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オリヴィア・ティグのこと。  前

「おはようございます。」

知らない女性の声が聞こえ、私は目を覚ましました。

まったく見たことの無い顔に驚いた私は遠ざかろうと体を起こし、そして今いる場所が何処なのか、置かれている状況を思い出し落ち着きを取り戻した。


そうだった。

ここはもう、危険なシャール王国ではないのだった。

シギやアルト先生、テイガ兄様の助けを得て辿り着いたティグ王国、その王都にある離宮の一室。そして、今目の前にいる女性は、離宮に勤めている侍女の一人だったのだと思い出しました。




「ゆっくり体を休めて下さい、エリザ嬢。積もる話はその後で。お話したい事はたくさんあるのですよ。」

そう言って握手を交わしたオリヴィア殿下の指示を受けた数人の侍従達に案内されたのは、転送陣のある建物とは違う、ティグ王国の王家が所有するという離宮でした。

離宮に向かう移動手段として用意された馬車に、私とユリア、イザーク、リアの四人が乗り込みました。シギとアルト先生は馬を借りていました。侍従が馬車をもう一台用意すると言っていましたが、二人はそれを断っていました。

数日掛けてシャール王国の王都から、このティグ王国まで来た道程。普通の女よりも体力を持っていると自負している私も体が重く感じ始めていました。道程の多くをテイガ兄様達に抱き抱えられていたリアも疲れが隠せない様子。ユリアに至っては多分、足を痛めていると思います。ここまで弱音を吐かずに着いてこれたのは、逃げたい、死にたくないという必死な思いがあってのことだと思います。

疲れを隠せない私達とは違い、馬車ではなく馬を操ろうというシギとアルト先生。

しっかりしなくては、という思いが過ぎりました。

それとも、これが男の人と女の違いというものなのか。

いいえ。アリス義姉様はテイガ兄様達と行動を共にしているのですから、もっと私がしっかりと鍛えるようにしなくては、と決意しました。


王都の端にあるという建物を出て向かうのは、王都の中心、王宮の近くに建つという離宮です。馬車の中からは王都の街並みが見えました。日が傾き始め、薄暗くなってきた街には小さな光が灯り始めている頃でした。色とりどりの灯りがある、幻想的とも言える街並みはリアが見れば喜んだと思います。ですが、疲れの溜まっていたリアは、揺れる馬車の振動が心地よかったようで、すぐにウトウトと眠り始めました。リアの頭がもたれ掛かったイザークの瞼も重く落ちていきました。

二人を起こさないよう息を潜め、覗いた街並みには活気が溢れ、通りを行き交っている様々な肌の色や服装の人々には笑顔が溢れていました。シャール王国の王都も、昔はこんな光景が広がっていました。マリアが作り上げた王都の光景が強烈で、もう昔の王都の光景をうっすらとしか思い出すことが出来ませんでした。それが悔しくて、悲しくて、涙が滲み出て来た事を隣に座るユリアに気づかれていなかったことを祈ります。


離宮に着いた頃には日は完全に落ちていました。


到着して、まず私達が行なおうとした事は離宮に破邪の力を満たすことでした。上手くいけば、バッカスの屋敷のようにユリアが自由に動く空間を造り出すことが出来ます。

あの屋敷でユリアが自由に行動出来たのは、僅かとはいえ破邪の効果をその身に持つイザークの張った結界の中に、破邪の力を持った私やリアが居たおかげだと考えられます。寝ぼけ眼のイザークを起こして、イザークに離宮の周囲に結界を張るよう頼みます。破邪の力を意識しようとしました。まだ、破邪の力を扱うということを理解し感じることが出来ていない私ですが、マリアと対峙する為には必要なことだと曾お爺様にも言われました。訓練のような感覚で、私は行なおうと提案しました。

ですが、イザークに結界を張る為に力を振るおうという所で、テイガ兄様達が離宮に到着し、私達が留まっていた玄関ホールに入ってきたのです。


私やリア、ユリアが居たことで馬車での移動となった私達に、その身一つで屋根から屋根へと飛んで一直線に向かってくることが出来たテイガ兄様達が追いつくことには何も不思議はありませんでした。

ですが、到着して息一つ切れていない姿を見せたテイガ兄様が差し出してきた物に驚きは隠せませんでした。

それは小さな白く丸い石。

差し出されたのは、私の手を離せないでいるユリアでした。

「テイガ様、これは…」

「エリザから離れてみな。」

それは、婚約指輪に嵌め込まれている石と同じもの。破邪の力を持つ石です。

私達と一緒に馬車には乗らず、アリス義姉様たちと共に来たテイガ兄様。何処か途中で用意したのでしょうか。何処で手に入れるのか、サルド家の当主しか知らない事とされている為、想像する事も難しいのですがティグ王国でも手に入るという事なのでしょうか。

