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姉と妹のこと。

オリヴィアには、オリヴィア・ティグというティグ王国の王女として生まれる前の記憶がある。それは、オリヴィアとして生まれたその瞬間からあった。

生まれた時から、その記憶と共に彼女はある目的を果たさなければという決意を抱き続けてきた。


「姉を、この世界から排除しなくては。」



楓。

それが、オリヴィアの記憶に残る25年の間で使われていた名前。

月代。

それが、オリヴィアが楓として生きていた時に属していた家族の名前。


その25年間を終わらせたのは、月代椿という名前の楓の姉だった。


楓の25年間は、椿によって息つく暇の無い日々だった事だけをオリヴィアは覚えている。

異世界のめまぐるしく変化する日々や、家族や友の記憶もあった。

だが、それは椿が関わる記憶に比べれば朧気で…。

それが、椿が起こす事が強烈だったから起こっている事なのか、それとも楓をオリヴィアにした"神"と名乗る邪悪な存在が必要無いものと記憶に手を加えた故の事なのかは、オリヴィアには分からない。


こんな記憶、無くても良かったのに。

オリヴィアは何度も何度も思った。

この記憶があった事で"神"から定められたゲームのシナリオを早々に攻略する事が出来た。血の道が敷かれたルートではなく、最速で、被害が少なく、そして最もつまらないシナリオを終わらせる事が出来たことを喜ぶべきなのは分かっている。そのおかげで、家族の誰も、民の誰一人も傷つくことが無く終わったのだと分かっている。

けれど、記憶が無かったら、と思わずにはいられない。

そうすれば、少なくとも"神"が定めたゲームが始まる15歳までは普通の女の子として過ごせたかも知れなかった。そんな風に思わずにはいられない自分がいる事をオリヴィアは否定しない。


覚えている限りの楓の25年間は普通とは平々凡々とは言えないモノだった。

今回もまた、楓によって滅茶苦茶にされる事態に巻き込めれる事になるのか。そう考えただけで、記憶を夢で見直す度、憂鬱な気分に襲われていた。



月代楓は、祖父母と両親、そして4歳上の姉、という極普通の家に生まれ育った。

本当に普通の家族だったと思う。

少なくとも、オリヴィアとして生まれた今の、ギスギスと牽制し合う兄弟、母達、家族としてではなく王族として扱う父、祖父母、なんて環境では無かった。

普通の、孫を優しく見守る祖父母に、会社員の父親、専業主婦の母親だった。

だから、何故なのかオリヴィアは今だに分からないのだ。

何故、姉がああだったのか。

楓が物心ついた頃には、もう姉は椿という存在だった。

祖父母や両親の良い部分を全て集めたような、幼い頃から整った顔立ちをしていた椿。

親戚や近所の人々、町ですれ違う人達。

椿を見れば、綺麗、可愛いと褒め称えた。

愛想の良かった椿に、「特別だよ」と囁いて何かを与えるという行為をする人もたくさん居た。

それがいけなかったのかも知れない。


あれが欲しい。

それがいいな。

椿に頂戴?

どうして?

なんで?

椿の言うことを聞かない子は悪い子。


そんな言葉が、普通に笑顔で吐き出すのが椿だった。


小学校に上がれば、性の違いに気づき始めた男子達が、椿をまるで御伽噺のお姫様のように扱った。椿をヒロイン、自分達をヒーローなのだと。周囲もただ、微笑まし気に見ているだけだった。

女子達も、ただ無邪気に椿の事を人形みたいだと褒め称えて友達になっていった。


制服が可愛い。そんな理由で選んだ中高エスカレート式の私立校に、成績優秀で教師の受けも良かった椿は進んだ。

そんな中学校に上がれば、見栄えが良い、成績が良い、運動部で活躍している、周囲に置く男子を理由をつけて椿は選び出し始めた。

自分に相応しくないと判断した存在はそれと無く、本人も周囲も気づくことが無いように遠ざけていった。ゆくりと、ゆっくりと、時間を掛けて、椿は自分の望む環境を作り出していった。

