湯治のススメ 『美濃・飛騨路編』
話が戻ってしまうのだが、ご容赦を!
これはまだ朝倉氏が、足利義昭を擁立する前の出来事である。
美濃北部と飛騨のお話しだ。
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美濃北部(飛騨)には、斎藤(一色)竜興が逃げ込んでいる。
俺が美濃の守護代となり美濃を平定する時、過剰反応を起こして逃げてしまったわけである。
将軍義輝公のお考えはともかく俺にとっては都合がいいので、土岐氏を担ぎ上げそのままにしておいた。
別に本気で敵対しよう、という気も無かった。
竜興は従弟だしな。
とはいえ、飛騨国というのはなかなか厄介な土地である。
実入りは少ない。
正直な話、今の浅井にとっておいしい土地ではない。どちらかといえば難治の地であろう。
しかも、三木や江馬、本願寺一向宗、朝倉勢が、寸土を巡り争っている。
それに上杉、武田、椎名、遊佐の思惑がからみ、なかなかに厄介である。
本願寺や朝倉にも気を使うし、特に武田のことは頭が痛い!
そのような”危険地帯”は何とかしておきたいと思うのが人情であろうし、何とかするのが当主のつとめでもある。
斎藤竜興を敵にまわすと、おまけで付いて行った美濃衆もいてなかなか厄介である。
そこで、俺は竜興君を味方に引き入れることにした。
彼はひとりっ子であり、母親に甘い。
というわけで、”近江の方” ”海津三姉妹”を通じて浅井に恭順するように勧めた。
どうやら竜興自身も浅井とコトを構えるのは不本意だったようである。
「「「それもこれも義龍(夫)が悪い」」」
と、故人に責任を負わせ俺たちは和解した。
まあ、そういうわけで、斎藤竜興を『飛騨担当』にしようと思う。
ネームバリューはそれなりに充分だし、浅井家が直接統治すると朝倉・武田・上杉に角が立つからな。
竜興と、旧美濃勢の頑固者達の目を飛騨に向けさせ、ストレスを発散させる方が健全である。
とはいえ、それだけではお手伝いする者達はほんとうに”お手伝い”するだけになってしまう。
喜んでタダ働きをしようという人間は、この世(戦国時代)にはいない。
まあ、前世(現代)でも”ボランティア”などというものは、なにがしかの思惑があるものだし、本気でそれに打ち込めるのは暇人(不労所得で生活が満たされている者)だけである。
現状上手くいっているが、俺としてもあまり不満を溜めさせたくはない。
なんと言っても浅井家は、美濃にとって余所者なのだから……。
まあ、そこで俺は浅井玄蕃の娘を竜興に娶せ、嫁入りの打ち合わせという名目で北美濃に赴いた。
率いる護衛は、黒鍬衆3千である。
何をするのかと云えば、”温泉”である。
『下呂温泉』
皆さんもご存じであろうと思う、有名な温泉地である。
湯島温泉とも云うらしいが、草津・有馬とともに日本3大温泉(名泉)といわれる名湯である。
大昔は山の方に源泉があったらしいが、すでにこの時代には飛騨川の河原で湧出しているらしい。
泉質は、アルカリ単純泉のようだ。
(子の刻前の”うさぎちゃん”が懐かしい……)
中根山(飛騨富士)を借景として、ゆったりのんびりと湯治できる温泉場を建設する予定なのだ。
そのための、黒鍬衆3千である。
「ふふふ、楽しみである」
「殿、何も殿がかようなことまでしなくてもいいのではありませんでしょうか」
俺の楽しみに、岩男が水を差す。
こいつは見てくれはいいのだが、生臭坊主のせいで性格が捻くれてしまっている。
「わざわざ私が差配するから、有り難みがでるのではないか?」
「「 さすがは殿!」」
「それ見ろ、他の小姓達は納得しておるぞ」
「……」
黒鍬衆の建設姿を横目に見ながら、俺たちは河原の露天風呂を満喫した。
温泉の効能は、小谷の須賀谷温泉が証明してくれている。
なぜか、『天下一の名湯』の称号をもらってしまっているが、さすがにそれはお遊びだと思う。
まあ、『天下一の温泉施設』であるとは自負しているが……。
温泉を通じて美濃衆の親睦と、飛騨との良い関係が持たれることを期待したい。
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竜興の婚姻に花を添えるという名目で、今回出兵に協力する美濃衆を新たに完成した温泉宿に招待した。
もちろん、近江から取り寄せた銘酒、珍味を大盤振る舞いしてやった。
長井道利 落合家氏 東常堯 遠藤胤俊 鷲見保光
安藤守就 飯沼長継 大島光義 奥田直純 杉山正定 種田正元 道家清十郎
皆、満足してくれているようである。
旨い酒に、美味い飯、それに温泉があれば、たいていは ”にこやか” になるものだ。
「なかなかそうそうたるメンバーではないか、竜興」
「兄者、ほんとうに飛騨をいただいてよろしいのですか?」
すっかり俺に懐いた竜興である。
「ああ、これからは浅井一門としてよろしく頼む」
「ははっ、かならずやご期待に添いましょうぞ」
竜興も何か吹っ切ったようで、笑顔が輝いていた。
戦国を生きる男として、これからの戦に想いを馳せているのだろうか。
それとも、浅井家との婚儀が無事に終わったからなのだろうか。
あのいかにもスッキリといたしました~という、清々しいまでの表情。
もしかしたら……今まで童貞だったのかも知れない。
(近江の方、いくらなんでもやりすぎでござるよ……)
俺は心の中でそっと呟いた。
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― 女人用内湯 ―
”かぽ~ん”
(室内の浴場の効果音)
「はあ~やれやれ、やっと肩の荷が下りましたわ」
湯の中で大きく伸びをしながら、疲れを湯に溶かすように近江の方がその心情を漏らした。
「ご苦労様でした、近江の方さま」
海津の局が、苦労を労るように語りかける。
「竜興殿も晴れて浅井一門に戻れて、正直ホッといたしました」
饗場の局も湯に浸かりながら、合いの手を打った。
「ほんと、手のかかる子でした」
「存外、手のかかる子ほど、愛しいのでは?」
「ふふふ、そうですね」
実際に近江の方の影響力は大きかった。
彼女は今で云う、”過干渉な教育ママ”であった。
大切なひとり息子を大事に育て上げたのである。
モチロン、実の父(名目の父は、久政)浅井亮政の命令である。
彼女はその命を忠実に守り、『浅井のために働く”よい子”』に育てるように頑張ったのであった。
新築された下呂(湯島)温泉に浸かりながら、”海津三姉妹”と四方山話をする近江の方であった。
大仕事を終えた彼女は、実に輝いていた。
浅井家の歴史は、”浅井の女”が影からしっかりと支えているのであった。
斎藤竜興は、晴れて独り立ちをした。
浅井家の協力を得て、”鎧袖一触”とばかりに飛騨を制した。
架空の歴史を書こうとすると、背景を全て考えねばならないので大変です。
独自展開になって盛り上がった後、エタってしまうのがよく判ります。




