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別れと再会のこと。  中 

「大丈夫、エリザちゃん?」

背中に触れたアルト先生の手がはっきりと感じ取れました。

その熱いとも感じられる温もりが、震える手で抑えつけたせいで喉下で荒れ狂っている呼吸を落ち着かせていってくれるように感じます。

「怖い」

大丈夫です。ありがとう。

そう言おうとしたのです。

でも、私の口から出てきたのは、思ってもいなかった、たったそれだけの言葉でした。


そう。怖いのです。改めて、マリアを恐ろしいと実感しました。


「これから大通りに出るよぉ。」


先頭を歩いていたシギが言いました。

王都を出るには大通りを歩き、衛兵が目を光らせる門を潜る必要があります。だから、何時までも裏通りにいるわけには行きません。大通りに出て、堂々と歩いて出て行かなくてはいけない。

もちろん、門を通らずに王都を出ていく手段はあります。

王都全体が塀に囲まれている訳ではないのですから。

でも、門以外の道の全てが平坦とは言えないもの。リアやユリアを連れている状況だは容易ではないでしょう。何より、そういった道は物理的、魔術的な罠が仕掛けている。私が王都を離れたあの頃と変わらずに置かれているのだとすれば、一通りの修行を受けていた私でも乗り越えるのは難しいものです。何故なら、それを置き管理していたのは私達サルド家なのですから。生半可な罠など仕掛けません。サルドの人間が、思いつきに、気の向くままに、計画性も無く年々増えていく罠。それらを全てを把握している者などいない、そう言われていました。いるとすれば、当主であった父やテイガ兄様だけでしょうか。


シギを進んでいく後を続けば、シギの足が太陽の光に照らされた大通りに踏み出そうとしているところでした。

緊張に胸がドキドキと高鳴っていく。

大通りには多くの人がいます。衛兵たちの姿も見えます。

見つかったらどうなるか。

あの、粛清の時の光景が、謂れの無い感情が溢れた無数にも思えた視線に晒され痛みを覚えた感覚が思い浮かぶ。まるでついさっきあった事のように、体が有りもしない痛みを訴えたような気がしました。


「大丈夫。警戒はしなくていい。普通の顔して、ただ歩いていればいいから。そうすれば、王都なんてすぐに後に出来るよ。」

背後からアルト先生の声が聞こえたきました。

「エリザ様、大丈夫なの。」

私の手と繋がったユリアが、強く握ってきました。それは、まるで励ましているかのような、優しさを感じる力でした。

「指輪がある時に私も何度か外に出ていたから分かるわ。大丈夫なのよ。」

怖さで上手く説明出来ない。

そう言ったユリアの説明の意味も、すぐに知れました。



男性、女性、子供達。大通りを歩く全ての人々がニコニコと笑みを浮かべています。その中を縫うように私達は都外へ出る為の門を目指して歩きました。

歩く間に擦れ違う、誰も彼もがよく見ればフラフラな足取りで、顔は青褪めてやつれてさえ見えました。はぁはぁと息を荒くしているものもいます。

けれど、その全員が変わらずに笑顔なのです。

そして、その口々に「笑顔」「綺麗な街」「マリア様」と呟いています。

それは破邪の効果から外れてしまった時のユリアと同じだと感じました。

「これは…」

「笑顔であること。マリアが醜いと思うものが目に見える場所にない綺麗な街であること。王都の住人は、マリアのその言葉だけを守って動いているの。始めの頃はまだ、言葉を守りながら普通の生活を送っていたわ。でも、段々挨拶することも、世間話をする事も無くなっていった。」


マリアが醜いと断じたものは多かった。

店先に置かれた品物も、長年の友人たちと語り合っていた老人たちも、言葉がままならない幼子たちも、色々なものがマリアにとっては醜いものだった。

それらはマリアが言葉にした次の瞬間に、王都からその姿を消されていた。まだマリアの力が行き届かない頃などには、マリアが断じた後も持ち続けていた者は断罪され、その人物さえも王都から姿を消してしまった。

ユリアの口から出た話に、私はただただ呆気に取られた。


マリアは何がしたいのだろう?

彼女は国が、世界が欲しいのだと言っていた。

でも、そのような事をしていれば国は滅びるだけ。マリアが醜いと言うだけで排除されたものの中には人々が生活する為には必要なものも多い。何より、「年老いた者」「幼子」を排除してどうやって国が成り立つというのかしら。

マリアは本当に国が欲しいの?

