~次郎の回想~
短めですが、次郎の話
~次郎の回想~
私は、とあるところの小領主の跡取りだった。跡継ぎとして厳しく育てられたものだ。
父上の期待に応えようと、日夜ひたすら修練に励んだ、頑張れば、いつの日か必ず報われると思っていた。
理不尽だと思う心を、必死に押し殺し、腕を磨きあげた。努力は結果をもたらすはずだった。
しかし現実は、あまりにも非情で厳しくつらいものだった。私の許婚は、とある事情で国を離れていった。
離れ離れになりながらも帰りを待ち焦がれていた許婚は、先月ようやく帰ってきてくれた。
流浪先で世話になった者と仲良く連れ立って……。跡取りとして育てられので、許婚を待っていたのに。
気がつけば、私は絶望から出奔(家出)してしまった。夢中だったので途中のことはあまり覚えていない。
逃げることを選んでしまうとは、私の心のなんと弱いこと……。
もはや家に帰れない。
さすがにもう頭は冷えたが、国元へ帰る気にはなれない。
とりあえずはと、京の都を目指しあてもなく旅を続けていた。
今の世の中は、物騒だ。
だけど、ひと通りの武術を修めていたおかげで、道中特に不安はなかった。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
近江観音寺城下、石寺という所の市場の賑わいを覗いていた私は偶然、苛められていた彼、猿夜叉丸と出会った。
彼は気丈にふるまっていたが、恐怖で震えていた。
むりもない、まだ小さいのに大きな子供数人に取り囲れて苛められていたんだ。本当に放っておけない。
要らぬお節介とは思いつつも、どこか弟のように感じる猿夜叉丸を元気づけようと「やしゃ君」と呼び、舎弟扱いして家まで送り届けた。
もちろん、冗談半分だ。かなりの家の子らしい。
身の上を聞けば、質としてここにいるらしい。まるで松平の若君みたいだな。
家人に案内され屋敷に入る。
よかった、人質とは云えそれなりに大切にされているようだ。
そのためか、部外者の私も咎められること無く屋敷に招き入れられた。
これも、なにかの縁であろうか?
剣の師として乞われ、少しばかり稽古をつけることとなった。
無心に剣を振るうことにより、私の中に燻っていた荒れた心も次第に落ち着いていった。「やはり剣はイイ」
しばらくの間、屋敷に滞在し「やしゃ君」に剣の稽古をつけてあげた。
少しばかり厳しくしたが、がんばって食らいついてきた。
彼には今、向上心がある。
弱い自分を受け入れ強くなろうと藻掻き苦しんで、なお、自分を高めようとしている。その心意気に惹かれた。
「必ずや良い領主になるだろう」
短い間だったが、充実した日々だった。
彼が城下のお屋敷に移ることとなり、私の師匠役はおわった。
別れの時、姿が見えなくなるまで見送った。
剣の達人?次郎の話です。
果たして、次郎は何者でしょうか?
これ以降も、しっかりと稽古を続けて、やしゃ君も一皮むけます。