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アルト・クーゲルという男。  前

死の荒野で始まった一部貴族が起こした内乱は無事に終息したと皇国内に知らせが走った。

各国から送られていた諜報機関なども、皇国内に走る情報をそのまま自国へと持ち帰っていった。一部の国に帰る諜報員たちの顔に、ニコニコと笑顔が浮かんでいる事に首を傾げるものもいたが、その理由に気づくものはいなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


オウキさんから、テイガ達が皇国の人間を連れて逃げ延びてくると連絡があった。疲弊した体を引きづり、皇国から放たれた追手を倒しながらの逃亡は、通常よりも時間がかかる。転送術を用意しておくと知らせておいた場所の近くまで来たと連絡があったのは、初めの連絡があった数日後だった。

オリヴィア姫が迎えに行ってくると知らせてくれたので、俺は同行すると申し出た。学生時代からの親友に、この数年仕事を共にしてきた仲間達、彼等の実力は理解しているが、この数年で集めた情報から分かる敵の恐ろしさと得体の知れなさを考えると心配するなと言う方が無理な話だ。


これでも学園の卒業後数年間は医者として働いていたから、皇国の者たちの容態も視ることが出来るだろう。

そう言い訳がましく理由を説明し、オリヴィア姫に同行を申し出れば、仲間達を心配している事がバレバレだったようで、姫に笑われてしまった。

笑いながらオリヴィア姫は俺の申し出を了承してくれた。


オリヴィア姫と共に転送陣を潜り、ティグ王国と皇国の国境に当たる山の中腹に出た。目を凝らして見れば、山の裾野に広がる森の中に、こちらに向かって歩いている人間の姿が確認出来た。あの歩調なら、この場所にやってくるまで半刻程といったところだろう。

エリザちゃんの所に往診に行っている間に黙って戦場に行った仲間達の顔も遠目ながら確認が出来、ホッとするのと同時に、腹に一発拳を入れてやろうという企みが浮かび上がってきた。

不可思議な力の蔓延する場所に、破邪の力を持つサルドではない俺が行く事は危険過ぎるから置いていかれたのだと判ってはいるが、それでも気心知れた仲間達が、しかも無茶ばかりする奴等が戦場に居ると考えるだけでも胃が痛くなる。テイガやカーズ程ではないが、アリスやバーグも暴走しやすい所がある。一度注意したこともあるのだが、あいつら"サルドだしな"で終わらせやがった。確かに、大人しそうに見えてエリザちゃんもリアも意外な事を仕出かすことにも何度も遭遇しているから、納得出来る言葉ではあった。けれど、可愛いあの子達が言うのなら笑って許すことも出来るが、いい年した男や凶悪過ぎる力を振り翳す女が首を傾げて見せてもイラつくだけだった。


ピーッ


上空から甲高い鳥の声が聞こえた。

遠目に見える友人の顔を確認しながら、腹に拳を入れるだけでなく、指と指の間に新しく作った毒針を仕込んでおこうかと思っていた時だった。

ティグ王国の国土の中にある広大な山岳地には、ここにしかない動植物が生息し、様々な鉱物が眠っている。オリヴィア姫の許しを貰い、俺はその山岳地にある薬草を採取して回っていた。それらの薬草を研究し、リアに効果のある薬を調合していた。その傍ら、新しい薬や毒も作っていたのだが、まだ効果の程などの実験は終わっていない。軽めの毒なら、テイガだし大丈夫だろうな、と少し本気で手の中を確認していた。

鳥の声は、そんな時に聞こえてきた。

上空を旋回しながら降りてくる小さな鳥の影を見上げると、近くに来ていたオリヴィア姫も同じように上空を見上げていた。

「あれは、貴方宛のようですね。」

「えっ?」

『心を読む』という力を持つオリヴィア姫は、人の心だけではなく、物に宿った持ち主の想いを読み取ることが出来るのだと本人から聞いたことがあった。

そんな彼女が言うのだから、あの鳥は俺に当てた何かを持っているのだろう。

「随分と、可愛らしい方に好かれているのですね。」

段々と大きくなってくる鳥を見上げているオリヴィア姫が、柔らかい微笑みを浮かべている。普段、王族としての振る舞いに気をつけているオリヴィア姫が素の表情を出すなんて珍しい。

それに、可愛らしい方?

エリザちゃんか、リアちゃんか。

俺に連絡をくれるような知り合いで、そんな表現で思い浮かんでくる相手は二人しかいない。でも、エリザちゃんは俺に何かがあったからって連絡してくれるような子じゃない。あの子は、いつも迷惑を掛けていると申し訳なさそうにしているし、些細な事だろうと相手ばかりを気遣って心の内を素直に話してくれるような子じゃないから…。

