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オウキ・サルドという男

生前オウキ・サルドと呼ばれていた男は、可愛い可愛い曾孫達と別れた後、真っ直ぐに王城を目指していた。始めはネズミの体を駆けさせていた。しばらく走り大通りに出るとオウキは道を歩いていた青年の体に入り込み、ニコニコと浮かべた笑顔をそのままに王城に向けて足を進ませ、王城に近づけば城壁を巡回していた衛兵に宿り、何の妨げもないままにオウキは王城の壁の内側へと入り込んでいった。


誰もオウキの、オウキが宿っている存在を不審に思い、その歩みを止めようなどとはしなかった。それだけ、オウキは自然な様子でスルリッと人に入り込み、彼らの意思を瞬時に奪い取っていった。オウキが次の体に乗り移っても、彼らは何の反応も表に出す事なく、そのまま去っていった。


墓荒らしの手によって封印から解き放たれ、死の眠りから目覚めてきたオウキは所謂悪霊というものにだった。それも、稀に見る程の巨大な力を持った、多くの命を糧にして成長した大悪霊だ。

悪霊とも悪しきモノとも東の果ての島国では呼ばれている存在となったオウキ。悪しきモノは強く根深い感情に支配され死して肉体を失ったというのに世界や人々にあらゆる干渉を繰り返す。そう言われる通りに、オウキも人の頃よりも自由になった感情を振り回し、力を振るってきた。


オウキが死後も弱めながらも持ち続け、曾孫であるエリザ、玄孫であるリアに継がれている破邪の力は、そんな害ある存在から人々を護る為のものだと言われている。

だが、それは人にとって都合のよく捻じ曲げられた話だとオウキは考えている。

オウキに言わせれば、破邪の力は拒絶の力だ。

ようは、破邪の力を持つ者が相対する存在を消し去りたい、苦しめたい、そう心の底から拒絶すればいいのだ。その力を悪しきモノに対して使うものだと定義付け、そう代々の巫女達は教え込まれてきた。それは、拒絶の力を自分達に向けられるのを恐れた人々がそうしたのだと、オウキは考えている。オウキは何度も破邪の力を悪用し、それが拒絶の力だと確信を得るだけの経験を得ていた。

ようは、心の思いようなのだ。

エリザやリアが完全に破邪の力を自分の物にしていないのは、誰かを強く拒絶することを知らないからだとオウキは思う。

良くも悪くも、エリザもリアも、家族や周囲に愛されて育ってきた。

優しい心根を持ち、何があろうと心の何処かで他人を信じられる、拒絶し切れない甘さを持っている。

歴代の破邪の巫女達のように、厳格に教育を施されて育ったわけでもない。

オウキのように、負の感情と裏切りに満ちた環境で生きていたわけじゃない。

優しい家族と環境に守られてきたからこそ、強い破邪の力を持って生まれながら二人は力を発揮しきれずにいたのだろう。だが、心配することはない。今立ち向かおうとしている敵は、エリザにとっても、リアにとっても心の底から嫌悪し拒絶する相手だ。

テイガ達は、エリザを戦わせる事を不安に思い心配しているようだったが、オウキに言わせればマリア・テレースが相手だからこそ心配は無いのだ。マリアに対して、赦しや躊躇いを覚える事は絶対に無いのだから。



「簡単すぎて面白くもない。僕だったら、罠を仕掛けたり、変な場所に誘導したりするのに。それとも、最期の最期で何か大きな罠が仕掛けられているのかな?」

それだったら嬉しいな。とオウキはウキウキと心を弾ませている。

オウキは衛兵の体に入り込み、それを操りサクサクと城内を歩いていた。

城内に入ってからも、オウキは体を数回乗り換えている。

城の奥へ奥へと迷いの無い足取りでオウキは踏み込んでいく。

若い頃、オウキはこの城に勤めていた。妻であるジャスミンを追って、この国にまで辿り着いたオウキは軍に入り、功績を積み重ね、それを持ってサルド家本家の一人娘だったジャスミンとの結婚に漕ぎ着けたのだ。

