『京の寧日』
転生して歴史を変えるのもひと苦労なんです。
『京の寧日』
永禄5年(1562年)
京の都は、その名が示すかのように平安な秋を迎えていた。
洛外においては、諸大名、国人が相も変わらず争い事をくり返してはいるが、……
『なんびとたりとも、洛中に争いごとを持ちこむべからず』 と云う
『洛中ご法度』が、京のみやこ の平安を守っていた。
なんとも実に有り難い、御法度である。
これのおかげで、京のみやこではみなが安心して暮らしていけるのだ。
下は、町人、職人から僧侶に侍、お公家に、将軍までみなが戦乱から守られている。
”ありがたや~ありがたや”
この法度は、実は幕府の命でも朝廷の御指示でも何でもない。
あるお茶会で、何気なく取り決められた協定であった。
心待ちにしていたお茶会であったが、あいにくの争いである。
戦乱の中、お茶を戴くのもなかなかシュールな光景です。
「心穏やかに、お茶を戴くに洛中が騒がしいのはいかがかなものか」と
ある粋人が、提案した。
「しかし、こればかりはどうにもならない事では?」
そういう声が多かった中。
「では、死に人がたくさん出るような諍いをした御仁には、罰として迷惑料を課しましょう」
「迷惑料ですか?」
「それは?」
「そうですね、商人の方でしたら納入するお代に『迷惑料』を上乗せして、それを”かしこき方・やんごとなきお方”に上納するというのはいかがでしょう?」
「ほほう、それはまた面白い案で御座いますなあ」
みなが興味を示し始める。
「まずは、言い始めた我が家が実践いたしましょう!京の町衆、堺の町衆もご賛同下されれば些かなりと云えど効果はございましょう」
「さようですなあ 『淡海殿』 がそうおっしゃるのであれば」
「では、一度やってみますか?」
こうして、茶人・粋人の戯れとも云われる、平和協定が産声を上げた。
淡海公が、将軍家、朝廷・公家、有力大名、商家に賛意を求めてまわった。
自然発生的に生まれたこの取り決めが、いつしか法度となった。
『洛中ご法度』
密かに京都議定書ともいわれる、洛中の御定めである。
これにより、洛中での争いごとは目に見えて減少した。
誰もが、納入代金に迷惑料を上乗せされるのは御免だからである。
『おう、やるか?やるのかぁ~上等だ洛外 へ出ろ!』
このような、笑い話まで出てくる始末です。
「近頃では酒場での喧嘩まで、洛外に出るそうですなあ」
「さすがに洛外に出るころには、飽きるのでは?」
「意外と途中で仲直りをするモノらしいですな」
「まあ、頭が冷えると云うことでしょう」
「短気は損気というやつですなあ~」
淡海公の地道な文化・啓発活動は、このようにして実を結んでいったん?
粋人茶人『淡海』公、いったい誰なのやら?
長政の日々
なぜだか、最近は文化人としての仕事の方が多い。
お茶会のお誘いが多いのだ。
俺は本当は意外と出不精なので、大抵はみんなを呼び寄せる。
休日は自宅警備がお似合いの企業戦士なのだ。
と云うわけで、小谷城の北西にある岡山に回遊式庭園を持つ客殿を新たに設けたのである。
本来はお市さまが来た時に住居として使おうかと、一応下準備はしていたのだが……。
計画を一部変更し、旅館のノウハウも盛り込んで来客に快適に過ごしていただけるようにした。
いわゆるおもてなし空間だ。
もちろん茶室とかがメインであるが。
能舞台、月見櫓、石庭いろいろござる。
みなの喜ぶ顔が見たいから、がんばって露天風呂も作った。
さすがに温泉を掘るには至っていない。
竈で焼いた石を湯にいれて温度調節する豪快な仕様が人気だ。
将来的には迎賓館にするつもりだ。
俺としてはTPOに合わせて客をご招待しただけなのだが、向こうが勝手に自分を格付けする。
茶器を買った人しか招かないとっておきの場所もあるしね、気持ちはわかる。
(まあせっかくお高い買い物をしてくれたのだから、それくらいはサービスですよ!)
噂が噂を呼んで、自称茶人・文化人がこぞって小谷へとやって来る。
自分の格を上げようとしてか、茶器を譲って欲しいと低姿勢の者まで出る始末だ。
俺の趣味で戌亥山の西麓に庭園を作り、斜面片隅に渋い茶室を作ってある。
借景で湖畔を眺める茶室が好評だ。
『湖面に浮かぶ竹生島が実にいい感じで、船がゆったりと動くのがさらに良い』とのことだ。
小谷御殿や、雲雀山御殿の書院や客殿にも、接待用に大きめの茶室を作っている。
こちらは、どちらかといえば政治向きだ。
大名としては、いろいろと大変なことが多いのだ。
それはそれとして、お茶の出来具合も気にかかる。
もちろんお茶請け用のお茶菓子も、砂糖菓子、羊羹、ういろう、きんつば等いろいろ作らせている。
そして、今日は戌亥山迎賓館のお披露目である。
俺プロデュースの
お・も・て・な・しが心を揺すぶるのか、皆が、すなおに感動してくれる。
いつもは堅物の公家も、普段は殺伐としている国人領主も、生涯算盤が命の商人も、美味しいお茶でニッコニコだ。
普段とは違う、緩い空気の中、過ぎゆく時間までもがゆったり流れる。
そんな、ほっこりとしたひとときを満喫していただく。
人生に深みを持たせ、一期一会の出会いをご縁として、確かな絆へと昇華する。
そんな、優しいふれあい空間
それが、長政の『戌亥御殿』の願いである。
でもまあ、無粋な奴はどこにでも居るものである。
たまにお金をせびりに来る公家衆もいるけれど、そういう方はお茶を点てた後、主筋の六角様に一筆したため
「こいつ金が欲しいらしい、対応よろ」
丁重に船に乗せ観音寺城下へ追い返す。
主筋の近江守護に内緒で無駄な献金をするわけにはいかない立場なのだ。
さあ~ようやく仕事がおわった。
雲雀山御殿に帰る。
そこには、愛すべき家族が居るのだ。
三人の嫁と、
那月と夜叉法師と華の可愛い子供達だ。
愛すべき家族のためにも頑張らなくては。
もはや自分だけの問題では無いのだ。
「何が何でも、幸せをつかみ取らないとな……」
子供達の愛らしい寝顔を見ながらそう呟いた。
知らないうちに、俺もすっかり父親である!
『粋人茶人』の 淡海公も 家庭では、ひとりの父親でございまする。
地道な啓発活動が、いつの日にか実を結ぶことでしょう。
子供達に、明るい未来を残すのは親の勉めです。
くだらないと笑うならば笑え!




