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マリアの『お願い』のこと。

「あぁ、私の愛おしい人、麗しき女神マリア。貴女のお願いの通り、準備を整え終わりましたよ。」

褒めてくれますか?

うっとりとした表情で、寝台に腰掛けているマリアの手に口付けを落とすのは、再び出向いていた皇国から戻ってきたアズル。

皇国をマリアの魅了の下に掌握したことを報告した後、マリアが願った次の『お願い』を叶える為にアズルは皇国に足を向けていた。

その『お願い』も、完全にマリアの魅了に侵されている皇国ではすんなりと叶えることが出来た。皇国の住人達は率先して『願い』の為に動いたのだ。

"マリアに相応しい、汚い、醜いものが無いようにして。"

その『願い』の通り、皇国は今、マリアが醜く汚いと判ずるものが何も表立って目に入らないようになっている。そう、今の皇国は、マリアがすでに完成させている王都のような状態となっていた。

うふふ。

甘く、脳を痺れさせるマリアの笑い声がアズルの頭を揺さぶる。

部屋の中に立ち並ぶ侍女達の頭も、直接向けられた訳でも無いというのに、強烈に揺さぶった。


その中で一人、気持ち悪いと思ったのは、オウキが魂の一欠片を宿している侍女だけ。他の侍女達やアズルと同じように恍惚とした表情を不自然ではないように作り出し、マリアの魅了の影響化にあるようにと演じる。

マリアの微笑みを浮かべ、その喜びに浸る意識がアズルへと真っ直ぐに向けられていることを確認しつつ、オウキは侍女達の様子に意識を走らせた。

マリアが傍に置くことを許すだけあって、見目はそこそこに良い娘達だ。だが、それも"元"とつく。今や、頬はこけ、しっかりとした化粧を施しているというのに唇はかさつき、目の下には隈が深く刻まれている。顔色は悪く、教育の行き届いた侍女らしく真っ直ぐに立って部屋の隅に待機しているように見えるが、良く見ればフラフラと足が震えていたり、冷や汗を流している者もいる。

いくらマリアの『願い』によって逆らえない状態にあるといっても、体には限界がある。『願いの力』と使えば、普段使われていないという制御されているという人の持つ力というものを引き出せるのかも知れないが、それだって、もう限界を迎えようとしている。


そして…それは、人だけではない。


「ありがとう。嬉しいわ。流石ね、私のアズル。」

マリアがアズルの顔を引き寄せ、その額に口付けを贈る。

「じゃあ、すぐに移動しましょう。もちろん、その準備も出来てるのよね。」

「もちろんです。早く貴女を僕が用意した新しい女神マリアの城にお連れしたい。」

クルリとマリアが部屋の中を見回した。

オウキが一瞬だけ合わせたマリアの目は、歪んだ光を含んでいるように思えるものだった。

価値の無くなったものに評価を下す。

そんな、いやらしさを含んだ目だ。

「此処ももう私に相応しくないものね。私の傍に置いてあげるにも、いまいちな子しかいないし、最近なんだか掃除をサボってるみたいだし。」

「あぁ、それはいけない事だね。君の心を煩わすだなんて。」

それはマリアが次から次へと、気に触った侍女を消していくからだ。

そのくせ、自分の周りに多くの侍女を侍らしていなくては気が済まないらしく、掃除などにまで手が回らなくなっている。

戦乱に巻き込まれた時期もあったオウキが生きていた頃の城でさえ、ここまで汚れが目立つ事はなかった。何よりも優先されるマリアの目に入る範囲でも、これなのだ。マリアが絶対に目に留めない、足を踏み入れない場所がどうなっているのか。マリアの傍に控える侍女の他に、欠片を宿しておいた二人を使って城中を探らせているオウキには分かっていた。


「皇国のお城は、私にちゃんと相応しいものになったのよね。」


自分の『願い』が絶対であると分かっているのに、マリアは笑顔を向けてアズルに尋ねた。


「何もかも、マリアの考えの通りにしておきました。美しい城が出来ましたよ?」

「ふふふ。楽しみだわ。」


マリアは侍女達に支度を命じる。

といっても、荷物を纏めろというものでは無い。

マリアが王太子妃となった後に用意させ続けた衣装や宝飾品などの私物の量は多い。何せ、国庫全てをマリアが使うのだ。いや、魅了の力を強めた後にはそれさえも必要無かった。王都に存在する全て、国に存在する全てがマリアの物。腕の良い技術者は、マリアの為に休むことなく、マリアが気に入るものを作り続けることが全てとなった。今や、城の半分は、マリアの為に作られ、集められたものを収めるクローゼットとなっている。