なら、リアからなのかな。

でも、それだったら最悪だ。

リアには、エリザちゃんに何か合ったら教えてくれって約束してるから。

素直じゃなくて、甘え下手なあの子を少しでも早く助けてあげたくてした約束だけど、そんな事あってくれるなと思いながら交わしたんだ。


ピピッ


小さな鳥がはっきりと見えてきた。

俺が空に向かって腕を伸ばすと、鳥は俺の手に止まった。

指に止まった鳥は、俺が腕を下ろして鳥を目の前に持ってこようとした瞬間に姿を消し、一枚に手紙がヒラヒラと地面に吸い込まれていった。

「えっ?」

「シキガミというものですね。」

ヒラヒラとゆっくり落ちていく手紙を、地面に落ちる前に掴み取る。


『王都のマークっていう人のおうちにいます。ママを助けて。 リア』


「はぁっ?」

当たって欲しくなかった予想が当たり、それはリアからの手紙だった。

簡潔なその内容に、驚きと共に戸惑いを覚える。

何で、秘かに守りが張られている街にいた二人が王都にいるのか。

マークというのは、エリザちゃんの婚約者だったマーク・ナウ・バッカスの事で合っているのか。

ママ…エリザちゃんに何があったというのか。

普段なら、もう少し動くはずの頭が働かない。


「どうやら、エリザさんがマーク・バッカスという方の屋敷から出ることが出来なくなっているようですね。」

紙を破きかねない様子で手紙を凝視していた俺に見かねたらしく、オリヴィア姫が横から手を伸ばし、リアちゃんの手紙にその手を触れてきた。

「リアさんは、本当にエリザさんの事が好きなのですね。エリザさんが本当に手紙を出したのはテイガ殿と、シギという方だけのようですよ。リアさんは、エリザさんに内緒で貴方に手紙を出したようですね。」

手紙に宿っている、リアの想いや記憶を読み取っているのだろう。

オリヴィア姫は目を瞑ったまま、微笑みを浮かべている。

それにしても、兄であるテイガだけじゃなく、シギにまでねぇ。

エリザちゃんは、あいつの事を苦手にしていた筈だ。それはテイガも同じ。いや、俺も二・三度会った事があるからその気持ちも分かる。

そんな相手に助けを求めなけらばならないのだとしたら、エリザちゃんの状態は大変危険だと考えるしかない。

シギは、魔力を持つものの天敵だ。俺やエリザちゃんは魔力が少ないから被害もそれ程でも無いが、テイガ達が逃げ惑っている姿や、あのイザークが怯えて後ずさりしている姿を見た事もある。

そんなシギを呼ぶのだから、魔術による戒めをされているのだろうか。

そうなると、関わっているのはイザークの可能性が高い。

あいつが、マリア・テレースに入れ込んで家族を捨てたと聞いた時には本当に驚いた。

そして、それ以上にエリザちゃんに対する粛清というふざけた行いを許した事に驚いた。

俺がテイガに誘われてサルドの王都の屋敷や領地にある本邸に遊びに行ったりした時に、エリザちゃんと少し話をしただけで睨みつけてくるような奴だったから。

オリヴィア姫曰くツンデレという行動らしいが、エリザちゃんは嫌われていると悲しんでいた。

マリア・テレースの謎に満ちた力を知ってからは、あの時にはすでにイザークもマリア・テレースの力に取り込まれていたのだろうと、テイガ達と考えている。

色々と話し合いもした。

助けるべきか、放っておくか。

操られていたとはいえ、その力で罪を犯している。けれど、それでも家族だ。血の繋がった兄弟。生まれたその瞬間から知っている弟を見捨てる事は出来ない。家族だというのに、様子のおかしくなったイザークを見過ごしてしまった自分達にも罪はあるのだから。

「だからといって、許してやるつもりもない。罪は償わせる。」とテイガは指を鳴らしていたな。

イザークを救出出来た後には、仕置きと再教育、そして償いの日々が待っているだろう。

まぁ、出来たらの話だが。

馬鹿みたいな性格には呆れるだけだったが、力だけはずば抜けていると認めていた。あれが敵になるなど、あの当時は考えてもいなかった。出来ることなら考えたくも無かった。一つの属性を操る魔法使いが一人がいれば、百人の魔術師が属する軍と対等に戦うことが出来ると言われている。全属性を操る魔法使いに至っては、一人で国を奪うことも可能だと言われている。プライドが高く、他人を見下す所があった当時のイザークはやり方を選べば倒せないこともなかったが、操られ攻撃するだけになったイザーク相手ではそれも難しい。出来ることならイザークも助けてやりたいが、多分こちらも全力で殺しにかかるしか無いだろう。


「オリヴィア姫。俺も向かったと、テイガ達に伝えておいてくれ。」


助けに。

俺の頭の中は、それだけだった。


エリザちゃんとの付き合いは長い。

テイガと始めて知り合ったのは学園に入学した15の時。

平民出の俺を親友と呼んだテイガは、春休みや秋休みには帰る場所の無かった俺を領地の本邸に招待してくれた。

その時に7歳のエリザちゃんに初めて会ったのだから、もう15年になるのか。

可愛い妹のような存在といってもいい。

そんな彼女が助けを求めているんだ。行かないなんて選択肢など初めから浮かんでもこない。


「分かりました。でも、これを持っていって下さい。」


すでに背中を向けて山を走って下っていた俺に、オリヴィア姫の声が投げ掛けられた。そして、トンと軽い音がして肩に生まれた小さな違和感。

走ることを止めずに、左肩に目をやれば、そこには灰色の鼠の姿があった。その長い尻尾はくるりと丸められ、円が作られた尻尾の中には白い石の嵌まった指輪が納まっている。

「これって」


「勇敢と無謀は違うよ。」



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