禁じられた火遊び 『信長編』
ついに信長が、禁断の火遊びをしてしまいます。
”織田信長”云わずと知れた戦国の風雲児である。
しかし、今川義元を討ち漏らしてしまったこの世界の信長は、ツイていなかった……。
服部左京大夫が、根強く反抗したこと。
松平元康と早期に本格的な同盟が結べなかったことが祟り、美濃を手中に出来なかったのである。
実在は疑わしいが、”道三の美濃譲り状”を捏造するくらいに、信長は美濃が欲しかった。
信長の家臣には、意外と美濃出身の者も多いのである。
彼らをつなぎ止めるためにも、どうしても美濃は必要なのであった。
信長の予想に反して、浅井長政が勢力を広げた。
小勢力ながら乱世を巧みに生き抜いている浅井家であったが、六角義治と斎藤義龍に睨まれ、滅亡はともかく六角家に吸収されるのは時間の問題であった。
しかし、それをあの長政は、克服したのであった。
『浅井の大返し』は、実に見事であった。
関ヶ原・垂井を手に入れた浅井家。
「手を結ぶべきであった……」
正直なところ、信長も浅井と手を結ぼうかとも考えていた。
なんならお市をやってもよかった、長政はよき男である。
思った以上に損害が大きく、さすがの信長といえども美濃を単独で攻略するのは難しかった。
しかし、そうなると西美濃は浅井家にくれてやらねばならない。
それが出来なかったのだ……。
「儂としたことが、見誤ったわい」
六角家と再び和を結んだ長政は、着実に勢力を伸ばし、あっという間に美濃を手中に収めてしまった。
小牧に拠点まで移して必死に美濃攻略をしていた信長をあざ笑うかのように……
意を決して浅井が得た稲葉山城を攻めるも、赤児の手を捻るかの如く難なく撃退された。
それは、惚れ惚れするほど見事な采配であった。
聞くところによると、"竹中半兵衞"という者が指揮をしているらしい。
悔しいぐらいに幾度となく、信長の策が阻まれるのであった。
「こうなっては仕方が無い、半兵衛を取り込むか殺せ！ なるべくなら取り込みたい!!」
信長は、配下にそう命じるが。
搦め手から調略しようにも半兵衞は”掌中の玉”とばかりに稲葉山城の奥に鎮座して、決して表には現れなかった。
《本当に長政の大切な珠玉であったとは、知るよしもなかった。》
すでに稲葉山の防衛網は機能を回復し、さらに半兵衛が効果的撃退法を構築したことで、信長の軍勢をまったく寄せ付けなくなってしまった。
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― 浅井の思惑 ―
ならば、今度は浅井が攻勢に出るのかというと、そうはならなかった。
「信長を滅ぼすと、何だか ”ゲームオーバー”のような気がする」
と、長政はのんきに考えていたようである。
長政は、昔のクセが ”こと信長に関して”だけは抜けていなかった。
「武田・徳川（松平）の押さえにも、なんとか配下にしたいな～、難しいかな？」
そう考え、受け身に徹するのであった。
とはいえ、長政の中身はリスクマネージメントのプロでもある。
『疲弊した美濃者の慰撫を優先した』とみることも出来るし。
『多少外からの脅威があったほうが、浅井家の美濃支配には都合がよかった』という側面もあるのだ。
その証拠に、美濃は浅井家の配下として、混乱無く纏まっている。
しかも、長政は尾張の反信長の勢力を着々と取り込みつつあった。
元々尾張上四郡は信長の敵であった、信長が逆境にある今、彼らを調略するのは容易かった。
竹中重元・西美濃三人衆らが、まるで”太閤記の秀吉”の如く調略をかけていった。
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― ふたたび尾張、そしておまけの三河 ―
信長は、野生のオオカミであった。決して飼い慣らされ馴れることはないのである。
岡崎の松平（竹千代）を同盟の名の下に半ば従え、時機をうかがっていた。
（今だビビリな竹千代は、信長に「秘密同盟をばらすぞ！」と脅されていた。）
岡崎の松平元康自身も、勢力の伸張に苦慮していた。
攻め入るところが、どこにもないのである。
松平家は、今だ表向きは今川の配下なのである。
家臣達に急かされ、多少強引に領地を増やそうとしたため、今川家とも険悪になりつつあり危機感を抱いていた。
そのため、信長の誘いに乗ったとも云える。
家の結束を守る為にも”敵を求め”領地を拡大せねばならないのであった。
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信長は、洞察力に長けている。
将軍義秋公の上洛の報を耳にした時、すぐに悟った。
「朝倉は、浅井家の急激な躍進を警戒している。これは一波乱あるな……」
丹羽長秀、柴田勝家らにそうこぼした。
「では好機到来というわけですね」
苦労がにじみでた、長秀が絞り出すような声で応えた。
「浅井家の長政に、必ず目にものを見せてやりましょう」
桶狭間に勝利しながら、苦杯をなめ続けた勝家が、恨みを込めて吠える。
信長は考察する。
『長政には、弱点がある』
それは、”人をモノとして扱えない”ことである。
根が優しすぎるのである。
「太平の世に産まれておれば良いものを……」
しかし信長は、長政の優しさをその弱さをふくめて快く思っていた。
「今回は、その弱さをせいぜい利用させてもらうぞ」
信長とてもう後がないのである。
（戦国の習いゆえ、許せ！）
信長は長政の弱みにつけ込むことにして、決起の時期を待った。
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長政の地道な努力が功を奏し、畿内・浅井領を中心に寺社勢力がおとなしくなって来ていた。
各地の一向一揆もずいぶんと下火になった感じだ。
奴の”天下泰平” ”民の平穏”を願う想いは、本物であろう。
親父殿も長政の祖父亮政公のことを”高潔なる人物”であると、高く評価していた。
あの願証寺も最後まで武装解除に抵抗し、それなりの戦力を維持してはいるが往時ほどではない。
しかも、今回の将軍上洛のために北伊勢からかなりの数の国人衆が招集されている。
加えて、朝倉と浅井の関係は、誰の目にも判るくらいに悪化していた。
いずれ朝倉と浅井は敵対するやもしれん。
「長政の義兄の景晃ならばともかく、あの気位ばかりが高い景鏡が大将では上手くはいくまい」
浅井の不幸を、もろ手を挙げて喜びそうである。
浅ましくも欣喜雀躍する景鏡の姿が、まざまざと目に浮かぶ。
好機到来
信長は、伊勢湾の覇権を取り戻すべく”伊勢長島攻略”を開始した。
「まさか松平勢が加勢するとは、長政とて夢にも思わないことであろう」
そう思うと信長からは、笑みがこぼれた。
長政が京に入った、次の日の出来事であった……。
信長も大変です。
