メイドのこと。 前
胸糞悪い感じに仕上がっています。
ご注意下さい。
「リアに会いたいわ。」
結界を必要としなくなった私は、執事によって別の部屋に案内されました。
元いた部屋は家具や絨毯など、全てを入れ換えなければならないとのこと。幼い頃に何度もあった事のある年老いた執事には、まったく昔から変わりませんなと苦言を呈されました。
興味本位で爆弾作って東屋を吹き飛ばしたことなんて、覚えていなくてもいいのに…。爆風がお好きでだなんて、人を危険人物みたいに。
「分かりました。すぐにお連れします。ですが、その前にお着替えをお持ちしましょう。」
部屋に入った途端に私が告げた願いを、執事は笑顔で迷うことなく承諾しました。
良かった。少なくとも、リアは無事で屋敷の中にいるということだもの。
ですが、その後に続いた言葉に自分がまだネグリジェ姿だったことを思い出しました。大立ち回りをしたりしている内に、すっかり忘れていました。
しかも、ネグリジェの裾は私が引き千切っていたのでボロボロです。
「私が着ていたものがあるでしょう。あれを返してくれればいいわ。」
「いえ。あの服は少し手違いが御座いまして。髪飾りなどはお返ししますので、どうかこちらが用意しましたもので我慢して頂けないでしょうか。」
手違い?
執事を睨みつけましたが、表情一つ変えません。
「それでは、メイドに持ってこさせましょう。」
こちらが返事も許しもしていないのに、勝手に話を進めないでもらえないかしら。
「暇を潰す話し相手が欲しいのだけど。」
「では、丁度同い年のメイドがいますので、それに持ってこさせましょう。」
どんなに睨みつけてもビクともしない様子に、私は諦めることにしました。
魔力を消費して疲れていたし、何より早くリアに会いたい。
それに・・・メイドを寄越すのなら、先程見た彼女が来てくれれば話が早い。
あの顔は、絶対に間違いありません。
あの当時に、嫌でもよく見た顔ですから。
それにしても、一体何が起こっているのか。
国の端に居ても、情報を集めることだけは欠かさなかったのに。
表立って流れて来ていたのは、王太子妃が皇国を動かし帝国の侵略を止めたのだという賛辞。王太子妃のおかげで笑顔にあふれる日々が送れているという称賛。
裏から流れてきたのは、王城を探ろうとした人間が姿を消している事くらい。でも、それは国で一番の警備をしいている王城でなら当たり前のことだし・・・。
何が起こっているかなんて具体的なことは何も流れてこなかった。
むしろ、場所柄か帝国の情報の方が多かった。戦争が始まった直後から国内で起こった不穏な動きが鎮まらず、帝国内部を揺るがし続けているらしい。
「失礼します。」
ノックする音が聞こえ若いメイドが一人、服を手に入ってきた。
その顔は、やはり彼女のもの。
メイドも、僅かに目を逸らしながら部屋に入ってきた。その表情は気まずげに伏せられている。
「お着替えをお持ちしました。」
「こんな所でメイドの真似事などして、一体どういうつもりなのかしら?
ブルーゴ侯爵家の令嬢ともあろう貴女が。」
顔を伏せた状態のまま、彼女は私に近づいてきた。
その顔は確かにそうだと確認し、間合いに入られる前に声をかけました。
敵だと判断すれば、即座に攻撃できるように。それだけ、彼女は危険な存在ですから。王太子妃になった
子爵令嬢マリア・テレースの親友ですもの。
学園で、いつも彼女の傍に付き添っていた姿を今でも覚えています。
学園の生徒を全員集めて行なわれた糾弾の際にも、青白い顔をしていましたが確かにマリア・テレースの後ろにいました。
侯爵家の娘でありながら子爵家の娘であるマリアと同格のように付き合っていた事に難を示した他の女生徒たちに、「身分など関係なく仲良くなりたいお友達だから」と言っているのも、聞いたことがあります。
私の問いかけに、ユリア・ブルーゴの肩が揺れ、立ち止まりました。
どうやら、本人で間違いないようね。
「ユリア・ブルーゴ。こんな所で何をしているの?」
返答しだいでは・・・
「ブルーゴ侯爵家はもう、ありません。」
全身に力を入れたところ、震えた声が返ってきました。
ない?
そういえば、戦争後に王太子妃に責を、と唱えて潰された貴族の中に、侯爵家は4つありましたね。もしかして、その一つだったのが・・・
「親友の御実家まで潰してしまうなんて、純真無垢だという王太子妃も怖い方になってしまったものね。」
ユリアと彼女の関係を問うた相手にユリアが言った言葉を使い、皮肉ります。
「マリアは、私のことを要らないと。」
ユリアは、戦争の前には王太子妃マリアの傍から離れていたのだと、そう呟きました。
「どういう事?貴女は彼女の親友だったのでしょ?」
貴女も、マリアも、大切な親友だと言い合っていたじゃないの。
それを、要らないって。
私は、どういうことなのか話すようユリアを促しました。
あ、あの粛清が始まる少し前の事だった。
マリアが、指輪を落としたの。
それを後ろで見ていた私は拾って、マリアに渡したわ。マリアは「ありがとう」と言って受け取ったのだけど、次の日に指輪をゴミ箱に捨てているのを見てしまった。ゴミ箱に捨てられた指輪が気になって、拾ったの。そうしたら、その指輪はバッカス君の婚約指輪だったことに気づいたの。
その時は、受け取ったのはいいけど自分のものでは無かったから捨ててしまったのかと思ったわ。だから、私は指輪をバッカス君に届けなければと思ったの。
「ちょっと待って。どうして、それがマークの指輪だと?」
話を遮ることになりましたが、どうしても気になりました。
指輪を見ただけで、何故マークの物だと分かるのか?
