彼のこと。 前
誤字・脱字、わかりにくい表現などのご指摘ありがとうございます。
ご指摘頂けたところは、直せていると思います。
これからも、お気づきの点を指摘して頂ければ改善しますので、気軽に言って頂けると助かります。
皆様の嬉しい御言葉に喜び、深く感謝します。
もくもくと白く煙るものも治まり始め、しばらくすると視界が利くようになってきました。
「えっ?」
煙が晴れ、私は目を見張りました。
あれだけの爆発だったというのに、扉にも壁にも傷一つ付いていない。
部屋の中の家具は近くも遠くも、大きさはあるものの全てが被害を被っています。だというのに、壁と扉だけは綺麗な姿を保っています。
まるで、牢獄のよう。
そんなイメージが脳裏を過ぎりました。
目を拵せて見れば、窓と同じ結界が壁全体に施されていることが確認できます。
私を逃がさない為に、壁を強化して檻としたのでしょうか。
まるで、猛獣のような扱いですね。
・・・失礼な。
やはり、おかしい。
彼の後ろに誰かがいる?
これだけの結界を作り、維持できるような魔術師をマーク1人で手配出来るわけがない。そして資金も。彼女?いえ、こんなことに協力するとは思えない。
では、誰が。
そうこうしている内に、廊下の外に足音が聞こえます。
イスが壊れる音は無理でも、さすがの爆発音は屋敷中に響き渡ったことでしょう。
足音は、十人分以上は確実です。
さて、では準備をしておきましょう。
まだ少し残っている煙を、風を使って一塊に集めておきます。
それを扉の前に浮かせておく。
そして、私は内側に向かって左側を支点にして開く扉、その右側で体をしゃがませました。
後は待つだけです。
慌てながら走って来る足音。
少々の音なら聞き流せと言われたが、こんな音は・・・
爆発するような物は部屋には無い筈なのに・・・
扉に耳を当てていると、そんな声が聞こえてきました。
イスが壊れる音はちゃんと聞こえていましたか。
それにしても、私は暴れると思われていたようですね。
流石は元・婚約者、元・幼馴染。まさか、私のやりそうな事を覚えているなんて思ってもいませんでした。
扉の向こう側に人が集まり、チャリという音が聞こえました。
それが鍵を取り出した音だと予測して、扉に当てている耳を離し、息を殺してます。
「どうかなさいましたか、お嬢様!」
懐かしい声です。
この声は、マークが爺と呼んでいた執事ですね。
扉が開き、中の惨状に呆気に取られている執事たちに、扉の前の空中に固めて置いた白い煙を、突風を吹かせることで浴びせ掛けます。
焦げ臭い煙を突然全身に受けた彼等は、一歩後退して咳き込みます。
その隙に、部屋に入ろうとした体を廊下に一歩下がらせた、執事を始めとする集まった使用人たちの間を擦り抜けて、廊下を駆け抜けます。
集まっていた使用人、走り抜ける間にすれ違った使用人、走り抜ける間に見ただけでしたが、その全てが年配の者たちで、若いメイドや従者の姿が無い。
どういう事だろう。
いえ、1人だけ。
集まっていた中に、1人だけ若いメイドがいましたね。
ですが、あの顔。何故、メイド姿でここにいるのでしょう。
それにしても、リアは隣にいるって言っていた筈なの、一向に扉が見当たらないのだけど?これだから貴族の屋敷って嫌よ。嘘をつかれた?もしかして、反対方向だったかしら?
50m程走り、突き当たりを曲がります。
「何をしている!!」
マークがいました。
白い騎士服を纏い、走っているのと代わらない歩みで、こちらに向かって来ています。
眉間に皺を寄せ、怒りに震えている様子。
その様子は、あの時に学園の生徒たちを集めた中で、私を殴りつけた時と同じです。
何かしら?
彼が近づいてくるにつれ、体を身構えた私の鼻を、強い、甘い香りがくすぐりました。
それは、どんどん強くなり、頭が痛い程の匂いです。
香水?
