必死の稽古、戦国の世で本気出す。騒動の後で。
ケンカ騒動の後で。一歩前進。
あれから数日がたった、医者が処方した高そうな薬のおかげか、まだ所々痣は残っているものの傷も癒えた。
やれやれ、自業自得とは言え酷い目にあった。
俺自身、どこか浮かれていたんだろうな。
家中の皆には大変な迷惑をかけたようだ。
見舞いに来た縁には、わんわん泣かれるし、可哀想なことをしてしまった。
奥様にもずいぶん心配をおかけした。
定武殿にも、さぞや迷惑をかけたことだろう。申し訳ない。
一応、被害者とはいえ、なにせこの時代は、責任の取り方が「命」だから、供を連れずに勝手な行動した俺は、浅井家の跡取りとしてふさわしくない行動をしたと、罰せられても当然なのだと思う。
理不尽な時代なのだ、もっと慎重に行動せねばならない。
さあ行動の時だ。
おとなしくじっと養生している間、いろいろ考えた。
俺はいつしか、甘く考えていた。いや、世間を舐めていたとも言える。
『信長』の名前を聞いて、ここがどこか現実とは違う空想の世界だと勘違いしてしまってたんだ。
好奇心、遊び半分……。
子供だったのだ、まずは急いで一人前の大人にならねばならない。
時間は有限だ。くよくよ後ろ向きに考えているヒマはない。
前を向いて進もう!!
とりあえず、次郎にお願いして、俺に剣の稽古を付けてもらうことにした。
やはり俺も男だ、いっぱしの武将として強くなりたいのだ。
爺や平井家の家臣が師匠(練習相手)で悪いという訳ではないが、どうしても浅井家跡取りの俺に遠慮がある。怪我をさせたら大変だし、下手すれば切腹ものだからか、微妙に手ぬるいのだ。
(大先生は別だが……子供は直接指導してくれないのだ。)
俺も調子に乗っていたらしくてまるで気付かなかった。弥太郎は俺より弱いから論外。
だから、何のしがらみもない次郎は、とても良い師匠になると思っている。
実際あの時は、すばらしい身のこなしだった。
それに、まだ身体ができていない俺には、華奢な次郎の剣の方が相性良さそうだ。
次郎は跡取りだそうだが、なにやらゴタゴタがあるらしい、奴もいろいろ大変だな、まさか居場所がないのか?
ちょうど良い、もし何ならおりを見て次郎を召し抱えようか?いや、待て焦るな俺。
まあ、とりあえずは稽古の話だけでも進めよう。
次郎は剣の稽古の話を、こころよく引き受けてくれた。
こうして、次郎は俺の師匠(仮)となった。
ただ滅茶苦茶厳しい、華奢な身体のくせにめっぽう強くて、しかもまったく容赦がない。
コイツはまことに、鬼である。弥太郎は逃げ出したぞ。
俺もほんとうは逃げ出したいのだが、自分が頼んだ手前、そうもいかない。
武士の意地である。
俺もまだ10歳で次郎よりさらにチビなのだが、目標が前田慶次なので易々とは負けたくない。
「行くぞ次郎~、とあ~っ」
新しい屋敷に遷るまでの間、次郎にしっかりと稽古をつけて貰った。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
一方の、六角家では。
平井家の様子。
預かっていた人質にもしもの事があれば、戦争になる可能性は大きい。
「大変なことになった」と、平井家では家中一同が大騒ぎとなった。
人質であるだけでなく、大切な若君なのだ。
皆が、突然の事態に慌てふためく、屋敷はさらに騒然となった。
「とりあえずは、医者を呼びなさい!」奥方の一喝で、近習が慌てて走り出す。
観音寺城下で一番の名医が呼びつけられ猿夜叉丸を治療した。
まあ大事にはならず、一同がホッとしたのは夜になってのことだ。
ショックを受けた縁が、全く泣き止まないのが、皆一番堪えたが。
本丸では……。
苦虫をかみつぶしてしまったような表情の主君と狼狽気味の家臣が、今度のことを打ち合わせていた。
「さて浅井の小倅の一件どうしたものかな……、平井はどう思うておる?」
「小物達も本気でやり合うつもりは無く、からかい半分だった。とはいえ、相手が相手です。」
「大事な預かり者だからのう。四郎の小姓達が大勢で取り囲んだのでは、申し開きができんわ」
「普通であれば、護衛なり傅役なりが側に居るので、どうという事は無いのですが……、まさか城下、独りでいる所を家中の者が大勢で襲うとは困りました。なにぶん、まだ十の子供ゆえ身を守るすべは未熟の一言ですし。」
「浅井側がやんやと文句をつけてくると思うと、頭が痛いわ。」
「猿夜叉丸も聞き分けが良い童なので、傅役に良く言い含めた上で、このことは無かった事にさせましょう。
私がわびを入れれば、そう事を大きくはしますまい。」
「そうか、頼んだぞ、平井。勝てるとはいえ、戦になれば村ひとつ分くらいの人間が簡単に死ぬからのう。
せっかく、浅井が大人しくしておるのだから、寝た子を起こすようなことはしたくはない。そちの働きは戦働きと同等と心得てくれ。」
「ははっ心得ております、では。」
「ああ、後、誰か適当なモノを護衛につけよ、いいな」
「ははっ」
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
結局の所……。
平井殿との話合いにより、爺はこの一件を極極穏便に済ませることになった。
相手にきびしい処罰を求めはしなかった。なにせ四郎が絡んでくるからな。
しかし、……
子供の使いか?どんなけ下手に出るのかな、爺は。
ここが正念場だぞ、ここでなし崩し的に取り込まれてどうする。
取引は、『ギブ・アンド・テイク』じゃ無きゃダメだ。
爺のは、『ギブ・アップ』だぞ。
俺は平井様にお強請りして、お詫びの代わりに念願であった、
『城下のお屋敷』と『自分専用の家来(近習・小姓)』を持つ許可をもらった。
(本来ならば、こんな暴行を受けた以上、小谷に引き上げても良いくらいなはずだからねっ。充分に名分が立つんだ。)
俺も人質とは云え、一応は国人領主(半国大名級)の跡取りなのだ、別に小姓、近習がいてもおかしくない。
いやいて当然だろう?という事で、それなりの家臣をそろえよう。
早速、ヘタレた弥左衛門を小谷に遣わせて、配下となるの者と小姓を呼び寄せるようにかなり強引に要請した。
むふふふ楽しみだ。
これでようやく、『久政の坊や』の開始だ。
まだ小さな一歩だが、大きく前進したぞ。
ようやく、猿夜叉丸はじぶんの一歩を踏み出します。
『久政の坊や』は、猿夜叉丸君のかんがえた符牒です。つまりは、「チートでいくぞ」という意味です。