シャール王国という最期。 前
胸糞注意でお願いします。
きゃぁぁああん
あまりの嬉しさに、マリアは歓喜の声をあげた。
思わず、その声は裏返ってしまったが、マリアの目の前にはそれも仕方が無い、マリアが夢に見ていた光景が広がっているのだから仕方が無い。
マリアの脳裏から、変な声を出してしまったという羞恥など一瞬にして消え去っていった。
「素敵。ふふふ。本当に素敵。わたしが憧れていたものを、ちゃんと用意してくれたのね。」
両手で頬を包み込み、うっとりと目の前の光景に見惚れているマリアに、頬を染めて恍惚として表情を浮かべ、周囲に集まっている人々はその全身全霊を込めた視線を向けている。
「えぇ、マリア。私の女神。貴女の願いを叶えることこそが、私の生きる糧なのですから。」
やっぱり、貴方が一番ね。
マリアは誰よりも忠実で、マリアの願いを叶え続けていてくれているアズルに、口付けを贈った。
今日は特別だと、特別な御褒美なのよと微笑み、何時もならば額や頬へと贈るそれを、アズルの口に与えてあげる。ただ、口と口をほんの僅かな瞬間、繋げるだけの口付け。だが、そんな一瞬のそれを、アズルは涙を浮かべる程に喜んだ。全身を震わせ、あぁと歓喜の声を上げた。
マリアはそんなアズルに対し、慈愛の溢れる微笑みを向けていた。けれど、その内心では嘲笑を浮かべていた。
もう、この顔を見るのも飽きてきたわね。
身悶え、恍惚の顔を真っ直ぐに向けてくる、アズル。マリアがマリアで無かった頃、もう思い出すのも面倒臭く、どうでも良くなってきた"椿"という名前だった頃、一番好きなキャラではあった。でも、最近思うのだ。これに拘るは必要は無いと。
だって、世界は私のもの。
つまり、この世界に住んでいる者は全て、マリアの物。
もう、見飽きてしまったアズルの顔よりも美しい人間だって、マリアの前に愛を乞うて跪くのだもの。
役に立たない攻略キャラの中で唯一、とっても役に立ったアズルに、御褒美を与えてあげよう。
彼が用意した新しい住いまでマリアを送り届ける役目。
アズルとの最期の享楽を道中、思う存分に楽しもう。
きっと彼は喜ぶだろう。だって、マリアが与えてあげる御褒美なのだから。
「さぁ、アズル。早く行きましょうよ。私の新しいお家に。」
「えぇ。えぇ、マリア。さぁ、どうか私に貴女をあちらに案内する尊き役目を。」
差し出されたアズルの手に、マリアはにっこりと微笑んで、自分の手を重ねた。
マリアの目には、今から向かう場所だけが映し出されている。
それは、百人以上は居るだろう人々が一つの輿を囲み、整列している光景だった。
統一した装い。
十人程は乗ることが出来るだろう広さの御輿は、人の腰程の高さがある壁が四方に築かれ、柱に支えられた屋根が御輿のおおよそ半分の空間の上に築かれ、寝台と見紛うばかりの大きく華美な玉座に陽の光が当たってしまうことを拒んでいる。
ふふふ。
本当に素敵。
アズルにエスコートされながら御輿へと登り、マリアは笑う。
マリアが夢に見て、アズルに『お願い』した通りになっている。
"クレオパトラみたいアレが、私には似合うと思うの。"
ふと、前世で観た映画のワンシーンを思い出し、マリアはアズルにそう告げた。
クレオパトラという人物も、映画という言葉も分からないアズルには、それが何か分からなかったようだが、優しいマリアは戸惑いを見せたアズルに、それがどんな光景なのかを説明してあげたのだ。
古代エジプトの女王、クレオパトラ。
昔、マリアがテレビで観た映画で、多くの奴隷に引かせた輿に乗ってパレードを行なっていた。
その映像を観た時、椿は思っていた。
椿も、あんな時代に生まれていたら、あんなことも出来たのに、と。
妹を始めとする、椿を傷つけ、苦しめた奴等さえ現れなければ、椿が生きたあの世界、時代はとっても恵まれて、幸せだったと言えた。
可愛いもの、綺麗なもの。なんでも、椿が望めば手に入った。
でも、何度も思ったことがあった。
それでも、自由じゃないと。
仲良くしている友達と、面白可笑しく遊んでいただけなのに、椿に変な目を向け、おかしな注意を投げつけてくる人間が居た。
