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Dragon heart  作者: 昌石 昇竜
プロローグ
2/2

〜出逢い〜

心地の良い春の風が吹く。

鼻腔をくすぐるのは甘い香りを蒔く周囲の花たち。

僅かに動く左手で腰の方に手をやると、確かな鋼の触感。

大丈夫。身を守るものはある。

もう少し、この穏やかな春の陽向に全てを任せてしまおう。

意識は深く穏やかに薄れていった。




「はぁはぁッ」

少年は走っていた。時折後ろを振り返りながら、どことも分からない草原をひた走る。

鮮やかな漆黒の髪に風を切り、額には大粒の汗を浮かべている。

地面を蹴る足はボロボロの革靴で覆われ、衣服は軽装の旅服である。

「し、しつこいな!あいつら!」

半ばやけくそになりながら叫ぶ声と同時に、背後から追っ手と思われる集団が姿を現した。

6人にも及ぶ追跡者。

身に纏うはアストニア帝国騎士の紋章が縫い付けられてある軍服。

白昼堂々穏やかではない。

皆が剣を抜き、必死の形相で少年を追いかけ回している。

「待ちやがれぇ!このガキ!」

殺気を撒き散らし土煙を上げて迫ってくる。

「待てと言われて待つバカがどこにいるッ」

道理である。

すでに一時間以上にも及ぶ追跡劇が展開されており、両者の体力は底が尽きかけている。

見るからに汗だくの追う側と追われる側。

草原をひた走り、やがて少年の胸ほどもある背の高い草むらへと逃げ込んだ。

追っても同じく踏み込んでくる。

その瞬間、先に仕掛けたのは少年の方だった。

「ッ!?」

腰に差してある紅色の短剣を抜き放ち、急ブレーキをかけて方向転換。そのままの勢いで追っての集団へと突進していく。

先頭の男とすれ違いざま、深紅の剣線が閃く。

一瞬遅れるようにして倒れ伏す追跡者。

さらにまた一線。2人目が倒れ3人目。

「ぐっ!調子に乗るな小僧!!」

3人目は銀剣を横薙ぎに振り、少年の短剣を弾いた。

体重差からか後ずさりしながら踏みとどまった少年に一斉に襲いかかる騎士たち。

金属同士のぶつかる音が無数に響き、激しい剣劇が繰り広げられる。

頬をかすめる銀剣。腕を切り裂こうとする短剣。

周囲に生えてある草もろとも切り裂かれる空気がひりつき、寸先にある命のやり取りに背筋に冷たい汗が流れる。

どちらも一歩も譲らない。

驚くべきは少年の実力である。

大の大人、それも剣術の訓練を受けていると思われる騎士を相手に、それも3人同時に相手をしているにもかかわらず、短剣一本で渡り合っている。剣の腹で軌道を変え、あるいは柄で弾き身体を翻す。

「へっ、騎士様が日中から必死になりやがって! そんなに俺を殺りたいか! 落ちたもんだなアストニアの騎士道ってやつも!」

少年のこの罵倒は効いた。

騎士たる者の心得には完全に反する行いであることは見るからに明らかである。こんなことが他の者に知られれば尊厳は消え失せ名誉は地に落ちるだろう。

「くっ!このガキめ!盗っ人野郎に言われる筋合いではないわ!! 早く我が帝国の秘宝を返せ!」

一瞬鈍くなった剣線。

その隙を少年は見逃さなかった。

「我が帝国だと?」

素早く短剣を逆手に持ち替え、柄で相手の腹部を強打。そして膝で顎をかちあげた。

「もともとはラベリア国の物だろうがぁぁッ!」

どっと倒れる1人を踏み台に返す刀で、短剣を振り下ろす。

草むらに鮮血が舞う。

「あとはお前1人だな」

残された追っ手を見据え、荒ぶった呼吸を整える少年。そして、ゆっくりと踏み出した、次の瞬間。

視界の端に捉えた異物と、風を切る音に咄嗟に身体を瞬転させる。が、飛んできた無数の弓矢は少年の左足へと突き刺さった。

「ぐッッッッ!?」

猛烈な痛みと、鈍くなる足の感覚。

「毒か!」

即効性の毒まで塗り込んで来たのか、すでに左足は動かない。

弓矢が飛んできた方向に目を向けると、木陰から姿を現したのは、数人のアストニア帝国の軍人数人と、身長が少年の倍近くもある長身の男であった。腰元まである銀色の髪をたなびかせ、容貌と相まって冷酷な印象を受ける。身体を包んでいるアストニアの紋章と、その隣に輝く金の五芒星。手には同じく金で装飾された弓に、腰には斬れ味鋭そうなサーベルが差し込んである。

