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オリヴィア・ティグのこと。  後

正直なところ、何と言えばいいのか分かりません。


オリヴィア姫の話は、私から言葉を奪い、呼吸さえも忘れさせていきました。


マリアが嬉々とした語っていた独り言。『神』という言葉。

何か、私が生きてきた中で知り得たもの、いえ、この世界に根付く常識などの人知の及びもつかない何かがあるとは分かっていました。

分かっているつもりでした。


けれど、オリヴィア姫の話は、何もかもが…その…こんな事態になる前の私だったら、御伽噺か何かと思って聞き流すようなもので。


そして、そんなものを相手に、私は上手く立ち向かえるのか、と。

まだ、破邪の力を完全に使いこなせてもいない私で大丈夫なのか。

テイガ兄様や曾お爺様、皆に期待を寄せられているというのに、不安ばかりが過ぎり考え込んでしまう。


「誰かの為、でも無いのです。」

「えっ?」


突然のオリヴィア姫の言葉は、この時には何を意味しているのか分からないものでした。

袋小路に陥り伏せていた顔を上げ、私はオリヴィア姫の顔を見ました。

年下とは思えない、姉様と話している時に向けられるような眼差しが私に向けられています。

その顔を見れば、あぁ、と思うところがありました。

確かに、私よりも多くの時間を生きている人なのだと。


「私は、別に世界をマリアの支配から救う為にとか、そんな偽善的な想いで動かなくてはと思ってきたわけでは無いのです。」


ニッコリと笑い言ってのけるオリヴィア姫の言葉は意外なものでした。

オリヴィアとして生まれ物心ついた時から、マリアとなった姉を排除しなくてはと考えてきたのだと先程教えてくださったばかり。

だというのに、まるでそれを否定するかのような言葉。


「楓としての人生は色々と苦労が多いものでした。それのほとんどが、あれの妹だったからこそ味わったものです。あれの妹だから関わることになった人間、あれの妹だから関わることになったトラブル、あれの妹だから関わらざる得なくなった事件。あれが居なかったら、いえ、せめてマトモだったなら、私は普通の在り来たりな人生を歩むことも出来たかも知れない。」


それは、その言葉は、私にも当てはまるものでしょう。

いえ、マリアによって影響を受けてしまった全員に言えることです。

マリアが学園に入学して来なければ、まずイザークはああなることは無かった。

ユリアも普通の女子学生として、貴族の子女として、生きていれた。

姉様は義兄様とリアと笑顔に包まれる家庭を築けていた。

テイガ兄様も今頃はアリス義姉様と結婚して仲睦まじい家庭を持っていた。

お父様もお母様も、王都で任務をこなしながら変わらぬ笑顔を私達に見せてくれていた。

ジェイド兄様も、オリヴィア姫と結婚、していたかも知らない。

私もマークと…。


ふと。

マークを思い浮かべてたというのに、それは何故かアルト先生の顔となって浮かんできました。


「だから、私は思ったのですよ。"神"によってオリヴィアにされたのだと気づいた時、姉がこの世界の何処かにいるのだと思い立った時、『今度の人生は、あれに邪魔されない、幸せな自分らしい人生を歩むんだ』と。その為に、椿あれをこの世界から排除してしまわなければ、と思い続けてきたのです。」


この思いを例えるのなら、私怨。


そう言ってのける笑顔があまりにも美しくて、恐ろしく感じました。


「それでも、やっぱり…マリアには私の人生を狂わされてしまいました。私には、椿マリアのように自分の為に何をも犠牲にしても構わないなどと思えなかった。それが私が犯した罪です。迷いを持ってしまった。覚悟を決めることが出来れば、私はより強い力を持ってマリアと相対することが出来た筈です。それをしなかった。…彼を失ったのは、貴女から家族を奪ってしまったのは、私の愚かさのせいです。」


「…それでも、貴女がマリアと同じ場所に墜ちてしまわなくて良かったと、私は思います。だから、そんな事を仰らないで下さい。兄は、そんな貴女だからこそ愛したのだと思いますから。」


責めて欲しい。

泣きそうな顔で私を真っ直ぐに見て来るオリヴィア姫は、まるでそう言っているようでした。

だから、私は思ったままの事を告げました。

オリヴィア姫が言った、より強い力を得る方法。

語るのもおぞましいそれを、今も、あの王都の中心でマリアが行なっているのだと思うだけで吐き気が込み上げてくる。先頃まで、命を奪った血で染まった場所の近くに居たのだと考えるだけで、すぐ近くで謂れのない命を奪う行為が行なわれていたと思うだけで、振るえが止まらなくなる。