「…はい。」

テイガ兄様の指示に従ったユリアの手が離れていきました。

もしも、自傷行為に耽る状態になったら止めなくては、と様子を見守りましたが、ユリアは呆然と手の中の白い石を見た状態のまま、立ち尽くしていました。

「大丈夫だな。」

まぁ当たり前だが。テイガ兄様が頷き、満足そうに笑っています。

「知ってるだろうが、家の婚約指輪に嵌めてある破邪の力を宿す石だ。明日には姫さんが指輪でも何でも身につけやすいものに加工してくれるそうだ。今日は袋にでも入れて身に着けてろ。」

近くに控えていた離宮の管理を担っている侍女頭にテイガ兄様が顔を向けると、侍女頭がコクリと頷いて小さな、その小さな石しか入れることが出来ないくらいの大きさしかない袋をユリアに手渡しました。袋には長い紐が付けられていて、首から下げることが出来るようになっている。

「あ、ありがとうございます。」

ユリアがテイガ兄様と侍女頭に礼を言って、頭を下げる。

それに対して侍女頭は、オリヴィア殿下からの指示で用意しただけだ、と言いました。

「エリザ様、明日オリヴィア様へのお礼をお願いしてもいいでしょうか?」

ユリアが私に振り向いて頼んできました。

「ユリア?」

「私は、ただの一貴族の娘ですから。他国の姫君に直接話し掛けるなんて出来ませんもの。お願いします。」「あぁ、大丈夫だ。姫さんは、そういうの気にしねぇから。直接言いな。」

色々とオカシイ姫君なんだよ。

そんな言葉、テイガ兄様にだけは言われたくないだろうと思うけど。貴族の子弟、しかも後を継ぐ嫡男らしくない振る舞いと言葉遣いで王宮に仕えていたテイガ兄様。何度、新人の騎士達に平民出身と勘違いされて恐怖に陥れたのか。学園に通っていた私の耳に伝わってきた"本当にあった怖い話"には、顔が真っ赤になる程恥ずかしい思いをさせられました。

ほら、アリス義姉様やカーズさんやバーグさんも含みのある目をテイガ兄様に向けているじゃない。それを背中にしているテイガ兄様は気づく様子は無い。


「その内、説明してやるよ。お前も関わることだしな。」

私の向けていた視線に、どう思ったのか。テイガ兄様が私に言いました。

一瞬、何の事なのかと思いましたが、それがユリアに渡した"破邪の力を持つ白い石"についてだと思い至りました。当主であるテイガ兄様だけが知っている事に私がどう関わるのか。私が破邪の力を持っているからという意味なのか。

頭を捻りましたが思い浮かばず、テイガ兄様が説明してくれる事を大人しく待つことにしました。



「さて、今日はもう休むぞ。飯食って、風呂に入って、寝る。疲れはそれで消えるさ。」

アルト先生に抱き抱えられて眠っているリア。

頑張って目を開けて魔術を発動させようとして止められたイザークの目も閉じようとしています。その体が、あれだけ悲鳴を上げて嫌がっていたシギへと倒れこんでいく様子からも、もう限界なのでしょう。

破邪の石の入った袋を首から掛けて安堵したユリアも、気が緩んだ事で疲れや足の痛みを我慢出来なくなっている様子。

テイガ兄様の言う通り、今は休息を取る事が一番しなくてはいけないことですね。



「おら。イザーク、起きろよ。リア、は起こすのは可哀想だな。」

シギにもたれ掛かって眠り始めたイザークを叩き起こしたテイガ兄様。その次に、アルト先生の腕の中にいるリアの顔を覗きこんで起こそうとしましたが、アリス義姉様やアルト先生に睨まれて、そしてスヤスヤと穏やかな寝顔を見せているリアの姿に、起こす事を諦めたようでした。

「この離宮、姫さんが温泉を作らせたんだと。疲れを取るだけじゃなくて、傷を癒す効能があるって話だから、寝る前に入っとけ。」

テイガ兄様がイザークとシギ、そしてリアをアリス義姉様に預けたアルト先生を連れていきました。私とユリアの案内は、侍女頭が行ってくれるようです。

お肌もツルツルになるのよ、とアリス義姉様にも促されて、侍女頭に着いていくことにしました。

「え、エリザ様。温泉っていうのは何ですの?」

ユリアが着いてきながら、小さな声で聞いてきました。

そういえば、温泉に入るってシャール王国には無い文化だった事を思い出しました。東の果ての島国では庶民まで好んでいる文化で、その影響もあってサルドの領土では温泉があり、訓練の後などに皆で楽しんでいました。もちろん男女別れていましたが、女が集まった時の姦しさとえげつなさに子供心に怯えた記憶があります。

「えぇっと…」

温泉の説明を求められた事は無く、聞かれてもどう答えていいのか、すぐには浮かんできませんでした。

「地面から温かなお湯が湧き出して、それに入って体を清めるものです。オリヴィア様が地方の山で源泉を発見されて、そのお湯を転送陣でこの離宮へ常に送られるようになさいました。私共使用人も使う事をお許し下さっているだけでなく、定期的に離宮を解放して庶民も利用することが出来るようになさいました。大変、好評でございます。」

案内をしてくれた侍女頭が、困っている私の代わりに説明をしてくれました。


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