『お風呂でほっこりと』
雰囲気をお楽しみ下さい。
― あるいは、若君の評価 ―
とある年の瀬のお話。
浅井家家臣の忘年会が行われていた。
場所は須賀谷、小谷城下の温泉に併設された寄り合い場。
「いやはや、いい~湯でござった。」
「おお、新庄殿はお早いですな。」
「一番風呂という奴ですわ」
「なんと、気の早い。もそっと後にせい。」
「いやいや、それがし解り申す、今宵のような寒い日にはなにより、先ずはお風呂でしょう。」
「何を言うておる、寒い時には、『のっぺいうどん』に決まっておろうが。」
「確かに旨くて、暖まりますなあ。」
「そうそう、こう、なんと言おうか、腹の底から温まるというか。」
湖の幸と旨い酒に話が弾む。
「そらそうじゃ、若が『皆が寒かろう』と調理人にこしらえさせたんじゃ、暖かくて旨いにきまっとるわ。」
「椎茸が丸ごと剛毅に入っておりますし、なんとも贅沢なもんですのう。」
「伊香の特産品じゃ、他ではまずお目にかかれまいて。」
「特産品と云えば、この畳というのは、なんともいいですな~、尻が冷えもうさん。」
「もはや、板張りの貧相な床でなど、宴会なんかできんわい。」
「まったくその通り、よくぞ考えたというものですわい。」
火鉢で手を温めつつ三田村が、口を挟む。
「何でも若君が、『大きな円座をこしらえたら、皆が過ごしやすかろう』とお考えになったとか?」
「ほうほう、また若君か?これも雨森のしわざか?」
「いや、聞くところによると、今村殿が手を貸したとか?」
「今村、お主がか~。」
「そうそう雨森殿にばかり手柄を取られては、叶わんからのう。おっほっほ!」
「まあ、阿閉殿の回状には驚かされましたが。」
「ああ、あれな。」
「酒は、飲むものだとばかり思うておりましたが。」
「好みの酒を造ろうとは、凡人にはおよそ考えもつかぬわ。」
酒宴も進むが…。
「わしゃ~、あざいの若に付いていくぞ~ぃ」
ご機嫌で暴れる、初老の御仁。普段は謹厳実直を絵に描いたお人である。
「これこれ、誰じゃ堀殿に飲ませたのは、まったく普段は寡黙なくせに酒が入ると豹変しおるわ。」
「いいではござらぬか、堀殿は普段我慢なさりすぎですから。今日は無礼講でござる。」
「そうじゃ、裸踊りを始める、どこぞの誰かの方が、迷惑じゃ。」
「いえいえ、磯野殿の裸踊りは、私めは好きでございますよ。」
「ほほう、小堀の小倅も嫁御をもらってゴマをすることを覚えたか?ははは。」
「まったく、磯野殿もあれさえなければのう、名将の威厳が台無しじゃ。」
「何をおっしゃるか、アレがあるからこそ、皆が付いていこうかというもの、それは了見違いですぞ。」
「河瀬殿の云う通りだ。」
「そう言うものかの。」
「おっと、鴨鍋が出来上がったみたいですぞ。」
「それを早く言わんか。」
「「「鍋じゃ鍋じゃ。」」」
皆が鴨鍋をつつきつつ、さらに宴は盛り上がりを見せた。
「おや、皆さんは?」
「飯の後の、ひとっ風呂だそうだ、まあ儂らは、まだ御神酒をいたがいておるがの。」
「酒は百薬の長とは、良く名付けたものですな~。」
「『湖水』と、『さざ波』ですな。」
「いや~、名前が、こう~なんともようござる。」
「味も格別じゃわい。」
「毎日のように、味見、云え研究しましたからねえ、阿閉殿。」
「ああ、わしはまあ、発起人みたいなもんでな、流石に『若』に酒を呑んで戴く訳にもいくまいて?」
「呑兵衛なら、どこにでもおりますからな、わっはっは。」
「さあ~ぁて、それでは少しばかり外に出て、火照りを冷ました後に雪見酒と参りますか?」
「じゃのう~」
「主も風呂好きじゃの。」
「わたしなど、まだまだです。」
「そうじゃぞ、安養寺のじいさまなど、薬草風呂に浸かりきりじゃ。」
「はっはっ、まあ、あの爺さんも見事な風呂好きになったもんだわい。」
