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彼のこと。  後

「座れ。」


グイッと強い力で、ソファーの上に座らされました。

木箱を近くのテーブルに置き、その中から茶色の瓶とガーゼ、包帯を取り出したマーク。

私の前に片膝をつき、床にしゃがむ。

左腕に巻いていた赤く染まった布を外し、塞がり始めている傷口に茶色の瓶に入った塗り薬を塗ってガーゼの置き、その上から包帯を巻いていきます。

スルスルと巻いていかれる包帯を見ながら、早く終われ、早く目の前から消えろ、早く解放しろと心の中に渦巻く思いに浸ります。彼の顔など見たくも無くて。


「お前が、何か騒ぎを起こすことは分かっていた。昔から、そうだったからな。涼しい顔をして猪突猛進な所があった。」


包帯を巻き終わり、立ち上がったマークが私の目の前に立ち、見下ろしてきました。

それが何?

今さら過去を懐かしみ、どうしようと?その過去を切り捨てたのは自分でしょ?

それにしても、何なんだろう。

あまりにも、変化が激しすぎる。

怒鳴ったと思ったら、穏やかになり。

激しく責めたと思ったら、過去を懐かしむ。

しかも、そんなに苦しそうな顔をして。


「お前を連れて来たことを、彼女は知らない。」

友達なのに秘密を作るなんて駄目だ。そう言っていた彼女が知ったのなら、怒って泣いて拗ねるでしょうね。


「こんな事を言っていい立場じゃないことは分かっている。」

再び、私の前に跪いたマーク。

私の右手を取って、頭を下げた自分の額に押し付けました。

「どうしてかは分からない。だけど、ここにいてくれ。でないと俺は・・・」

本当に口が裂けても言っていい言葉でも立場でもない。

殺すことは出来なくても、殴るくらいはしてもいいはず。

左手を硬く握り締め、拳を作りました。


「お前は部屋の中に閉じ込められて、大人しくしていられないだろう。屋敷の中は自由にしてくれて構わない。」

拳を叩き込もうとした左手を掴まれ、両手を掴み私の自由を奪ったマークは俯いていた顔を上げて、苦しそうな目を真っ直ぐに私に浴びせてきました。

あぁ、もう!一体、何だというのか。

殴る程度も許さないというの?ふざけるんじゃないわよ。


日々訓練を欠かしていないだろうゴツゴツとした片手で、私の両手を纏めて掴むマーク。

両手を一つにされそうになった時に反抗もしましたが、訓練している男の力はビクともしなかった。

そして、空いた手でマークは細く長い黒い布を取り出しました。

その布からは、ほんの少しではありますが、魔力の存在を感じます。

魔道具なのでしょう。

それで、一体何をしようというのか。


「屋敷の中は自由にしていい。でも、外は駄目だ。逃がせない。」


器用な手つきで、その布は私の首に絡ませ結びつけられました。

「何、これは」

首に巻かれた途端、その布は一瞬だけ強い魔力を放ち、拘束から開放された自分の手で触れると、繋ぎ目が一切無い布が首に張り付いている状態になっていました。


「取れないし、切れない。この屋敷から出れないようにするものだ。」

なっ。そんなもの・・・

怒鳴り散らそうと口を開いた私の声を、マークの懇願する声が遮りました。

「ここにいろ。頼むから。お前が傍にいると昔の俺でいられるんだ。」



「旦那様。王宮より王太子妃様が御呼びだと使いの者が迎えに来ております。」


「分かった。」

「えっ?」


それは突然の、そして豹変といってもいい変化でした。


まったくもって、意味の分からないマークの言葉に頭を捻り、眉を顰めます。

「意味が分からない」と素直に聞き返そうとした所で、部屋の扉を数回叩く音で遮られました。


そして、外から用件を伝える使用人の声を聞いた瞬間、その変化は起こりました。


それまで泣きそうな顔をしていた彼の表情は、眉間に皺が寄せられ、苦悶を浮かべるものになりました。

そのまま、体を震わせて胸を押さえ俯いていき、振るえが止まった途端に何事も無かったかのように起き上がり、部屋から去っていきます。

一度も私を見ることなく、その目には光が無く、スタスタと去っていったマーク。



何処からか、ほのかな甘い香りが漂ってきました。





どういうこと?

あんな・・・情緒不安定?

いえ、あれは人格さえも変わっているとしか・・・


この魔道具。

人の動きを制限するだなんて、制御の、維持も困難で、魔力の消費が激し過ぎる。

こんなことを出来る魔術師なんて、限られている。

誰が?

一体、マークは誰にこれを作らせた?


まさか。


1人、マークが懇意にしている魔法使いの姿が脳裏を過ぎります。

マークや彼女以上に、憎くて仕方がない姿が。

彼女の取り巻きの一人になった、世界でも最高峰に位置する魔法使いなら、この程度の魔法は簡単に施すことは可能でしょう。

でも、あれが魔法を使う?こんな事の為に。

彼女に、魔法が無くても好きだといわれて、馬鹿のように喜んでいたあれが?


それに、あの言葉。

「昔の俺でいられる」?

何、それ?どういう意味だと言うの?

今と昔が違うとでも?

確かに、昔はもう少し考えられる人だった。騎士道を重んじて、真面目で、女子供にすぐに手が上がるような部分は片鱗も無かったはず。


最後に見た、光のない、虚ろなあの目。

昔、家で見たことがあります。

幼い頃、お婆様が生きていた頃の事。子供ならばとサルドの血を狙った侵入者たちが、お婆様に薬を飲まされた後、あのような目になっていました。

意思を失わせて、操る薬。薬師であったお婆様が得意としていた薬でした。


マークは誰かに操られている?

誰に?

いえ、多分、彼女でしょうね。

だったら、何故?何時から?

そして、操られているのに私の事を報告していない?


それにしても、私のこの予想が当たっているのなら、何と愚かしい事なのか。

騎士ともあろうものが、薬を盛られるなどと。

呆れます。呆れて物も言えない。


それが、彼らの言った「愛」というものなのでしょうか?


それにしても、何が、どうなっているというのか。

もっと知らねばいけませんね。

事と場合によっては・・・・




先程見かけた、あの方に聞いてみましょうか。

私の見間違いでなければ・・・・・







・・・・・・・・・・・・

近衛騎士マーク・ナウ・バッカスは馬を駆ける。


甘い、甘い香りが漂う王都の中を。

愛しい彼女が呼んでいるのだ。道行く人にも目をくれず、ただ真っ直ぐに馬を王宮へと向けて走らせる。


彼女に呼ばれるという栄誉ある事に恍惚とした表情を浮かべ。


にこやかに笑い続けている住人たちが行き交う通りを駆け抜ける。


その頭の中には、ただ1人の愛しい彼女だけを思い浮かべて。

マークがおかしな事になっているということが上手く伝わればいいのですが・・・。

大丈夫でしょうか?


監禁が軟禁になりました。

でも、自力で逃げる手立ては完全に無くなりましたので、エリザを助けるヒーローが必要になりました(笑)

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