「バッカス君の婚約指輪、不思議な乳白色の宝石がついているわよね。私は、それが気になって何度か目を向けていたから。我が家は宝石が取れる鉱山があって、宝石を見る機会は多かったの。だけど、あんな宝石は見たことがなくて。真珠でもないし・・・。」
そういえば、ブルーゴ侯爵家の領地は、上質な宝石の産地だったわね。
それにしても、乳白色の宝石ね。あれは、婚約の際に父がマークに渡したものだわ。婚約指輪は男性側が作るものだけど、サルド騎士候家の人間の伴侶となる者にはこれを見に付けさせろと曽祖父が言い残したのだと、婚約指輪につけるよう渡していたのを覚えている。
確か、曽祖父が作った石で、悪しき想いを破る力、破邪の力が込められていると言っていたわね。
「遮ってごめんなさい。」
「いいえ。」
指輪を渡そうにもバッカス君の様子がおかしくて、指輪を受け取ってくださらなかった。でも、ものは婚約指輪だから何度も渡そうとしたの。そんな馬鹿な話を誰かに、特に貴女に聞かせてはいけないと思って、人目がないところでバッカス君を捕まえて。もう諦めようかしらと思ったこともあったけど、そうしなければいけないのだと、どうしてだか頭から離れなくて。
そして、貴女が、学園を去った後にも一度だけ。
バッカス君に受け取ってと渡そうとしたわ。あんな事があった後だけど、だからこそ二人の婚約指輪を持っているのは怖くて。
そうしたらマリアが現れて、「ただのサポートキャラの癖に」と。一体、何を言っているのか。私には分からなかった。指輪のことを伝えようとしたのだけど、全然耳を貸してくれなかった。いつもの彼女じゃない、冷たい顔で、とても怖かったわ。
そして、言われたの。
もう要らない。消えて。
そこから、記憶が途切れているの。ただ最後に、バッカス君が床の上を転がる指輪を拾っているのだけは覚えているの。
気づいた時、私はこの屋敷にいたわ。
あれから、一月程経っていたわ。
気づいたら、ボロボロの部屋の中に、首や手に、たくさんの傷があった。
たくさんの傷がついた床に座って、バッカス君と手を繋いでいたの。
手の中には、あの指輪があったわ。
バッカス君が言うには、「要らない」そう言いながら自分で傷つけていたのだと。でも、私にはそんな記憶は無くて、そしてマリアが怖くて。
気づいたら怖かったの。どうして彼女をあんなに信じていたのか。どうして、彼女がやることを見ていることが出来たのか。
私は見ていたの。彼女がバッカス君や王太子様たちを待ち伏せしたり、それぞれにまったく違う言葉を囁いているのを。でも、それが間違ったことだと、あの当時は考えもしなかった。そのことに、愕然としたわ。
バッカス君は、私に指輪を持っているように言ったの。
バッカス君も指輪を拾ってから、頭が晴れるみたいに自分の今までの行動に愕然とするようになったと。拾ってすぐの頃はほんの僅かな時間だったって。でも、どうしてとマリアの事を疑い出したら、段々とその時間が増えていった。でも、マリアと二人きりになって声を聞くと、彼女の言う事を聞いてしまう自分がいるんだって頭を抱えていた。
彼と同じように私も、指輪を持っている間だけは自分を傷つけずに正気に戻れていると教えられた。
私が正気を失っている間に、私はマリアに暴力を振るうって行方を晦ませたことになっていることも教えてくれた。生徒たちは誰もそれを疑わずに、全員で肯定しているのだと。バッカス君も、その言葉に逆らえなかったのだと教えてくれたわ。だから、この屋敷で隠れているといいと。出て行けば生徒たちに殺される。そんな雰囲気が学園を覆っているんだと。
メイドをしているのは、客人として滞在するのが怪しまれるから。マリアはバッカス君たちが自分以外の女性に目を向けるのを嫌がるようになって、近くにいる女は全部排除しろと命令したらしいの。何度か、バッカス君に殺されそうになったわ。使用人はしょうがないとマリアが言った事で、メイドに扮していれば大丈夫だと分かったの。それからは、メイドとして働いて、帰ってきたバッカス君を指輪に触れさせて正気に戻す。そんな生活を送っていたわ。
一年後、帝国が攻めてきて、近衛騎士になっていたバッカス君は戦場に行ったわ。
その戦争も、マリアが要請したという皇国の動きと、帝国内部の問題ですぐに終わった。けれど、戦争から帰ってきた時には、バッカス君の目は空ろだった。もう、指輪を当てても完全に正気に戻ることが無くて、苦しそうに何とか自我を保っているような状態だった。
それでも、私に出来ることは帰ってくる彼の正気を戻すだけだった。
そうしている内に、街の人々までおかしくなって。
貴女の元に、バッカス君が赴くことになったのは、マリアの命令なの。
帰宅して支度をしていたバッカス君に指輪を触らせて、苦しそうな彼から聞いたわ。
「あのエリザの場所が分かったわ。会って、罵って、絶望させて、そしてコロシテきてね」「私がこんな事、御願いしたのは内緒よ。」そう言われたんだと言っていたわ。
バッカス君は言っていたわ。
俺は死ぬだろうって。そんな事をエリザにしに行けば、エリザの家族がそんなことを許すわけがない。あんなことをしたんだから、謝っても意味は無い。マリアからは死ぬことでしか逃げられない。
だから、バッカス君が貴女を連れて帰ってきた時には驚いたの。
「だから、何?」