覚醒(めざめ)という名の現状把握
本来は、負け組である長政の人生を楽しく描いている作品です。
今回は、現状を確認するお話しです。
おまけとして、長浜ネタを少しお届けいたします。
― ある終焉と始まり ―
天を焦がすほどの炎が赤々と燃え、山が緋色に染まった。
天正元年(1573年)9月1日
堅城と謳われた、”小谷城”が落城した。
秀吉の策により分断され追い詰められた久政は、すでに小丸にて自害している。
浅井家最後の当主である長政は、その後もしばらく本丸にて持ちこたえた。
そして、”浅井の血を残す”という、最後の務めを果たしたのであった。
正室のお市の方を3人の娘と共に織田軍に引き渡した。この日。
浅井長政は、赤尾屋敷にて……弟の浅井政元、重臣の赤尾清綱らと共に自害した。
小谷城は落城した。
江北の大名、浅井氏は亮政から三代で滅亡したのである。
その様子を、悲しげにじっと見詰める”ひと柱の女神”がいた事は、誰も知らない……。
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― 目覚め ―
「え?……なにこれ?」
これが、この世の第一印象であった
いやあ、まあ参っちゃったね。
気がついたら 俺は赤ん坊で何もできずオッパイ飲んでたわけさ。
最初はあまり頭があまり働かなくって、おとなしく普通に赤ちゃんをしていたんだ……。
何しろ自分ではまったく動けないし、なぜか凄く眠かったんだ。
赤子の俺の耳元で、子守歌代わりに都合良く『現状』を教えてくれる乳母もいなかったしね。
「猿夜叉丸さま、……」
唯一手に入った情報は、俺の名前とか…… ”猿”だってよ!(苦笑)。
父上や母上の名前すら、「殿」、「お方様」としか判らずじまいだし。
じいが「弥左衛門」とまた時代がかった名前で、乳母が「まつ」、下女が「おせん」と言うことくらいしか判らなかった。
視覚情報で判ったのは、皆が和服である事、俺のおしめが布。部屋には畳も無く床バリで。布団が硬い事くらいかな?
「どんなけ貧乏なの!!」
じぶんの情報が判ったのは、ずいぶん後になってからの事だが、正直思い出したくも無い。
刀を差したお侍さんに囲まれた時は、おもわず死を覚悟したよ。
ホント怖かった。
まあいわゆる、『戦国時代に転生』というヤツです! かね?
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父の姿は無かった、早合点した俺はてっきり
『戦死したのかな?』
そう思って、『聞いちゃ悪いかな?』と、なにも聞かずに黙っていたら……。
どっこい、なんと生きているらしい。
というか、ぶっちゃけ俺を人質にして、のうのうと生きているらしい。
俺は人質って事らしい……。
「はあ? ”人質”何それって?」
いったい何したのさ~父上よ。
これは後で知った話だが……。
ホント何それだよ!
落ち目の親父が、みっもなく敵さんの『六角氏』に降伏した。
そして、戦国の習いで奥さんを人質に……。
最後のお別れで盛り上がってニャンニャンしてしまい、俺を仕込んだらしい。
おかげで敵さんの城内の「とある屋敷」で出産となったらしい。
笑えない笑い話だ。いい笑いもんだ。
宿敵の未練がましい無様さをあざ笑う為に、わざわざ敵方の皆さんが大勢で祝いに来たとかなんとか。
で、生まれてきた俺も散々”見世物”になったらしい。
下女のおせんから、そう聞いた。
『 生まれた俺が男の子、と聞いた小谷城では…。
「うわっ、ご嫡男でござる、やべっ!」
…ということで、急遽傅役に抜擢され若(俺)につけられた。』
と、爺が遠い目をして教えてくれた。
何でも爺のところも子供が生まれたばかりで、奥さんが乳母にちょうど良いみたいな……。
という流れで、いきなりの人事だったらしい。
すまん、爺よ!(若いけど)
父親が不在のため、しばらく名無しの権べい状態が続き……親父の幼名で良いじゃん!
と、とりあえず『猿夜叉(仮)』と呼称されちまった。
これも後で知った話だが、親父も幼名では、相当に嫌な想いがあったらしい。
皆に猿、猿云われうんざりいしていたらしくて、息子が『猿夜叉』では可哀想だから『夜叉丸』にしょうとしてたらしい。
「小谷」からその知らせが届く頃には、すでに『猿夜叉』が定着。
敵のえらいさんに……。
「(こいつ赤ん坊でサルみたいだし)、もう猿夜叉でいいじゃん」と酷い事いわれた為、逆らえなかったそうである。
まあ良いかということで……、俺の名前は、『猿夜叉丸』と幾分長ったらしく、みょうちくりんな名前になったのだ。
生後しばらくは母親が側に居てくれたが、すぐに居なくなってしまった。
父も母もおらず、寂しい人質生活が続いた。
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「はあ~」
溜息もでよう、『小谷の若君』で『六角』さん『人質』という事は、……。
俺って、もしかしてあの『浅井長政さん』だよね!