姉と同じ学校に。

ただ、それだけの理由で同じ私立校に進んだ楓が見たのは、高校生になって周囲の生徒達の中心で笑っている椿の姿。

成績優秀で、美人で、人当たりがいい。

皆に好かれている、憧れの先輩。

その笑顔の裏で、何をしているのか一切気づいていない生徒達。


楓がしたのは、椿の仕打ちによって涙を飲む、椿の基準でいえば底辺、搾取してもいい存在だとされてしまった生徒に助けの手を差し伸べることだった。

それは完璧に整えられた椿の世界に波紋を作り、徐々に椿の周囲にいる取り巻き達へと影響を及ぼすことになった。

けれど、完全に壊れることなく椿は卒業を迎え、反省なんて言葉を知らない椿は進学した大学でも同じように、椿にとって完璧な世界を作り出した。


大学を卒業すると、椿はある会社に就職した。

彼女の就活は困難を極めた。 

学校という開かれているとはいえ狭い箱庭の中では許された、椿にどうでも動かす事が出来た空間で通用した事が社会で通用する訳が無かったのだ。

椿の本性など、隠せるわけが無かった。


それは、椿が友人だと言っていた高校、大学の取り巻き達にも言えた。

社会に出て、ある程度の経験を積んだ彼等は椿の矛盾に気づき始めた。

そして、戸惑いながら楓に尋ねたのだ。

楓はただ、「私から見た限りでは…」そう言って椿の本当の姿を教えた。


取り巻き達は椿と連絡を取ることを止めていった。


椿が仕事を辞めたのも、そんな頃。

会社の中でも取り巻きを作り、女性社員の反感を買っていた椿。社内の人間関係を悪化させ、トラブルを起こしての退職だった。


自分の部屋から出ず、泣き声ばかりが漏れ聞こえてくる日々が続いた。

そんな中で家に届くのは、弁護士や裁判所からの手紙。

それまで泣き暮らす娘を慰めていた両親も祖父母も、椿を腫れ物のように扱うようになった。


オリヴィアに残っている楓としての最後の記憶は、病院の天井。

家が火事になり、楓は辛うじて助け出されたと枕元で医者と親が話している声を覚えている。

今夜が峠。

火元は椿の部屋。

それが楓が聞いた最後の声だった。




死んだ後、真っ暗な空間で"神"と名乗る存在に楓は捕まった。

"神"と言われたが、楓にはそんな崇高なものには見えなかった。ドロドロとした気味が悪いものに見えた。


"神"は言った。

お前達姉妹の人生は、ゲームみたいで面白かったよ。

私を楽しませてくれたお礼に、新しいゲームに参加させてあげるよ。

姉の方は喜んでくれたよ?


椿に用意したのは、人々を篭絡して支配者になるゲーム。

楓に用意したのは、敵を倒して国を立て直していくゲーム。

それを無事にクリアしたら、次のステージに進む事が出来る。次のステージは、女神になって世界を作り直すというものだと言っていた。

女神になれるのは、より得点を集めた方だけ。一杯一杯、得点を稼いで私を楽しませて?


オリヴィアとして生まれた楓はゲームなどどうでもいいと思っていた。

ただ、椿が女神となった場合を考え、椿を見つけてどうにかしなくては、それだけを考えていた。

でも、それは許されなかった。

ティグ王国から出ることは出来なかった。

人を使って探させようにも何かしらの妨害が生まれ、出来なかった。

ゲームは強制的に始まった。

残る方法は、得点を稼ぐ事。けれど、オリヴィアにはそれは出来なかった。何処かで見ている"神"を満足させるようにシナリオを進める事。いらなくなった人の命を"神"に捧げる事。そのどちらも、オリヴィアには出来なかった。


オリヴィアが躊躇わなければ、簡単なシナリオを選ばなければ、次のステージに進んだマリアによって奪われる命の多くは助かったかも知れない。

その考えてしまう。

その思いが、今のオリヴィアの覚悟を決めさせている。

もう、迷わない。迷えない。

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