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再従兄の事。

ねぇね!ねぇね!


アルト先生に抱き上げられたまま、リアとイザークを待たせていた部屋に戻りました。扉を開けて顔を見せた途端に、イザークが飛び付いてきた。

アルト先生に抱き上げられている為に、床に膝をついたイザークは私の両足にしがみつく形になった。だから、足を覆う布に冷たい湿りを感じ、イザークが涙を流していることに気がつきました。

「イザーク?」

「これが、イザークか…」

声をかければ、イザークは涙に濡れている顔を私の足から放してくれた。その怯えて不安げな顔に、アルト先生から驚きに満ちた声が聞こえてくる。

イザークが壊れてしまったことは伝えましたが、改めて自分の目で見ると驚きますよね。

「どうしたの、イザーク」

「おいおい、イザーク。逃げることないじゃないかぁ」

イザークの頭に手を伸ばして、泣いている理由を聞こうと思いました。

けれど、私の手がイザークの頭に届く前に、イザークの体が後ろに引かれて遠ざかった。視線を上げると、イザークの両肩に手を置いて腰を屈めて耳元で、ねっとりとした声をイザークに囁いている。


震える体を両肩で抑え付けられたイザークの顔が真っ青になっていく。


「やぁ、エリザ?久しぶり~元気してた?」

イザークの耳元に口を寄せたまま、懐かしい顔の男が私とアルト先生を見上げてきた。

「シギ」

再従兄であるシギ・ザルドがいました。

曽祖父の血を継いでいる彼にも『破邪』の血は流れている。そして、私をこの魔道具から解放してくれる術を持っている唯一の人。色々と苦手な相手ではあるが、今は彼に頼るしか方法は無い。


「アルト先生。」

アルト先生に目を向け、床に降ろしてもらいました。

そして、シギに真っ直ぐ向かい合う。


鳥を飛ばしたあの時は、まだイザークに再会していなかった。

だから、イザークが敵として現れた時のことを考えて、イザークが苦手にしている天敵である彼がいれば、という思いもあった。その事もあって助けを求めたのだけど、心が壊れてしまっているイザークにも十分効果のある存在だったようね。

テイガ兄様よりも二つ年上のシギは、イザークの世話役だった。

生まれた時から強力な魔力を暴走させる事があったイザークの為に、シギは我が家に住み込み、イザークの世話役をしていた。私も、物心つく前から傍にいた家族として、兄と慕っていた。そんな時期もあったのだと懐かしく思う。

イザークは頭が良かったから、5歳、6歳の頃になると魔力を暴走させることも少なくなった。そうなると「シギは必要ない」と彼を大の苦手としていたイザークは主張し始め、シギの事を追い出そうと奮闘するようになっていました。

まだ子供のイザークにシギが負けるわけがなく、イザークは悉く負けていました。そして、罰ゲームだといって、イザークがぐったりと寝込むような仕置きを与えていた。それがますますイザークを怖がらせ、最終的には顔を見ただけで顔が青褪めて全力を用いて逃げ出す程、苦手な天敵に位置づけられるようになっていました。