『やった~死亡フラグ~』と喜ぶ奴は、いないだろう?
絶対に歴史改変してやるぞ~
『浅井長政』といえば
義務教育を受けていれば、み~んな知っているが、実はよく知らないという。
なにげに、ものすごくマイナーな人物である。
何故か「あさくらちゃん」と大の仲良しと思われている。
たいてい信長とその妹のお市、姪の茶々を介したエピソードしか知られていない。
そう、敗者は地味に消え去るのみなのだ。
前世の俺が住んでいた長浜市は『太閤秀吉の出世の町』として、わりと有名な街だ。
戦国時代が舞台となる大河ドラマでは必ず出てくる。
「太閤記」だろうが「前田利家」「山内だめ豊の妻」「お江」「黒田官兵衛」「豊臣秀長」「竹中半兵衛」「石田三成」
誰が主人公でも、必ず長浜の”町おこし”のネタになるのだ。
ぶっちゃけ3年に1度は必ず、某N○Kのタイガードラマに連動して、町が活気づく。
郷土を作り上げた英雄こそが『太閤.豊臣秀吉公』だ。
彼は「今浜の町」を『長浜』に改名した名付け親でもある。
(ただ単に、「主君信長様の長を貰いました~」と、ご機嫌取りだったのだろうが。)
元々豊臣秀吉の人気は、世間でも、とても高いものがある。
しかし、『長浜町衆』は、別格だ。
江戸時代、譜代筆頭井伊家の彦根藩の支配下というという、絶望的な環境下であるにもかかわらず。
『隠れキリシタン』ならぬ『隠れ太閤ファン』を貫いていた。
『筋金入りの太閤びいき』の恐ろしい町である。
親から子へと、400年に渡って祖父母・父母により代々に太閤殿下の偉業を伝える風習があり、恵比寿神社の社の秘密回廊の裏に太閤様が祭られていたのだ。
…もちろん俺もそうだった……。
長浜の人は、とても純真なのである。
市章はもちろん千成り瓢箪をモチーフに、小学校では校歌に豊太閤のお名前が出てくる。
駅前の公園の名は「豊公園」(ほうこうえん)である、(ゆたかこうえん)ではない。
あくまでも、豊(臣の太閤秀吉)公の園なのだ。
下水道のフタまでもが、千成りびょうたんである。
まあ良くある郷土の英雄様である。
俺も大の秀吉ファンであり、石田三成(ご近所出身)の擁護者でもある。
土地柄ゆえか、歴史が大好きで資料とかもそれなりに読んでいた。
(王道の近畿・東海地方限定)
俺は子供の頃から、まったくゲームに興味を示さなかった変った子だったが、
『太閤談志伝』と『信秀の坊や』シリーズは別腹であり超大好きだった。
「連休の前日から三日三晩やり続け、気がついたら出勤日の朝」などは、ザラという中毒状態であった。
浅井さんは、本来地元密着の親しみ深い人なのだが、俺的には馴染みが無かった。
一応、クリアしたあと「長政プレイ」もしていたので、多少の知識はあるが、興味は薄かった……、ゴメン。
だって秀吉の敵だし。地味だし、オリジナル武将を登用していた。
戦国に思いをはせ、どちらかと云えば夢見がちだった俺。
「もし、信長に出会ったらどうするか?」とか、
「秀吉の家来になったらどう取り入ろう?」とか、
「悔しいけれど、やはり家康の家臣が安牌か? いや、戦闘か、貧乏で死ぬ(笑)」
「三英傑に生まれ変わるのは、流石に身が持たない気がするので、ごめんである。」
「小田原の北条さんの一族になら産まれても良いかな?」
「三成助けるのは無理か?小早川覚醒ルートで行こう」
なんて夢想を無双していましたが……。
浅井家は、実に盲点です亮政、久政、長政以外はたいして判らない、他の兄弟がいたとは思う。
磯野君(某日曜日夕方のご長寿一家のご先祖さん?)がいたのは強烈に覚えている。
せっかく転生したのに、なんで『浅井長政』なんだよ~
転生はつらいよ。
『長浜の町衆』ですが、実話です。
秀吉が町を作る際、朱印状を出して免税にしたんです。
商人がこぞって長浜に来て、あまりのことに秀吉がOrzしたとか。
だから、『長浜の町衆』は強烈なタイガースファン並の太閤びいきになりました。
それで、徳川の御代になって、井伊家が来たのですが……。
『免税しろよケチ』とばかりに太閤さんの朱印状を見せて見事、免税を勝ち取った。とか言う逸話を、聞いた事があります。
祖母情報(おばあちゃんのお話)事実確認はしていません。
直政が死んでいて良かった。
絶対OHANASIされる~ぅ。