オウキが功績を作る為に軍に属し王城にいたのは、たった数年という年月だった。

ジャスミンと結婚し、サルド家の当主となった後は引き止める軍部の同僚・上司、そして部下達を歯牙にもかけず軍からあっさりと辞した。しかし、サルド家当主であった頃も、息子に当主の座を譲り渡した後も、オウキは王城の情報を得続けることを怠らなかった。情報は無いよりも有る方が何かと役に立つとオウキは考えていたからだ。オウキは王城の内部を目を瞑っていても歩ける程度には熟知している。


オウキは王城の居住空間で一番格の高い部屋に向かっている。

本来は王の私室として使われる筈の部屋だが、オウキはマリアがそこを使っていると考えていた。それは、マリアの性格を熟知している"マリアの妹"から聞いた話から、マリアが立場・常識、それらを理解する気は無く、自分が一番相応しい扱いをされないと耐えられない性格だと知った。

そんなマリアが王太子妃の部屋で満足するわけがない。

何せ、マリアはこの国の、いやエリザが聞いた話からすれば世界を支配しようとしている女だ。相応しいのは一番の部屋だ。

すでに支配下に置いているこの国で、マリアに異議を唱えるものもいないだろう。

ならば、確実にマリアはオウキが目指している部屋にいる。


「あぁ、それにしても気持ちの悪いな、この体は。」


オウキは、ついさっき乗り換えた侍女の体を見下ろした。

あまりにも抵抗無く乗っ取ることが出来た体は、オウキにとって糧となる命が希薄で、人間に取り憑いたというよりも人形に入り込んだという方が相応しい感じがした。

普通なら、命に害しかない異物が入り込む時、無意識の内でも抵抗するものだ。だというのに、この女も、今までの街の青年も、何人もの衛兵達も、侍女も、抵抗など一切なく簡単に乗り移ることが出来ていた。

そして、頭の中でずっと「笑顔でいなさい」「マリアの言うことを聞きなさい」甘ったるい女の声がねっとりと叫び続けているのだ。

用事も無かったら、オウキはさっさと放り捨ててしまっていただろう。それだけの負荷が圧し掛かり続けている。



オウキが目的の部屋にたどり着くと、そこには多くの見目麗しい近衛が待機し、整った顔立ちの侍女が壁際に控えていた。その中心にある寝台には、マリアが寝息を立てていた。

一人の侍女は笑顔を浮かべたまま、眠るマリアを扇で扇ぎ続けている。

一人の侍女は、部屋の端に用意されたピアノで、ゆったりとした静かな旋律を奏で続けている。

どれだけの時間、そうし続けているのだろうか。

二人の侍女の顔には笑顔が浮かんでいるが、冷や汗がポトリポトリと流れ落ち、顔色も悪いように見えた。


さて、とオウキは頭を捻った。

眠っているのなら丁度いい。マリアの中に入り込み、乗っ取り命を喰らい尽くしてみようか。上手くいけば全てがこれで終わるのだ。だが、上手くいかなければ?オウキは大丈夫だ。本体との繋がりを切り捨てれば、今ここにいるオウキの一部は駄目になるが、また糧を得て甦ればいいのだ。だが、マリアに逆らう者がいると勘付かれることになってはテイガ達が動き辛くなる。それは避けねばならない。

ならば、このまま侍女に入ったまま様子を窺うのが一番だろう。


オウキは、己の存在から小さな欠片を切り取った。

そして、三つの欠片を二人の侍女、衛兵へと忍ばせた。


そうする事で、この部屋でマリアを見張りながら王城の至る所を見て回る事が出来る。小さな欠片はいわば目だ。本体から切り離された一部の、その欠片。大した力は無い。

だか、その内成長して、力を持つようになるだろう。

宿った人間は糧にはならないが、この王城には多くの糧が溢れている。マリアの気紛れによって奪われた命がさ迷い溢れているのだ。

オウキの目には、何故と自問し続けている侍女、呆然と佇み続けている侍女、憤りマリアに襲い掛かろうとしている騎士、様々な死者達の姿が見えていた。


マリアを使い遊ぶ神様に何れ捧げられることになる死者達。

なら、僕が取り込んだ方がいいよね。


さぁ、僕と一緒に来れば、心残りを晴らすことが出来るよ。


三つの欠片から、そう声をあげさせる。

そうするだけで、王城の中にいる死者達が集り始めている。

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