「…ありがとう。…エリザ嬢、貴女もそれでいいのだと私は思います。」

元の顔へと戻ったオリヴィア姫は少しだけカップを傾けお茶を口にすると小さく、けれどはっきりと礼を言い、話を戻していった。

「それでいい?」

「えぇ。何も恐れることは無いのです。迷うことも無い。貴女は貴女の、今までの恨みや憎しみ、その心の中に蓄積している感情をあれにぶつければいいのですよ。」

持ち上げられたオリヴィア姫の人差し指が、テーブル越しに座っていた私の胸の中心を指差してきました。

「何もかも、貴女が苦しくて仕方が無くなるまで溜めている憎悪の気持ちをぶつける。それだけで、貴女はあれを絶望に追い込むことが出来ます。」


いつの間にか、オリヴィア姫が立ち上がって、テーブルに手をつく事でこちらに向かって体を乗り出していました。

そして、極力まで私の顔にご自身の顔を近づけ、真っ直ぐに私の目を覗き込んでくる彼女の目は、ほのかに光を湛えているように見えました。


「あっ。」

自然と、私は涙を流していました。


湧き水のようにコンコンと、次第に勢いが増して浮かび上がってくるものに心が支配されていった。

今までの様々な記憶と、ドロドロとした感情。

どうしようもない感情は、内側から私の身体を突き破って出てきそうな、そんな勢いで私の頭の中を渦巻き、荒れ狂っている。


「あっ、あぁああああ」

何度も繰り返しては消えていく、家族の顔。学園での思い出。友人と呼べた人たち。知らない筈の、処罰された貴族達。

何度も、何度も、頭を過ぎ去っていく。


それは、私には一日にも感じられた程に永く感じられました。


けれど、オリヴィア姫の目から燐光が消えたのだと気付く事が出来た時、それは終わりを告げていて…。実際の時間はそれ程経っていなかったと、まだほんの少しだけ残っているお茶が注がれたカップの温もりの変わりの無さで気付きました。


「その思いを全てぶつける。それが『破邪の力』のコツだと、オウキ殿は仰っていました。」


「曾お爺様が?」


「えぇ。」


オリヴィア姫が私や自分のカップに残っていたお茶を捨て、湯気を立てるお茶を注ぎなおしてくれた。

先程の、脳裏に浮かんだ映像のせいで喉が渇いて仕方が無かった私は、熱さも気にならず、お茶を一気に喉へと流し込みました。

そして、熱さを訴える喉を抑え、オリヴィア姫の言葉に反応を返しました。


「オウキ殿の経験でいえば、『破邪の力』は拒絶だと教えて下さいました。」

「拒絶…。」

「貴女のマリアに対する感情があれば、それも難しくは無いでしょう?迷う必要なんて無いのです。あれは、"神"に逆らうことも無く、自ら望むようにして今を歩んでいます。椿マリアが行なってきた事は全てあれ自身の考えと思いで行なった事。"神"に促された訳ではありません。それは、"神"に目をつけられる前でさえ、そうだったのですから。」


聞いた限りでは、変わった様子の無い椿とマリア。

私にも、よく分かりました。

それは、オリヴィア姫主観の話でしたが、私自身の感情と考えでオリヴィア姫の話こそ真実なのだろうと思います。ならば、本当に、迷うことなど一つも無く。

そうなれば、後の問題は、私が『破邪の力』に慣れ親しめるか、どうか。

まさか、マリアに相対する時にいきなり使うなど、恐ろし過ぎます。

でも、マリアに対してなら持てる感情も他に持てるか、どうか。そうなれば、練習などしても意味は無いのでは、と・・・。

「何回か使えば、おのずと慣れるでしょう。ご安心下さい、練習台は数人、用意してありますから。一人二人練習すれば大丈夫です。私もそうでしたから。」

まるで私の考えを読んでいたかのようなタイミング。

あぁ、そうでした。オリヴィア姫の力は、心に干渉する力だと教えて下さっていましたね。


「オリヴィア姫は、どのような物語を"神"に用意されたのですか?」

敵を倒して国を立て直していく物語。

それは一体どういうものだったのか。

"神"に力を乞わずにどうやって終わらせたのか。

彼女の力を思い出し、気になっている事もあって私は尋ねることにしました。


「国を巻き込んだ貴族達、少数民族達の勢力争い、王族による王位を巡る争い、それらによって疲弊した閉ざされた国。それらを潜り抜け、解決して王となる物語でした。」

「…でも、王となったのは…」

オリヴィア姫は王妹。王として即位したのは兄君。それでは物語を終わらせていないのではないのか。

「私は王になる器はありませんでしたから。二度目の人生です。自分が向いているか向いていないかくらいは判別出来ました。ですから、兄を王にしました。」

「どうやったのですか?」

「ある式典の際に、王族、主要貴族、少数民族の長達が集まった会場で力を使いました。あの頃はまだ力に慣れなくて、一度に数人にしか力を使えませんでしたから、根気よく人々の間を渡って。」


『国を愛せ。国を愛する者に対して言葉を尽くせ』


そう、心に干渉して、心の奥底に刻み込んだのだとオリヴィア姫は苦笑しました。

貴族達が私欲を尽くさないよう、国を愛させ。それによって、他国と通じていた貴族や私欲に尽くしたいた貴族は国から一掃された。自ら罪を明かして懺悔する貴族達の姿は王宮に列を成したのだとオリヴィア姫は申し訳無さそうにしました。

何故、と聞けば、あまりにも貴族達の数が多すぎて、担当した文官が死にそうな顔をしていたからだと笑いました。

言葉を尽くせという言葉で、国民同士の武器を手にした戦いが行なわれなくなった。言葉での論戦が尽くされ、時には仲違えしたままという事もあったが、最後にはお互いの意見を認めあい、妥協案を作り出していくようになったという。


オリヴィア姫は大した事は無いのだと、ご自身の力を評するけれど、その力が起こすことはとても大きなものだと思いました。

そして、その力を使ってなら。

「イザークを、お願いします。」

イザークの心も治してもらえるような気がしました。

「分かっています。出来る限りを尽くすことを誓います。大丈夫、彼にはまだ希望があります。ほんの少しだけ心を覗かせてもらいましたが、彼は最後の最後で守り抜いている心がありました。だから、きっと大丈夫です。」

その言葉に、多分オリヴィア姫の力で掘り起こされ繰り返された感情で疲弊した心が、ほんの少し軽くなる気がしました。

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