。


『猫さん、もしかして僕の姉上のおならが何かしたのかい』

『そうよ、とっても助かっちゃった!あのコのくっさいおならがしつこいオスを追っ払ってくれたの。明日来る医者は実は子供の魂が大好物の悪魔だから家にいれちゃダメよ』


 猫の忠告もあったし父に頼んで医者は断って貰った。すると近所の子供が突然死する事件が相次いでおきてね、僕は猫に感謝したよ。それに病気は治らなくても僕は生きることが楽しくなってきていた。姉上のおならが次は何をやらかすのか気になって眠れなくなるくらいにはね」


「でも……御病気は治ったんですよね?」

 少年がこの家に来てからというもの、目の前にいる弟様が病気をした所など一度とてありません。


「そうさ、次にやってきたのはなんと大きな熊だった。僕はベットの上で丁寧に頭を下げた。


『くまさん、ようこそいらっしゃいました』

『どきょうのあるガキだな。叫ばれるよりかはいいけどよ。あんたの姉ちゃんがしたいきおいのいいおならが俺の背中に居座ってたノミを吹き飛ばしてくれたんでな。その礼だ』


 熊がポイっと投げてよこしたのは世にもめずらしい金色の林檎だった。ここまで来ると僕は姉上のほんとうの願いが解っていた。だから躊躇わずに林檎を口にしたよ。ひとくち食べると体が軽くなり、またひとくち食べると心臓の痛みが消えた。そしてすべて食べ終わる頃には、体の痛いところが全部消えてしまった。僕は元気になったその体で姉上の部屋まで走った。そして姉上に今まであった不思議な出来事を話したら、何て言ったと思う?」


「……予想がつきません」


「フフッ、姉上はこう言ったんだ。


『動物が話すわけないじゃないの。わたしが絵本を読みすぎたせいね。でもあなたの病気が治ったのなら、こんなにうれしいことはないわ。今度一緒に湖までお散歩に行きましょうね』


 と、まぁこんな具合に無自覚な姉上の周りでは人智を超えた力が働く」


「こ、これはおとぎばなしではないんですよね」

「そうだよ。僕は僕ほどの現実主義者はいないと思っているけど、姉上が関わったら何が起こってもおかしくない。さて僕はこれから姉上が釣り上げた品々を検品しなければならない。さぁさぁ、君は姉上の傍にいてくれたまえ。そしてすべてを見届けて僕に報告するように」



 少年は自分の主は弟様じゃないんだけどなぁ、と思いながらも大変姉思いの弟様でありましたので命令に従ってお嬢様の元へ歩き出すのでした。
















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