愛は一人にだけ与えるものだと、しつこく言われた事もあった。
そういえば、椿を傷つけた奴等も確かそんな事を言っていたな、とマリアは顔をしかめた。
マリアには理解出来ない、見えない決まりで雁字搦めになっていたあの世界、あの時代は、マリアには相応しくなかったのだ。
でも、この世界は違う。
"神"がプレゼントしてくれたこの世界は、マリアを縛るものなんて何も無い。マリアが法なのだ。マリアが全てを決めることが許されている。
そう、これから始まるのだ。
女神の世界が。
そうだ。
マリアは玉座に座り、出発を指示しようとして、あることを思いついた。
新しい女神の世界に向けて、終わらしておかないといけないものがあったと。
「いらなくなったものは、ちゃぁんと、しょぶんしておかなくちゃ。」
片付けはちゃんとしないと。
マリアの世話をさせてあげていた侍女達は片付けておいた。けど、それ以外はまだ残っている。
それを使って、悪い事をする怖い人も居るんだから。
あの、楓のように。
椿が要らないと捨て置いたものを利用して、椿をイジメた悪い子。
あれみたいな悪い子が、この世界にもいないとは限らない。マリアの世界とはいえ、完璧な女神になったわけでは無く、イベントはまだまだ残っているのだ。
何がいいかしら。
要らなくなったものを処分するには…。
あぁ、そうだわ。
火がいいわ。
真っ赤な炎。
私がしたみたいな、苦しい思いを味わえばいいんじゃないかしら?
私を満足させられなかったんだもの。要らなくなったゴミなんだもの。それくらいでしか私を楽しませられないって、懺悔して?
そう、それがいいわ。
「火を。そうね。真っ赤で、華やかな炎がいいわ。全部を燃やし尽くすまで消えない、とっても強い炎で、私の門出を祝うの。」
「あぁ、流石は女神。なんと素晴らしい考えなんだ。では、魔術による炎を放とう。」
さぁ!
アズルが、整列には加わっていない、王国の兵士達の一団に指示を飛ばす。
その中には、魔術を扱う魔術師達も共に並んでいた。
「マリアの言う通りに。マリアの言葉は何よりも正しい。」
げっそりとやつれた姿、ボサボサで艶のない白髪の頭に王冠を乗せたシャール国王ガンゼの姿も、魔術師の中にあった。
ブツブツと、マリアを讃え、マリアの言葉に従えと命じる言葉だけを吐き続けるガンゼの手元では、魔術の媒体ともなる王杖が淡い光を湛え始めていた。
貴族とは、様々な他を引き離す才を持って、その地位を手に入れた者が始まりとなって興った一族である。その貴族達の血を引き入れてきた王家の血を父から、力を追い求め、強き血を取り込み続けたサルドの血を母から、受け継いで王となったガンゼは、強い魔術を操る力を持っていた。
「マリアの為に。マリアが正しい。」
ガンゼの周囲に集まった魔術師達が、ガンゼに続いて各々の媒体に力を集約し始めている。
「さぁ、行きましょう!」
マリアの声が響き、ガンゼを始めとする魔術師達の手元に、真紅の炎が舞い上がった。
延々と水を放出し続けている噴水さえも燃やし尽くし、地面に敷き詰められている石畳さえも抉る真紅の炎。
それは、ただただ静かに燃え上がり、マリア達が王宮を立ち去れば王宮を、王都を立ち去れば王都を、そして最期にはシャール王国と呼ばれている土地全てを覆い尽くすことになるだろう。
それが、マリアの望みだから。
マリアの望みが叶えられた後、炎を造り出している魔術師達の命も尽きるだろう。
マリアの願い。それを叶える為ならば、魔力が尽きようと、命を削ろうと、ただただ術を酷使し続ける。
それが、マリアの『願い』という至上の命令なのだ。
絶対なのだ。
マリアの命令が…。
なのに、小さな声が上がった。
小さなそれは、御輿を囲む一団が放つ、女神を讃える声の中では、何の意味も持たず、アズルに寄り添い、その身を任せているマリアの耳に届く訳もない。
だが、その小さな声には強い響きが宿っていた。
嫌だ。
死にたくなど無い。
それを口にしたのは、黒い髪を持った一人の兵士だった。