だというのに、マリアはそれらを持っては行かないのだと言う。

何故なら、皇国に用意されたマリアの城に入り、また用意させればいいと考えているからだ。

こんな小さな国で用意したものなどより、より美しいものが皇国では手に入れることが出来るだろう。


マリアの胸の中には、もう皇国で待っている自分のお城しか無かった。

マリアにとって、もうこの国も、支配下に置いた民達も不要品に部類されていた。



「それにしても、アズルはこんなにも良い子なのに、シオンもロッソも何をしているのかしら。」

今の所、マリアの『願い』を叶えて戻ってきたのは、アズルだけだった。

ティグ王国に向かわせたシオンも、帝国に向かわせたロッソも、帰ってくるどころか連絡も無い。

アズルによってもたらされた報告に胸を躍らせていたマリアだったが、二人のことを考えたら苛立ちを隠せずにいた。

「麗しき女神マリア。そんな無能達のことなんて気にしないで。今は、僕だけを目に入れてくれないか。愛しているよ、マリア。」

「もう、仲良くしなくちゃ駄目よ。」

自分と同じ取り巻き達を貶すアズルをマリアは嗜める。

だが、その表情は悦びに満ちていた。


「まぁ、いいわ。まずは皇国だもの。元々が私の為に用意された世界なんだから、少しくらいイベントとか障害とかがあった方が面白いし。」


自分の世界なのだと恥ずかしげも無く言い放つマリア。

"神"のことを完全に信じているような姿に、オウキはオリヴィアとの違いを改めて感じた。


「さぁ、行きましょう。」

みすぼらしい場所に何時までも居たくない。

手を差し出してアズルの手の平に乗せ、彼の支えを受けながら立ち上がる。

そして、そのままアズルにエスコートされて部屋を去っていった。

『お願い』されてマリアの傍に何時も居て、身の周りの事を全て行なってしまうようになっている侍女達がその後に続こうとした。

だが、その行動は頭だけ振り返ったマリアによって止められる。

「もう要らないわ、貴女達。」

それだけ言うと、マリアはアズルと連れ立って歩いていった。


要らない。

そのマリアの言葉を聞いてしまった侍女達は、次々と窓の外へと足を進め、バルコニーから身を乗り出していく。


「ッ!」


頭の中に響いていたマリアを賛美する甘ったるい声には耐えていたオウキだったが、"要らない"という言葉がより効果が高かったようだ。

気を一瞬でも抜いてしまえば、オウキが体を借りている侍女も窓を越えてバルコニーから姿を消すことになるだろう。

だが、何とか耐え、侍女と衛兵二人に宿らしている欠片へと繋がる。


ある部屋で、マリアの道具と化した少年を見ていた侍女の視線によれば、少年はマリアと共に皇国に向かうことはなく、置かれた部屋には何の動きも無い。


城の庭に居た衛兵の視線によれば、、アズルが用意しておいたという馬車にマリアが乗り込んでいき、城を出て行こうとしていた。


此処に居る必要も無くなったな。

オウキは、可愛い曾孫達の元に帰ろうと行動を始めた。






……………………………………………………………………………………



エリザの目には、エリザが予想していたよりも酷い光景が広がっていた。


石畳で綺麗に整えられていたはずの地面は大きく抉れている。

テイガにシギなど、訓練場だという場所に集まっていると言われた者達の誰一人として、顔や服に汚れが無いものはいない。

イザークなど、地面に仰向けに倒れ胸を上下させるだけで、他はピクリッとも動かない。


だが、オリヴィアによって連れられてきたエリザの目を奪い、驚かせたのは…。


「どうして、王太子殿下が此処にいるの?」


薄っすらとした笑みを浮かべて其処に立つ、ティグ王国に居る筈の無い存在の姿だった。

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