『小谷にて』
長政を待つ、小谷の様子です。
『小谷にて』
”バシッ” ”びしっ”
”バンバン” ”ずどびゅう”
道場の中、はげしい竹刀の打ち合いが響く。
”ずだ~ん”
「まっ、参りました」
もろに竹刀を食らってひっくり返ってしまった。
「むう」
”ばっしーん”
「いてて、ひどいですお母さま」
頭をさすりながら抗議する。ありゃりゃ、稽古着が破れちゃったよ。
「虎丸、師匠と呼びなさい。親子の情など無用です」
凛とした出で立ちで、姿勢を崩さない師匠。
こりゃぁさっさと立ち上がらないと、滅多打ちにされるな。仕方がないここは、弁舌を使おう。
「はあ、はあ。そこはそれ、かわいい息子なのだから手加減してください」
息を整え、話で母の気を逸らす。お母様は意外と単純だからな。
「何を甘いことを、戦場で命乞いなど井伊家の次代として許しません!」
あれ? さらに威圧感が増してしまった。
「いや、ここは稽古場ですし……」
(弁舌が効かないだと)
「虎。いつの間にやら、口が達者になったようですね、誰の影響です?」
きつい眼差しで射すくめられちゃったよ。ははうえ~っ、実の息子に向けていい目じゃないよそれ。
「じ、陣内かな~?」
あいつならば生贄にちょうどいい、俺はとっさに答えた。
「ほほう、あの者が弁が立つというのですか?」
「つ、鶴千代です」
(すまん鶴千代ゆるせ)
鶴千代は、六角騒動のおりに引き取られた蒲生(氏郷)鶴千代のことである。
俺の片腕になる人材として、御父様から直々に僕の配下につけていただいた。
「はあ、素直にそういえばよろしいのです」
呆れたと言わんばかりに竹刀をおさめてくれた。
「はいすみません」
(は~っ、命拾いしたよ)
目の前で凄んでいるのが、祐お母様だ。
僕の母上は、普段はなぜだか? お父さんだ。
皆から、次郎と呼ばれて頼りにされている。とっても強くてかっこいい侍なんだ。
城下へお出かけする際、綾姫様、縁様、泰華殿にお雪さん。お母様たちはみんな頼りにしているよ。
「「「「次郎さんがいれば安心だ」」」」といっている。
そうなんだ僕には、お母様が大勢いる。
普通はひとりなんだそうだ、それってさびしいよね。僕は恵まれているなあ。
御父上なんて、ご幼少のみぎりよりお母さまと離れ離れに暮らしていたそうだ。
だから、『家族みんな仲良くしなさい』と、事あるごとに言われている。
5歳のころ我儘を言って2か月も山寺に預けられた時は、本当に泣いてしまったよ。
僕は、井伊 夜叉法師
お母さまから、虎のように強くなれと、『虎丸』と呼ばれている。
今年7歳になる。
本格的な鍛錬を始めたところだぞ。
先ほどは、はは……、いや師匠に稽古をつけてもらっていた。
稽古は厳しいけれど、それが終わったらとっても優しくしてくれるんだ。
なんでも、井伊家流”アメとムチ”というらしい、よくわからないけれど御父上と同じ修練法だそうだ。
効果は絶大だそうだから、きっと強くなれると思う。
お母さまも、「虎は筋がイイから先が楽しみだ」と言ってくれるよ。
御父上からも、「済まぬな、やしゃ……いや虎、頑張れよ」と励ましていただいた。
その上に、なんと脇差までいただいた。うれしいな。
母上とお祖父様は、それを知って。
「浅井の剣となり盾となれ!」
と、多大な期待を寄せていただいた。長男だからとっても信頼されているよ。
浅井を支える井伊家の次代として、精進したいなあ。
御父様や、直盛おじい様みたいに恰好よくなれるかな。
よ~し、もうひと頑張りしちゃうぞ。
え、なんでそんなに浮かれているかって、そりゃそうさ。
もうすぐ御父様が小谷・長浜に返ってくるんだ。
いま城下総出で、お殿様を迎える準備をしているよ。
城内も家臣のみんなが、そわそわしている。
宿老とか言われている”じっちゃんたち”に至っては、すでに宴会の準備と称して飲み始めているよ。
今年もいい酒ができたそうだ。
兄弟たちと一緒にお出迎えをしないとな。
同い年の那月姉と、一つ下の華が、母様たちに混じって正月の衣装の支度をしている。
気が早いと思うな。
5つ下の愛姫、6つ下の、嫡男長浜丸さま。それに、蔵良、夢
そして、生まれたばかりの長寿丸殿がいるけれど、みんな乳母たちが世話をしている。
まだ一緒に遊ぶのは早いかな。
絵札遊びとかは、愛姫たちにはまだ早そうだし。
つまんねえな。
そう思ってひとりたそがれていると、部屋の片隅にあたらしいおもちゃがあった。
お正月用の贈り物だろうな。ほんと御父上もマメだな。
物色してみるとその中には、凧、メンコ、おはじき、福笑いなどがあった。
年末に一人でさみしく凧を上げるのも、滑稽だ。
俺は迷わず福笑いを選んだ。
面白そうな福笑いだし、別に一人でもできる。でもそういう問題ではない。
ひとり仲間はずれも寂しいので、俺は愛姫と福笑いをした。まだお正月じゃないけれど別にいいよね。
まだ幼い愛は最初はなんだか判らなかったみたいだが、それが顔であると気づくと興味を持ってくれた。
「意外と面白いな」
思わず熱中してしまった。
「あはは」「ホホ」
愛姫は、お母様に似て笑い方がお上品なんだよな。
お母様とは大違いだ。
御父様が友松に作らせた、『おもしろ福笑い』はとんでもなく面白かった。
これ絶対流行るわ。
知らないうちに、那月姉と、華も加わっていた。
兄弟仲良く福笑いを楽しんだ。
「「「御父様、早く帰ってこないかな!」」」
「ねえ見て」
何かを見つけたのか華が指差す。
「「「雪だ!!」」」
窓の外には、雪がチラチラと舞っていた。
「「「つもるかな~?」」」
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「はっくしょ~ん」
「おや、殿。風邪でござるか?」
出迎えてくれた、安養寺、大野木が心配する。
「大丈夫だ」
「いけません早く小谷に帰って温泉に入りませぬと」
「ささ、殿。皆が待っておりますゆえ」
「おいこら、宴会は晦日にしろ! 俺は家にかえるぞ~」
「ははは、何をおっしゃいますやら。皆さま待ちかねておりまするぞ」
「「「ささ、こちらへ!!」」」
「はなせ~」
斯くして、小谷城下須賀谷の夜はにぎやかに更けてゆくのであった。
みな、雪見酒と洒落込んだそうな。