表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長政はつらいよっ!弱小浅井はハードすぎ!!  作者: 山田ひさまさ
~ 朝倉氏、義秋公を奉じ上洛す ~
99/111

『信長の反攻!!』

おはようございます。


『信長の反攻!!』



信長視点で、見てみよう。



 信長は、蟹江・市江島と加持戸島を手に入れた。

しかし、その結果。浅井家・松平家と対立することとなった。



信長は苦悩していた。


 浅井家の不利益にはならないように配慮はしたつもりであったが、『実よりも名』を取られてしまった。

願証寺など、無くなってしまったほうが良かろうに。

少数の援軍を出してお茶を濁し、竹千代や儂にある程度願証寺を叩かせてから、和議を斡旋すれば良いものを……。

馬鹿正直に一向宗を守るとは、どうかしている。


 これでは、単に火遊びをして大火事にしてしまったようなものだ。

さすがの儂も、頭を抱えたわい。


とは云え、ようやく切り取った領地じゃ、なんとしても確保せねばならん。

広くはないが、交易の利益がでかい土地なのだ。


市江島はともかく、加持戸島に関しては長政に一応の申し開きをせねばな。



 儂が、市江島を攻略している隙に、松平勢が攻めかかったのじゃ。

儂は悪くないぞ。

三河の松平が、本願寺を攻めたのじゃ。

(そうさせたのは俺だがな。儂は浅井配下の願証寺など攻めたくないし、竹千代は今川配下の服部を攻めるわけにはいかんかったからの)


織田家は浅井家に味方して、松平を追い払ってやったのだ。

その島を貰って、何が悪いのか?


そう自分に言い聞かせて、使者を送ることにした。



 浅井長政は、『京都守護職』なる、

名前はたいそう立派だが、めんどくさくて貧乏くじ感漂う、厄介な役職についたばかりじゃ。

奴自身は、しばらく京から動けまい。


儂は、温厚で話上手な丹羽長秀を使者にした。



「先日の長島の戦いで、当織田家は願証寺に攻め寄せた松平家を撃退いたしました。つきましては、加持戸島の領有を浅井家に認めていただきたく存じます。」


「ご冗談を、織田家は先代信秀公の代よりの勤王家ですぞ、朝廷にも些か顔がきき申す。他家の領地を力尽くで取り返してとあっては、浅井家の名にキズが付きましょう」


「二条殿には、すでに御報告済みですぞ。力尽くで取り返したとあっては『京都守護職』の名に傷が付き、朝廷にも迷惑がかかるでしょうな」



戻ってきた、長秀は「浅井殿を言い負かしてきましたぞ!」と、得意気に儂に報告した。


(言い負かした? 言いくるめたの間違いではないのか?)

何やら引っかかったが、とりあえずは一安心と思っておった。




 その代償は大きかった。

 

長政は、かねてより準備をしていたのであろう。



 9月の末になると、情勢が一気に動き出した。


守護.斯波義銀を担ぎ出した、岩倉・犬山の織田家が儂(信長)に反旗を翻したのである。

その結果、尾張上四郡が儂の支配を離れてしまった。

三河を攻めている留守中のことである。


裏で浅井家が、そそのかしたに違いない。




 本来なら尾張本国を守るために守備兵力を残しているのだが、市江島と加持戸島を支配下に治めるために守備兵力まで動員していた。


ガラ空きの、尾張下四郡は無防備なまま、斯波義銀の軍勢の襲来を受けてしまったのだ。

地元に残って居る国人は、手のひらを返すように斯波軍に服従しおった。


ほとんど戦いすらなかったらしい。

尾張の守護が尾張を治めると云うのは、ある意味当然であるからな。



 悔しいが、斯波義銀方の方に『大義名分』が有り過ぎた。

将軍位を狙う足利義秋公は、『守護』に上洛のための出陣の要請をしている。

あの浅井ですら、守護代としての手伝い戦なのだ。


いまは、室町の旧勢力が息を吹き返しておるのじゃ。



 儂(信長)に従い抵抗を見せたのは、わずかに小牧城、清須・名古屋、そして津島・加持戸島だけであった。

攻め方は、力押しをぜず各城を取り囲みおった。


大いに慌てたが、城攻めしている最中でもあり、為す術がなかった。

東美濃にあった親信長勢力も、今では浅井家になびいている様子だ……。



 信長わしは、たった数日の内に、僅かに愛知郡と孤立した拠点を領有する一勢力に成り下がったのであった。


「くそ、許さんぞ。義銀め引導を渡してやる。」

怒りのすべてを、かつて追い出した無能な守護にぶつける信長わしであった。


腹立たしいが、浅井家とはこれ以上敵対するわけにいかなかった。


急いで、城に籠もる松平と和議を結んだ。



「元康殿の表情は怖くて見られませんでした。生きた帰れたのが不思議でござる」

使者を務めた佐久間は、そうこぼした。


「軟弱者め」



 雪隠づめの事態を打開するためとはいえ、岡崎攻めはいささか無茶をしてしまった。

元康と再び同盟を結ぶのは難しいが、敵対はしないだろうと安易に考えていたのだが、計算が違ったようだ。


佐久間は、何を恐れたのか? 三河への備えを強硬に主張している。



「ばかめ、兵は神速を持ってよしとするのだ」


まずは名古屋、そして清州を救い出す。

わしの居城じゃ、渡したりはせぬわ。



10月某日


 信じられない速度で反転した信長に、おそれをなした斯波勢は庄内川まで軍を下げた。


配下の兵を使いつぶす勢いの前には、なすすべがなかった。


『守護、守護代』という生き物と、『信長』という生き物とでは、流れる時間の速さが違うのである。


『談合・根回し・空気を読む』 旧勢力

『即断即決、俺様仕様(空気?なにそれ)』 信長


”手紙”と”LINE”ぐらいスピードが違っている。


窮地に立って本気を出した信長は、めちゃくちゃ早いのだ!!

(他より三倍早い『赤備え』の更に上を行く! まるで”V-MAX”が付いているかのようだ)


 そこに、信長の強さがあった。

信長は、逆境に立って負けないと、本調子が出ない男なのである。

信長の帰還を知り、国人衆は慌てて尻尾を振った。

(風見鶏と云うな、生活の知恵である。)


かくして、信長の勢力はあっという間に息を吹き返した。


 怒涛の巻き返しを図る信長であったが、流石にそれ以上の無理はできず名古屋に入った。

庄内川を挟んでにらみ合いの膠着状態に入る。

その一方で、信長は船を使い津島・市江島に援軍を派遣した。


かくして、信長の反攻が始まった。



ひさまさは『太閤ファン』です。

なので、基本的に信長様も大好きです!

アンチでは、ありません。話の都合なのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