「隊長クラスが出てきやがったか…」

少年はちいさく舌打ちをし、足に刺さった弓矢を引っこ抜く。飛び出す血しぶきには目もくれず、腰に差してあるもう一本の短剣を抜いて構えた。

「ほう…」

長身の男は目を細め、致命的な怪我を負ったにもかかわらず、今だ闘志の衰えない少年を見据えた。

「貴様、オードヴィー盗賊団のトウマ・アヴィオールだな?」

トウマと呼ばれた少年は、警戒を緩めず、

「…ああ」

とだけ答えた。

長身の男はゆっくりと弓を置き、代わりに腰に差してあるサーベルを抜き放った。

「そうか。こいつらでは貴様が殺れなかった理由が分かった。少数精鋭で名高いオードヴィーの連中が相手ではな。それでは、本題に入ろう。貴様が宝物庫から盗んだ『竜の心臓ーDragon heartー」を返せ。さすれば命だけは助けてやろう」

薄ら笑いをつくりゆっくりとサーベルを構える。

「ガキだからって見くびるんじゃねぇ。返せと言われてはいそうですかと素直に返すほど、性根の腐った盗賊じゃねぇんだよ」

少年のよく分からない理屈めいた答えに、男の殺気が増幅する。じりじりと迫る圧迫感。周囲の木々たちもざわめき始める。

銀髪の男はふぅっとため息をつき、

「そうか。聞きしにまさる阿呆だな。死んで後悔しろ」

端的に吐き捨てると男は地面を蹴った。


速いッッ!?


