悪霊の仮体のこと。 前
私が言いたい事は伝えました。
そう言って、オリヴィア姫は私にテーブルの上に用意されていた食事を取るようにと薦めてきた。
色々な具が挟まれているサンドウィッチが乗っているお皿に、丁度一口で食べれるようにと切り分けられた果物が乗っているお皿、黒や白という色合いの中にレーズンやクルミが練り込まれている丸いパン、そして東の島国の主食として食されている、我が家へは曾お爺様が持ち込んだと言われているオニギリなど、私一人の朝食としては量も種類も多過ぎるそれに、食事が用意されていることには気付いていましたが、その詳細に私は初めて気がつきました。そして、お腹が減っていることにも、オリヴィア姫に食事を振られたことで気がつきました。
素直にそう言えば、いえ言わずとも恥ずかしげも無く主張した私のお腹によって気付いたオリヴィア姫は、「気が張っていたのですから仕方ありませんよ。」と笑う事なく慰めてくれました。
「好みの物が分からなかったので、適当にこの国で食べられているものを用意しました。サンドウィッチの具は、卵の茹でたものと焼いたもの、ハム、サラダ、お肉を揚げたもの、魚を揚げたものになっています。オニギリの具は、東の島国より取り寄せた貝を煮詰めたものです。」
好きに召し上がって下さい。そう言ってオリヴィア姫は冷めてしまったお茶を入れ直してくれてた。
ハッと、王族に何をさせているのだと焼き卵が挟んであるサンドウィッチを手にして口へと運んでいた顔を慌てて上げましたが、オリヴィア姫は笑って首を振りました。
「実を言えば、王族の娘であるオリヴィアとして生まれてから二十一年も経っているというのに、人を使うことに慣れないんです。何もかも、高貴な身分の教えとしては間違えっていますが、自分でやった方が早いし、気が楽だなんて考えてしまいます。ですから、気に為さらないで。」
オリヴィア姫が零すには、着替えや入浴の際に一切動かずに侍女に全てをやってもらう事があまり好きでは無いということでした。
ですが、その表情から読み取れるのは、好きでは無いのではなく、耐えられないというものでした。
高貴な身分に生まれたものは、着替えや身支度など自分の身の回りの事をほとんどメイドなどに任せることが正しいのだと教えられます。サルド家には無い考えに、学園で身分の高い貴族の令嬢である女生徒達から聞く話に驚くばかりではありましたが、それが普通の高位貴族の考え方だと知識として理解はしていました。王城への出入りが許され重用されている家ではありますが、サルド家は自分の事は自分で成すよう教育され、それは徹底されていました。侍女なども家内の事を手伝わせる程度と体面を図るようにと最低限の人数しか雇わずにいましたし、家の外では騎士候家の令嬢と呼ばれるに相応しい振舞いが出来るよう教育が施される一方で、森の中で野宿する術さえも早々に身に付けさせられました。
かと言って、それらを否定するつもりはありませんでした。それが成される為に、貴族の家で侍女として女性が多く雇われていることは事実で、貴族にサルドの考えを押し付けてしまっては、その女性達から職を奪うことになると分かっていました。
けれど確かに私も、オリヴィア姫と同じように、人形のように自ら動かず侍女に全てを委ねて身体のあちらこちらを触れて回られるのは、あまり耐えられることでは無いと想像するだけで思いました。
そして、思いました。
ジェイド兄様の下に嫁いだとしても平然と暮らしていけていたのだろうな、と。
自分の事は自分で。そんな家だからこそ、サルド家の男は結婚相手に困ることが多い。なにしろ、結婚相手も自分で見つけろと、男であろうと女であろうと言われるのです。私の場合は、王家からの口出しが多く両親からすれば仕方が無くと言った理由で婚約者が決められましたが、普通は自分で相手を見つけ出します。その基準は、強さ。それは、そう思って選ぶのでは無く、選んだ相手が強さを持っていたのだと一族の相手を見つけた皆が言いましたが、私はまだ理解し切れていません。
多くの貴族の娘と出会う学園の生徒の中から探そうにも、どんなに何かしらの強さを見出して選んだとしても、貴族として教育を施され育った令嬢達にサルドの生き方は抵抗が多いもので、何よりそれを知っている親や親族達が良い顔をしない事が多いと聞きました。サルド家の家名や身分だけを見て親が了承して結ばれることになっても、耐え切れなくなった令嬢が実家に帰ってしまうこともあり、適応してしまう方なんて一握りです。かといって平民から娶れば、今度は貴族達との付き合いに耐えられない。それでも、多くのサルドの男達が時間は掛かろうとも結婚して幸せに暮らしていた事を考えれば、強運なのか、人を視る目があるのか…。
テイガ兄様の隣にアリス義姉様が居て、ジェイド兄様の隣にオリヴィア姫が居る。
セイラ姉様の隣にカノン義兄様が居て、二人の傍にリアが居る。
イザークも誰か相手を見つけていたかも知れない。
そんな風に、秋祭りや祝い事の際に本邸へ一同が集まる時もあったかも知らない。そんな風に考えると、それはとても楽しく賑やかな光景が広がっていたのだろうと、口元が引き上げられていきました。
サンドウィッチにオニギリと次々に手が伸び口へと運ばれていき、オリヴィア姫が入れ直してくれたお茶を飲みました。
ドゥォンッ
何処かから不穏な音が聞こえてきました。そして、僅かではありますが、小さな揺れも感じ取れました。
青い空が覗く透明な天井の上を見上げれば、鳥達が慌てた様子で飛び立っていきます。
「何が!?」
何か不測の事態が起こったのでは、そう思い立ち上がった私にオリヴィア姫が「落ち着いて」と声をかけながら立ち上がりました。
その目は鋭く細められ、鳥が飛び立っていった方角とは真逆へと向けられています。
「多分、何が起こっているのかも、犯人も分かっていますから。」
爆発音の原因を知っているから落ち着いても大丈夫だとオリヴィア姫は口にしました。
そこに、一人の侍女が走り寄り、何かをオリヴィア姫の耳元で報告していきました。
「やっぱり予想通りですね。エリザ嬢、朝食はもう大丈夫ですか?」
侍女の報告がオリヴィア姫の考えていた通りだったらしく、呆れ顔で溜息を吐き出したオリヴィア姫が私に問い掛けてきました。
まだまだテーブルの上には用意されたものが多く残っていましたが、お腹も充分に満足していましたし、何より爆発音が何だったのかが気になって、それどころではありません。
頭に過ぎったのは、侍女に案内されて席に着いた時にオリヴィア姫が言っていた事でした。
テイガ兄様が訓練場へイザークとアルト先生を連れて行った。
扱く。
お仕置きの前置き。
多分、私の行き着いた予想はあっているのだと思います。
爆発音と揺れの原因は、テイガ兄様なのか、イザークなのか。それとも、サルドの誰かなのか。
きっと、訓練場の地面くらいは抉れているだろう、と。
サルドの領地では常日頃の見慣れた光景を思い出し、訓練とは名ばかりの破壊行為を行なっているであろう家族達の所業を思い、申し訳ない気持ちになりました。