彼は、そんなものをつけるような人では無かった筈です。
父の、長年の相棒であった副将軍を父に持つ彼は、騎士道を重んじる人でした。戦いに身を置くものが目立つ匂いを発するなど考えられない。
いえ。女子供に手は出せないと言っていた彼は、愛しい彼女を守る為とはいえ私を殴ったのです。それ以前にも、彼女を不条理に責めたと数人の生徒に暴力を振るったと聞いています。
最早、彼の中では教えられた騎士道など無いものなのでしょう。
それならば、香水もつけるでしょうね。
彼女が好きそうな匂いですし。
「こんな事をして許されると思っているのか!!」
足早に近づき、怒号を発して掴みかかってくるマーク。
その言葉、私が言いたいものです。
一体、この男。何がしたいと言うのか。
「お前は!」
マークの手が、私の肩を強い力を持って掴みました。
「ッ」
痛みに顔を顰めましたが、手に持っていた媒介に力を集めます。魔術を持って一矢報いようと。相手は腐っても騎士。私が使える程度の魔術など防ぐ手立ては持っているでしょうが、すでに憎しみしか感じ無い彼にこんな事をされて、何もしないなど考えられない。
火を生み出そうとする。
その瞬間、ガンガンと頭を痛めていた匂いが、フッと消えました。
「いや。」
匂いが消えたと思った途端に、肩を掴んでいた彼の手から力が抜け、怒りに燃えていた彼の表情も一瞬にして静まり、苦しんでいるように歪んだものになりました。
「そうだな。君が大人しくしている訳は無い。」
は?
「腕の怪我を、手当てしよう。」
その豹変した様子に戸惑う私に対し、先程とは違いゆっくりと、恐る恐るといった様子で伸ばされた手で、右手首を掴まれました。
そして、近くにいた年配のメイドに命じて持ってこさせた木箱を受け取った彼に連れられ、廊下を歩かされます。
無防備に背中を見せるマーク。
呆気に取られて、その背中を見ていましたが、次第に怒りや憎しみ、今の今まで、積もりに積もった感情が溢れて、気持ち悪さが襲ってきます。
気持ちが悪い。
この男に触れられている腕から、じわじわと鳥肌が全身に広がっていくように感じる。
きもちがわるい。
こんな男に触れられた自分の体が。
金だわしで、触られた部分を掻き毟りたい程に、気持ち悪くて仕方がありません。
瞬き一つ。
気持ち悪さに我慢が出来なくなった私は、一度目を瞑りました。
ネグリジェの中に隠しておいた、尖った木の破片を逆手に持ち、強く握って取り出します。
武器代わりになるかと、拾っておいて良かった。
腕に力を入れることで、巻かれた布の赤く染まった部分がまた濃くなって、痛みが走る。けれど、そんな事を気にしていられない程に、気持ちが悪かった。
逆手に持った木の破片を、気配を感ずかれないように動いてマークの首元に叩き突ける。
そう考えて、ゆっくりと腕を持ち上げます。
「やめておけ。娘を連れて逃げ切れると思ってるのか?」
背中を向けたままで、マークが言いました。
その声は、先程や家に押しかけて来た時は一体なんだったのだろうと思う程に落ち着いたもので、まるで昔に、彼女に出会う前の彼を見ているようです。
それにしても、やはり騎士ですね。我が家に出入りしながら、真面目に訓練をしていた事はありますか。
一応、未熟な身ながら殺気も動きによる気配も消したつもりでした。それなのに、背中を向けたままで気づかれてしまうなんて。
確かに、こんな未熟な私では、彼を殺したとして追われながらリアを連れて逃げ切れる可能性は低いというもの。
マークのその言葉で、私は腕を下ろします。
気持ち悪さに我を忘れかけましたが、優先しなければならないのは、リアと帰る事です。我を忘れるなんて、一番恥ずべきものなのに。悔しい。
悔しさに唇を噛みます。
そして、辿り着いた部屋の扉を開けたマークに引かれ、部屋の中へと連れ込まれた。
部屋に入り、中に備え付けられているソファーへ向かうマーク。
攻撃させたというのに、まだ無防備に背中を見せている。
考えている展開や設定が、期待を寄せてくださる皆さんに納得して頂けるかドキドキとしています(笑)