瞬時にして間合いを詰められ咄嗟に出した紅色の短剣に凄まじい衝撃がきた。


ガキィィィンッ


遅れたように金属音が鳴り響く。

何とか両足で踏ん張るがその威力に弾き飛ばされる。

「ッッッ!」

草は払われ、濛々と土煙が上がる。

たった一合刃を交えただけでも分かる歴然とした力の差。これがアストニア帝国軍隊長クラスの実力である。

「初撃を躱されたのには少し驚いたな」

銀髪の男はサーベルを下げたまま近づいてくる。

確実な死を直感するトウマ。心臓の鼓動が跳ね上がり、汗は喉元を伝っていく。

「こっちも3年前の戦争からあまり動いて無いもんでな。もう少し遊ばせていただこうか」

言うが早いか、斬撃の雨がトウマに降り注いでくる。

まるで演舞の一幕のように金属音がリズムよく鳴り響く。

少年は必死に2本の短剣で応戦するも徐々に追い詰められてゆく。

「こいつっほんとに遊んでやがる!!」

やろうと思えば一瞬にして命を絶つだけの実力があるにもかかわらず、わざとそうしない。

百獣の王が餌のウサギで遊んでいるようなものだ。

「ふんっ」

男はトウマの短剣を絡め取り跳ね上げた。

カランカランっと音を立て、地面に転がる紅色の短剣はもはや持ち主の手の届かぬところにある。

「これでチェックメイトだな?小僧」

喉元に突きつけらる冷たく鋭い刃。

少し男が力を込めただけで、トウマの首は瞬時にして胴体から切り離されるだろう。

「さぁ言え。盗んだ竜の心臓はどこだ?」

首の皮が切れ、血が流れ出す。

「…くッ。聞いてなかったのか?……誰がてめぇらなんかに返すかよ。はぁはぁ……あれは俺のものだ」

呼吸が荒い。手が動かない。足も最初にやられた弓矢の毒ですでに感覚は消え失せていた。

「ならば、貴様を殺して身ぐるみ剥がすとしようか」

男の瞳が狂気に変わり、指へと力が入ろうとしたその刹那ーーーー


「ふぁぁぁぁぁぁ……あふぅ」


殺伐とした雰囲気には似つかわしくない、なんとも間の抜けた大あくびが周囲に響いた。

「…………」

「………」

殺されそうになっていたトウマと、殺そうとしていた銀髪の男はしばらく見つめ合い、間を失った。

がさごそと揺れる草むら。

戦いを見守っていた兵士達も声のした方へと目を向ける。

そこにいたのは、こんな戦場には似つかわしくない、1人の少女が佇んでいた。

澄んだ深緑を匂わす緑の髪に、眠そうに開けられた深緑の瞳。純白のローブに包んだ聖職者を連想させる服装だが、手に持っているのは一見して珍しい鋼で作られた杖である。先端には宝玉が埋め込まれ、2枚の翼をあしらった作りだ。よく見ると、宝玉部分には何やら古代文字のようなものが浮かび上がっていた。

「貴様、何者だ? いつからそこにいた?」

無垢な少女のようなものが相手でも、銀髪の男は警戒を解かない。

ゆっくりとサーベルを振り、少女へと構えた。

周囲で傍観していたアストニアの兵士たちも我に帰り、この戦いを邪魔したものを排除しようと動き出していた。

「悪いが、目撃者は全て始末しろと上に言われている。貴様のような若い女子を殺すのは気がひけるが、恨むなら自分の運の無さを恨むんだな」

殺気が膨れ上がる。兵士たちも銀剣を抜き、ゆっくりと少女の方へと歩んで行く。

「馬鹿!何してる!?早く逃げるんだ!!!」

トウマはありったけの声で叫んだ。

見ず知らずの少女を自分のせいで死に追いやってしまうという焦り。

しかし、少女の方は未だ眠そうにぽかーん口を開けた状態である。

為す術が無いとはまさにこのこと。

「ほぇ〜?…」

キョトンとした少女は首を傾げた。あまりにも愛らしいその仕草と容貌。何もかも忘れて思わず見惚れるトウマ。

逃げ場のない確実な死が目前に迫っている。

そして、男が刺突の構えを見せたそのとき。

それは起こってしまった。

「安らかな眠りを妨げないでくださいなぁ…はふぅ」

ゆったりとした声とあくび。それと呼応するかのように持っていた杖を地面に突き刺し、握りしめる。


『煉獄の番人、漆黒の炎、天を焼き尽くす数多の精霊たちよ……』


かわいい口元からこぼれ出す呪文のような言葉に、 全身の毛が逆立った。

木々はざわめき出し、風が、空が荒れ狂う。

ここにいてはいけないッッ

直感が警鐘を告げる。

「これは、まさかッ!?」

銀髪の男は驚愕に目を見開いた。

少女の周りには霧がかかり、それが膨大な魔力であることは誰の目にも明らかだった。

声も発せず立ちすくむ兵士たち。

膨張する魔力が一気に凝縮され、


『今こそ我が生命を礎に、その力を解き放て…


業火の魔人イフリート!!』




爆発した。

凄まじいまでの威圧感。

空気が燃えているかのような熱風。

それは、空間を捻じ曲げてやってきた。

二本の角を生やし、口角は跳ね上がり、その瞳はすべての自由を奪うに足る眼光を発している。

山のような巨体を中に浮かせたまま、こちらを見ているかのようだ。

誰も動かない。否、動けない。

召喚魔法によって呼び出された魔人は、やがて、、


グオオオオオオオッッッ


思わず泣きたくなるような雄叫びをあげ、その口に地獄の業火を蓄え、吐き出した。

灼熱の火炎球。

まるで太陽がこちらに向かってきているような感覚。大気が震える。

そして、トウマは気づいてしまった。



「えっ?おい、ちょっっ、ちょっと待てぇぇぇぇぇ!」



自らもその業火球の、すこぶる直撃クラスの場所にいることに。

虚しく響くトウマの叫びは、やがて訪れた大地が焼失したかのような爆発音に吸い込まれていった。





















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