「伊吹の薬草じゃ」
「最初の頃の、あの酷い、ごねようが嘘みたいじゃもんな。」
「しかし、若君もよくもまあ考えられた。」
「須賀谷の沢から温泉とは、よくもまあ~探し当てたもんですわ。」
「おかげで、小谷におればいつでも温泉に入れるわい。」
「灯明の元は暗しというやつですなー。」
「まっこと、目出度い仕儀ですなあ~。」
大広間を出て、廊下を抜けて、回廊を降りると、いくつかの風呂がある。
外の雪を眺めながら、露天風呂を目指しほろ酔い気分でぞろぞろと歩いて行く。
「某、湯が出たと聞いた時は、水争いの如く、湯争いが起こるのかとハラハラしましたが…。」
「いや~ぁ、露天に湯を溜め、焼いた石で蒸すとは、いやはや『浅井の若君』は目の付け所が違いますなあ。」
(焼いた石で温度調節するのは、新九郎の発案だ、湯量が少ないゆえの苦肉の策だが……。)
「うむ、あれは豪快じゃのう~。」
「ぬるい湯が、たちまちモウモウと熱い湯になるとは。良く思いついたものよ。」
「まこと、湯争いなどとくだらぬ心配をした自分が間抜けと思いました。」
「頭領の器というものかの~。」
~露天風呂にて~
「雨森と赤尾のおっさんが、奥山に人を入れていると聞いた時は正気を疑ったが…。」
「「たしかに。」」
「炭や薪を大量に用意させるとは、考えたものじゃ。」
「運ぶ手間を考えれば、割が合わんと思うたが。」
「領民が冬を越せるための算段とは、恐れ入ったわい。」
「里の入り会いの山での『薪争い』も、なかったしな。」
「ヒマなおりに人足で出れば、薪がもらえるんじゃ、村の皆もそりゃ喜ぶわい。」
「まったく冬ごもりの算段は頭の痛い所ですからな。」
「寒さ厳しい雪国じゃからの~う。」
「新九郎殿も六角の平井めに、余程江北の寒さを脅かされたと見える。」
「まあ、江南でのうのうとしておる軟弱な者に、江北の雪はよっほど恐ろしいのでしょうなあ。」
「それをさらりと解決する若君は、最高の御仁ですぞ皆様方。」
敬愛する主人が褒められているのを聞きつけ、すかさず口を挟んだようだ。
「おお、遠藤の所の倅か?若の傅役じゃったな?ご苦労ごくろう。」
「傅役は、弥左衛門殿でござるよ。」
「何を言う、皆が、なんで弥左衛門が傅役になったか?不思議に思うたわ、まあ、杞憂じゃたわい。」
「ま、久政の言うことをきいて『観音寺城なんぞ』に行くような物好きは、そうはおるまいがの。」
「かげで、弥兵衛と、清次が仕切っておるしの。」
「三男坊は、あまったれだからの~、大変じゃわい」
「まあそう言うな、あ奴はあやつで、がんばっとるわい」
「「「じゃの~」」」
「「「「「ふう~っ、極楽、ごくらく~ぅ!!」」」」」
江北の寄り合いの様子です。
議論を戦わせるのでは無く、それぞれが「どう考えているのか」を、呑みながら情報交換しつつ摺り合わせます。
まあ、田舎流の緩い合議です。
(もちろん、水争いとかは激しくやり合ったでしょうが。)
新九郎の評価は高いですが、なにぶんふるさとを離れていたので、馴染みがあまりありません。
これは田舎に住む(住もうと思う)人間にとって致命的です。村八分ですね。
シンちゃんの境遇は、いかに、この集団に溶け込めるかにかかってきます。
幸い、『江北大好き』がビンビンと伝わる訳で、みなに代表として認められそうです。
選挙と、選挙地盤、二世、三世議員と、後援会みたいな感じでしょうか?
都会に出ていた、議員の跡取りが帰ってきた感じです。
皆が推挙する、旗振り役。なんとも民主主義的解決です。
本人が知らぬ間に新九郎は、好意的に受け入れられました。
浅井氏の政権は、基本、独裁型の信長政権とは、まったく異なるんですね。
雰囲気を感じて下さい、誰が何を言ったのか?は、この際どうでもいいのです。