そうだというのなら、それはなんて…


シギやアルト先生、ユリアの言う通り、警戒する必要は一切無く、私達は王都を簡単に出ることが出来た。王都への出入りを監視する門を守う衛兵でさえ、ニコニコと笑って立っているだけで目の前を素通りする私達を一瞥することも無かった。


思い浮かべるのは昔の王都。

衛兵達を纏めていたのは、ジェイド兄様が所属していた警邏隊。時にはジェイド兄様が門に立っている姿を見る事もあった。

街の中は活気があって、腰の曲がった老人たちも大通りをゆっくりと回っていたし、子供たちも駆け回っていた。店先には様々な品物が置いていた。求める人がいるのなら、と遠方の珍味と言われる食材も子供達の悲鳴に晒されながらも店先に鎮座していた。

そんな光景は、もう二度と見る事は出来ないと思うだけで、涙が流れ出ます。彼女が現れるまでは、私にとって美しい思い出ばかりが浮かぶ王都の光景を最期に目に焼き付けました。



「よ、久しぶりだな。」

王都を出た私達の前に、そう言ってテイガ兄様は姿を見せました。

思わず、私の目と同じ高さにあるテイガ兄様の胸を拳で叩いてしまったのも仕方が無いと私は思います。シギや、リアがした事とはいえアルト先生に助けを求めたのと同時に、テイガ兄様にも助けを求めたのです。

なのに、どうしてシギやアルト先生よりも遅いのか。王都の外で待っていたのか。何より、その手を上げただけの、軽い口調の再会の挨拶。

イラッとしました。

分かっています。

シギやアルト先生よりも遠くにいたのかも知れない。何かに巻き込まれている最中だったかも知れない。ここに来るまでに何かがあったのかも知れない。

何より、血に宿る破邪の力がイザークの次に弱いと言われていたテイガ兄様が王都に入るということが危険だということも分かっています。

一族の当主であるテイガ兄様が、無闇と危険の中に入り込んでいい立場ではない事も。

これは、私の八つ当たりです。

「悪いな。」

それをテイガ兄様も分かっているのか、見上げれば優しく笑い、私の頭をその大きな手でぐしゃぐしゃになる程撫でてきました。

「いいえ。来てくれてありがとう、テイガ兄様。」

それだけで嬉しいのだと伝えようとしました。

だというのに、その瞬間テイガ兄様の顔が顰められ、何故かアルト先生を睨み始めた。

何事だろうと思い、アルト先生に目を向ければ、アルト先生は覚えがあるようで肩を竦めて苦笑いを浮かべていました。

「言っておくがな、エリザ。俺はお前からの鳥が来てすぐに向かったんだぜ?それこそ、アルトとそれ程変わらねぇくらいだ。俺とアルトの時間の差は、あいつが卑怯な手を使ったからなだけだ。」

アルト先生を顎で指すテイガ兄様。

卑怯な手とは何か。そう聞けば、曾お爺様が魔物を操り騎乗してきたのだとアルト先生が教えてくれました。

「なんで知ってるんだ?」

「ここに来る途中に、爺様の力の気配がする魔物と擦れ違った。それで何となくだが分かった。」

曾お爺様が魔物を操っていたというのは幼い頃から聞かされていた話にもありました。そうだというのなら、それは『破邪の巫女』の力で成したことなのでしょうか。だというのなら、もしかして私にも出来るのでは。何か役に立てる力が欲しい。

そう思っていた私にとって、それはとても興味のある力です。

シギに聞いてみようと目を向ければ、私が何を考えているのか察したらしく、何を言うまでもなくシギから口を開いてくれた。

「エリザにも出来るかも知れないけど、多分無理なんじゃないかなぁ?『破邪の力』でジワジワと魔物の命を削るんだってぇ。それで、苦しみと言葉で調教、弱ったところで契約を交わして逆らえないようにするんだって言ってたよ。出来る?」

「ど、努力するわ。」

「しなくてもいいから。」

「シギ、変なことをエリザに教えるな!」

せっかく新しい力を手に入れれると思ったのに、テイガ兄様だけではなくアルト先生にまで反対されてしまいました。

「それで、爺様は?」

「オウキさんなら城に様子を見に行ったよ。」

「そうか。なら、何か新しい情報でも持ってきてくれるだろうな」


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