両親が不在な事が多かった我が家で、シギは兄弟全員の面倒を見てくれた。

兄達も悪さをすれば、イザークと同じように仕置きを受けていました。

姉や私は、女の子だからと同じ仕置きは免除されましたが、私達の代わりに仕置きを受ける兄達やイザークの姿を見せられ、怯えて反省していたものです。


「何さ、その顔。呼んだのはエリザじゃないか?」


シギがよく行なっていたお仕置きを思い出し、私はそれを顔に出していたようです。

むっと口を尖らせたシギの顔が目の前にありました。

唇を突き出した舌で舐める。

それは、お仕置きをする際のシギの癖のようなもの。

その姿を見て、身体を強張らせた私とイザーク。

全身が冷たくなる気がします。


はぁ

「シギ。止めろよ。」


寒気さに震えが走る。

そんな私の背中にアルト先生が腕を回し、腕に力を込め、しっかりと支えてくれました。

「僕は何か、間違いなことを言ったかな?」

「言っていないが、分かってやっているだろう。悪趣味な。」

「だって、楽しいじゃないか。怯えた顔って。」

あぁもう。

イザークが術を解除してくれるのなら、シギには本当に帰ってと言えるのに。そんな考えが過ぎ去る。好き嫌いをしていられる、そんな状況では無いことは分かっています。嫌いではないのです。嫌いではないけれど、苦手で。これも全て、お仕置き風景の他に、親戚の集まりがあった際に見る事になってしまった光景を覚えているせいです。あの、おぞましい光景を…。


「そうだ。エリザ。いいものをあげよう。」

シギに両腕を引っ張られ、伸びた両手の中に何か温かな小さなものを握り込まされた。

温かい。柔らかい毛に覆われている。そして、小さい鼓動を打っている。

シギによって両手の中に置かれたものが、小さな動物なのだと理解出来た。驚き、腕を自分に引き寄せ両手の中を覗き込む。

「ね、ネズミ!?」

灰色の小さなネズミが手の中にいました。

お腹を見せてグッタリと弱っている様子で、驚いて両手を離して落としそうになりましたが、両手をしっかりと胸の前で引っ付けた。

「オウキさん?おい、何があったんだ、シギ?」

手の中にいるネズミを私の後ろから覗き込んだアルト先生がネズミの心配をしている。

けれど、その声の中に不思議な言葉を聞きました。

オウキさん?

このネズミの名前でしょうか。

けれど、オウキなんて珍しい、東方の響きを持つ名前です。そして、亡き曽祖父の名前。


「エリザがこの部屋に近づいてきたら調子が悪くなったみたいでね。」

「それって、やっぱり『破邪の力』っていうやつか?」


破邪の力?

その力が効果があるのなら、このネズミは悪しきもの?

生きている存在に、悪しき意思を持つ存在が乗り移り、意のままに操ることがあると聞きます。このネズミもそれなのでしょうか。


「あぁ、エリザ。大きくなったねぇ。」


「えっ?」


ネズミが突然、人の言葉を話した。

しかも、私の名前を呼んで。弱々しく懐かしそうな声で。


「やっぱり切り札はエリザだね。力を安定させて、ちょっと修行すれば大丈夫。」

ふふふ 

ネズミが笑っている。

その表情は、なんだかとても禍々しく感じられる。

「ねぇ、シギ。このネズミは何?」

アルト先生と話しているシギに聞きます。私がどれだけ考えても分かりません。

「それはね、もの凄い悪霊の一部を宿したネズミだよ。悪霊だから、君が近くに来たらこんなに弱っちゃって。」

「悪霊?」

「そう。オウキっていう名前なんだ。」

ニヤニヤと笑うシギ。

「オウキ…曾お爺様と同じ名前なのね。」


「うん。本人ね。」


「はぁ?」


本人?

つまり、オウキ・サルドということ?

いえ、そんな事ありえない。確かに、曾お爺様は私が一歳の時に亡くなっているけど、『破邪の巫女』だった人です。悪しきものを消し去る力を持つ人間が悪霊に?そんなことがあるというの?


「曾お爺様?」

「うん、そう。悪名高き『破邪の巫女』にして、サルド家当主オウキ・サルド。100年以上生きての大往生。人外染みた功績の数々から、死んだ事誰も信じず身体の隅から隅まで調べて、死んだ事を確認された我等が曽祖父様。」


化けて出て、生前以上の悪さをしないように一族総出で頑張ったのに、馬鹿が墓を荒らしたせいで甦ってきやがった。


ニヤニヤと笑うシギと、困り顔のアルト先生の顔を交互に、何度も見る。

そして、二人の顔から今の話に嘘が無いことが分かりました。

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